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「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者白野慎也が追う渾身のノンフィクション
フィリピン人エンターテイナーの入国が、厳しく抑えられるようになって1年余り。
全国のフィリピンパブが、どんどん消えつつある。
歌に、踊りに、ショーに、つかの間の癒しを与えてくれた天使たちは今どこで、何をしているのだろうか? 
「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者・白野慎也が、フィリピーナの“その後の人生”を追いかける、衝撃のレポート。
フレンドリーなウェイトレス(シエラ第1回)
★出し抜けのプロポーズ?
「ねえクーヤ、私と結婚してくれない?」
 唐突なシエラの言葉に僕はストローですすっていたマンゴシェークを思わず吹き出しそうになった。
「冗談じゃないの。本気よ。イミテーションでいいから、お願い!!」
 なんだ! そういうことだったのか。入管によるエンターテイナーの入国規制が厳しくなって偽装結婚の申請が激増しているとは聞いていたが、インタビューの場でこれだけあからさまに偽装結婚の夫役を頼まれるとは思ってもいなかった。
「何かおかしなこといった?」
 シエラは僕の戸惑いなど、どこ吹く風である。彼女としては日本にエンターテイナーとして従来のルートで行くのが難しくなったから、それに代わる手段としてごく自然に偽装結婚を思いつき、身近にいる人のよさそうな日本人に手当たり次第声をかけているのに過ぎないのだ。
 シエラは思ったことを考えずにすぐに口に出すタイプ。ある意味ではとても正直で率直な性格だ。考えてみれば、これだけ偽装結婚と思しきケースが激増している中で、今までのインタビューで偽装結婚の話があまり出なかったことが不思議なくらいだ。
 彼女たちは、答えたくないことや都合の悪い話になると、はぐらかしたりうそをついたりしていたはずだ。ほとんどの元エンターテイナーたちをインタビューした時は、お互いに初対面か2回目の顔合わせである。彼女たちも最低限自分を取り繕い、偽装結婚の希望があっても自ら話題にすることは避けてきたに違いない。実際、僕が「偽装結婚は考えないの?」と水を向けると「いい人がいればぜひお願いしたいわ。あなた、夫になってくれない?」と話にのって来るケースは多々あった。もちろんこの『いい人』とは、あと腐れなく淡々と名目上の夫役を静かに果たし、契約が切れたらすっと彼女の人生から跡形もなく消えて行ってくれる日本人男性のことだ。
 偽装結婚とは文字通り、日本人の妻として日本に滞在する資格を得るために書類の上だけで日本人男性と婚姻関係を交わすものであり、2005年3月15日の法務省令の改正でフィリピン人エンターテイナーの入国が急激に絞り込まれてから激増しており、事情通の話では買いきり150万円、300万円などと言うのが相場になっているらしい。買いきり150万円と言うのは、日本人男性とフィリピン人女性の2年間の偽装結婚契約である。フィリピン人女性は頭金30万円を支払い、婚姻関係に入ってから、名目上の夫に毎月5万円を支払う。したがって30万円+5万円×24=150万円となるわけである。
 買い切り300万と言うのはほぼ同様の4年間の偽装婚姻契約である。名目上の夫は自分の妻としての地位を与える代わりにこれだけの報酬を得、一方フィリピン人女性としては、これだけの支払いの代償として、日本人の妻として何の制約もなく自由に日本のパブやスナックなどで働いて稼ぐ権利を手に入れると言うわけである。偽装結婚を仲介する業者の暗躍もよく知られているところだ。僕が頭の中でそんなことを考えていると、シエラが追い討ちをかけてきた。
「偽装結婚にはヤクザが絡んでいる場合も多いって聞いてるし、クーヤならまじめでやさしそうだからといい思うんだけどなあ」
 シエラはすごく真剣な視線でじっと僕の目をまっすぐ見つめてきた。ちょっと待ってくれよ。そっちはよくてもこっちは一応花の(?)独身。近いうちに意中のフィリピーナと愛情あふれた結婚をしたいと思っている。そこははっきりさせておかなければならない。
「僕は独身だけど、彼女がいてもうすぐ結婚する予定なんで残念だけど、君の申し出には協力できないなあ」
「なーんだ。そうなんだ。残念だわ」
 彼女は心底残念がっているようだが、何とか納得してくれた。
 彼女の申し出をいなしながら、『どちらがインタビューしているのかわからない。とんだ幕開けになってしまったなあ』と思いながら、僕は苦笑していた。
 しかし、やさしくてまじめそうと評されてまんざらでもない気分でもあった。ただ、僕は次の瞬間、シエラの彼氏の反応が気になってすぐに隣の席を見た。彼氏はおとなしく平然として僕らのやり取りに黙って耳を傾けていた。
 
★彼氏同席のインタビュー
 そう、今回はインタビュー相手の彼氏が同席するという異例の事態になってしまったのだ。
 シエラとは、マニラ市のエルミタ地区、別名ツーリストベルトとも呼ばれる外国人観光客の多い場所にある日本レストランで、ウェイトレスとして勤務中に知り合った。
 在比日本人の知人から、同地区の某レストランでは日本帰り組がたくさん働いているらしいという情報をもらって出かけてみたところ、そのレストランで働くウェイトレスの過半数が元ジャパユキだったのだ。中でもシエラはテキパキとした動きで職場によく順応し、いつも笑顔を絶やさずフレンドリーで話もしやすかった。黒くてまん丸な瞳と健康的な褐色の肌が印象的な清楚なイメージの女性だ。
 来日回数は7回、最後の来日も2005年の1月、現在次の来日を待っているが、カラオケよりも少しきちんとした仕事として、待機中のアルバイトとして日本レストランのウェイトレスを選んだという。なるほど、たしかにカラオケとは違って指名や同伴もなければ、酔っ払いの機嫌を取ったりすることもない。同じ接客業でもウェイトレスの方がきちんとした仕事だと言える。そして、もう1年3ヶ月も来日を待つ彼女もまた入管法改正の犠牲者と言って間違いないだろう。
 ジャパニーズ・カラオケとは一味違った元エンターテイナーの新しい人生の一例としてインタビューを申し入れたところ、二つ返事でOKしてくれたというわけだ。
(つづきは次回に)


★   ★

 白野氏のインタビューもいよいよ3人目。ジャパニーズレストランで働くシエラの登場です。webmag-cはすでに原稿を読ませていただいたのですが、これまでのローナとも、アナリサとも違う境遇、キャラクターを興味深いフィリピーナです。
 ぜひお楽しみに。ご感想もお気軽にお寄せください。

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by webmag-c | 2006-09-29 19:55 | シエラ1 偽装結婚のお誘い