「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者白野慎也が追う渾身のノンフィクション
フィリピン人エンターテイナーの入国が、厳しく抑えられるようになって1年余り。
全国のフィリピンパブが、どんどん消えつつある。
歌に、踊りに、ショーに、つかの間の癒しを与えてくれた天使たちは今どこで、何をしているのだろうか? 
「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者・白野慎也が、フィリピーナの“その後の人生”を追いかける、衝撃のレポート。
“恵まれすぎ”の自分(アナリサ第6回)
★「君と結婚したい」
「僕は、妻も子供もある。だから君を愛しちゃいけないと思っていた。いい友人でいたかったけど、もう無理だ。君が大好きだ。妻と別れるから、いつか結婚してくれ? 僕を嫌いだったらはっきり言ってほしい。愛せないならそう言ってくれ。君の意思を尊重するよ」
 アナリサは最高に幸せだった。今まで彼と過ごした時間を思い出していた。避暑地タガイタイでアナリサが寒さで震えていた時、ジャケットを脱いでさっと背中を包んでくれた温かい手、車から乗り降りする時にさっと助手席に回って扉を開いてくれる心配り、さりげない愛の瞬間がコンピューターのスライドショーのように次々と脳裏をを駆け巡った。
 しかし、妻子持ちである彼との交際を両親に相談しても絶対に許してくれるはずがない。他人の家庭を壊してしまうことにもなる。そんなことをしてもいいのだろうか? それ以前に彼は奥さんと離婚する気などなく、目先のさびさしから逃れるために私を愛人にしようとしているだけかもしれない。でもTさんは、いつも紳士的で自分を大切にしてくれた。強引に自分を奪うつもりならいつでもできたのに……さまざまな思いが頭を過ぎる。どうしていいかわからない。
「好きなんだ、アナリサ。信じてくれ。日本に帰ったら妻と必ず別れて君と結婚する」
 ヒートアップしたTさんは止まらない。ものすごい力で彼女を抱きしめ、キスしようとした。始め抵抗したが、「Tさんが大好きだから、どうなってもいい。Tさんを信じよう。もしだまされているならそれてもいい」と覚悟を決め、Tさんに身を任せた。
 帰国後もTさんは毎日必ず電話をしてきた。愛の言葉で彼女を幸せで一杯にしてくれた。そしてTさん帰国後1ヶ月、晴れてアナリサも日本を目指す機上の人となった。
 勤務地は大阪。都会だと聞いていたのに、お店はかなりの山中で、行き返りに通る桜並木がとてもきれいだった。Tさんは、九州という別の島に在住・在勤でかなり遠いことがわかった。日本に帰ってからのTさんは仕事がとても忙しいらしかったが、毎日必ず電話を忘れず、いつも変わらぬ愛の言葉で彼女を満たしてくれた。6月には大阪に来て、一緒にUFJスタジオに行く約束もしていた。それが約束直前の5月下旬。突然の手入れですべてがキャンセルになってしまったのだ。

★毎月の送金
「がっかりしないで。いつも愛してるよ」
 強制送還の後、Tさんはますますやさしくなった。ほとんどお金がないまま帰国したアナリサに対して彼女の家族を含めた人生設計の提案と、経済支援を惜しまなかった。
「もし日本にエンターテイナーで戻って来られるにしろ、だめにしろ日本語に磨きをかけておいた方がいいよ。エンターテイナーがダメでも、将来僕の奥さんになって日本に来た時も日本語ができれば看護士として日本で働くことができて、相当な収入になる。もし、日本に来られなくても、フィリピンの日系企業に勤める時も強力な武器になるから」
 と言って、Tさんは強くアナリサに日本語学校通いを勧め、「学校選びは君に任せるよ」とすぐに50000ペソを送ってくれた。さらにTさんはアナリサが生活に困らないように毎月日本円で5万円分をペソ立てで送金することも約束してくれた。彼女は電話帳や自分の足で歩いて日本語学校を探し、帰国した翌月の2005年6月には開講直後の基礎クラスにすぐに入学した。また、約束どおりその月を皮切りに、毎月決まった日に彼女の口座にTさんからの送金が入るようになって、日々の生活にはまったく困らなくなった。彼の期待にこたえるように一生懸命勉強しなければ、と日本語学習意欲は当然盛り上がった。
 友だち時代には、Tさんは小額のチップやショッピングのデートの時に小額のアクセサリーなどを買ってくれることはあったが、これだけまとまった額のお金を出してくれることはなかったし、彼女自身そんなことは望んでいなかった。もし経済支援の話があっても辞退していたと言う。しかし、将来を誓い合った今、アナリサはTさんの自分への投資を愛情の表現だと感じ、受けた恩は一生彼を愛し続けることで返そうと思っていた。さらにTさんは、いかにも将来設計に抜かりのない日本人らしく、アナリサの両親が漠然と頭の中に抱いていた美容室と簡易食堂のプランを聞き、開業資金を試算してくれた。
「お母さんがやりたがっている美容室の開業資金が500000ペソで、簡易食堂は50000ペソで始められるよ。美容室の開業資金はすぐには出せないけど、簡易食堂の方は、すぐにお金を送ろうか?」とも言ってくれたが、これ以上彼の行為に甘えるわけには行かないと思い、ありがたい申し出を辞退した。
 日本での仕事の忙しい最中にも、彼は2泊3日のスケジュールで毎月アナリサに会いにフィリピンに来てくれた。1ヶ月に3回来てくれたこともあった。こうした日本人の恋人によるお金と知恵と心の全面支援により、アナリサは心にゆとりを持って将来に備えて自分の能力を磨くことに専念できたのである。今の自分の境遇について彼女は、
「自分は本当に恵まれている。恵まれすぎかもしれない。すべて彼のおかげだわ」
 と言った。しかし、僕はまだ結論を出すのは早過ぎると思った。
 日本語学校が2006年の4月に終了すると、今度は彼女の長年の夢を実現するために看護学校過程を終了しなければならない。ここでもTは気前よく、一年分の学費50000ペソを一括で送金してくれた。「スポンサーのいるコは恵まれているなあ」と思った。50000ペソといえば、フィリピンでは4年制大学新卒の平均初任給10000ペソの5カ月分だ。
(続きは次回に)
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by webmag-c | 2006-09-26 19:27 | アナリサ6 求婚と強制送還