「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者白野慎也が追う渾身のノンフィクション
フィリピン人エンターテイナーの入国が、厳しく抑えられるようになって1年余り。
全国のフィリピンパブが、どんどん消えつつある。
歌に、踊りに、ショーに、つかの間の癒しを与えてくれた天使たちは今どこで、何をしているのだろうか? 
「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者・白野慎也が、フィリピーナの“その後の人生”を追いかける、衝撃のレポート。
日本語学校での意外な発見(アナリサ第3回)
★家族のビジネスプラン
「春休みの間は少しでもお金を稼ぎたいから夜はマカティのカラオケでバイトしてるの」
 日本語学校で知り合ったアナリサは、単なる元エンターテイナーの看護学生・日本語学校生徒ではなかった。現役のカラオケガールでもあったのだ。
 僕は時計を気にしながら、ちょっと答えるのは難しいかなと思いながら聞いてみた。
「自分の夢を実現し、家族を助けるためににお金を稼ぐ具体的なプランはもうあるの?」
「お父さんが簡易食堂をやってるの。それをもう1店舗増やすのが最初のプラン。お母さんもマカティに美容室を開きたいという希望があって、それを助けるのが第2のプランね」
 すぐに明快な答えが返ってきた。僕はさらに突っ込んでみた。
「君の2つのプランを実現するためにどれだけ予算が必要か大体わかってる?」
正直、彼女が答えられるとは思っていなかった。しかし彼女は一瞬考えてから即答した。
「そうね。お父さんの簡易食堂の開業資金が50000ペソ。お母さんの美容室が500000ペソ。それに私の勉強にも残り3年分で150000ペソくらい必要だから、全部で700000ペソくらい稼がなくちゃいけないことになるかな」
 びっくりした。目の前の頼りなげな15、6といっても通りそうな童顔の天然ボケ風のアイドル系美少女がこんなに明確なビジネスプランを持ち、しかも具体的な予算額まで把握しているとは!アナリサに対する興味は限りなく増大していった。
 15分はあっと言う間に過ぎた。彼女の携帯電話番号を聞き、次回の本インタビューの約束を交わしてその日は分かれた。エンターテイナーの道を残しながら、看護学生であり、日本語学校生徒であり、カラオケガールでもある。そして初来日での衝撃の苦い思い出。興味本位でのぞいただけの日本語学校ですごい逸材に出逢い、僕は少なからず興奮して、こぶしを握り締め「イェス、イェス」と小さく連呼していた。

★具体的な将来設計
インタビューの日の朝9時頃、朝食を終えてまさに家を出ようとしている時にアナリサの友人サンディーから電話があった。
「オハヨゴザイマス カノジョ マダネテル インタビュー アシタ ニジダッテ」
 あちゃー、いやな予感が現実のものとなってしまった。
「じゃ、明日よろしくね」
 ただ、待つ身の僕だった。絶対怒ってはいけない。こちらはひたすらお願いする立場。フィリピン人との約束では、遅刻は言うに及ばす、ドタキャンのリスクが常に伴うものだ。
 翌日、僕は約束の時間を待ちきれず、というか何とか来てもらえるように午後一番でこちらから電話した。
「たとえ嵐が吹こうとも たとえ大波荒れるとも……」
 何と着メロは、フィリピンで1970年代後半に大ヒットした日本製のアニメ「ボルテス・ファイヴ」だった。この「ボルテス・ファイヴ」。日本ではヒットどころか話題の端にも上らなかったが、合体ロボ系のアニメで1978年に初めて日本からフィリピンに輸出され、巨大ロボットの戦いや宇宙船などが次々と登場するハイテク時代のストーリーが非常に新鮮で多くの子供たちを熱狂させたのだった。こうした事情を知るフィリピンパブファンやエンターテイナーの中でも「ボルテス・ファイヴ」は人気のある曲になっている。着メロの選曲からもアナリサはかなりの日本びいきであることがわかった。
「クーヤ、 キノウゴメンネ キョウダイジョブ シンパイナイ」
 こちらが尋ねる前に彼女が言った。僕は実際に会うまではちっとも安心ではなかったが、「じゃ、よろしくね」といって電話を切った。
(続きは次回に)
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by webmag-c | 2006-09-22 20:03 | アナリサ3 具体的な将来設計