「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者白野慎也が追う渾身のノンフィクション
フィリピン人エンターテイナーの入国が、厳しく抑えられるようになって1年余り。
全国のフィリピンパブが、どんどん消えつつある。
歌に、踊りに、ショーに、つかの間の癒しを与えてくれた天使たちは今どこで、何をしているのだろうか? 
「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者・白野慎也が、フィリピーナの“その後の人生”を追いかける、衝撃のレポート。
懺悔と将来設計(リセル第8回)
★良心の痛み
 普通の素朴なフィリピーナだった彼女がホステスにまでなり、どんな心の痛みを感じているのかも知りたかった。フィリピーナとしての伝統的な性のモラルを持っている彼女だけに、現実の仕事と良心の間で強烈な心の葛藤があるに違いない。
「仕事をしている時は、考えないようにしてるけど、自分がとんでもない罪を犯しているっていう意識はいつも心の片隅から離れないわ。やっぱり私の心が弱いからこんな仕事をしてるんだと思う。だってどんなに貧しくても絶対売春なんかしない女の子だってたくさんいるんだから。自分で自分をいつも責めてるわ。だから私もエステラも毎週日曜日の朝は必ずバクララン教会のミサに出て、その後は自分たちの罪を懺悔(ざんげ)してるわ。どんなに疲れていても週1回のミサの参加と懺悔は欠かしたことがないの。それから私の仕事についてはお母さんたちにはジャパニーズ・カラオケで働いてるってうそをついてるわ。お母さんは『日本人はみんな大金持ち』だと思ってるから私の言葉を信じきってるの。もしこの仕事がバレたら、お母さんは自殺しちゃうかもしれない」
 うなだれる彼女を見つめながら、僕は彼女たちも重い十字架を背負ってこの肉体労働をしているんだなあと改めて思った。顔を上げると、彼女の目は涙で潤んでいた。そして絞り出すような声で言った。
「本当に好きな人ができたら、この仕事絶対にやめるわ」
 僕はその言葉にうそはないと思った。

★将来に向かって
 昔なじみ、しかもちょっと色っぽい関係になりかかった女性との再会ということもあって話はあっちこっちに脱線し、時計に目をやると、インタビューは約束の1時間半をとっくに過ぎ、3時間に迫ろうとしていた。彼女の将来への夢に関する質問をして早く仕事場に戻してあげなければならない。僕は最後の質問を彼女に投げかけた。
「今の境遇では考えにくいかもしれないけど、君の将来の夢を聞かせてくれないかい?」
 リセルは幸せの青い鳥を追うように一瞬遠くを見つめた後、おもむろに話し始めた。
「ともかく信頼できて心から愛せる男性と結婚して自分の家族を持ちたいわ。でもフィリピン人は絶対いや。私のお父さんの話でわかってもらえたと思うけど、フィリピン人の男はみんな浮気者で、一人の女じゃ満足しないのよ。それに怠け者でしょ。私は結婚するなら、信頼できてフィーリングが合って働き者の日本人男性が絶対いいわ」
 フィリピン人男性の肩を持つわけではないが、フィリピン人男性だって一途な人はたくさんいるし、日本人男性だってパロパロ男や怠け者は数え切れないほどいる。実際リセルだって日本でタレント時代にパロパロ日本人男の被害に何度もあっているはずなのだが……僕はあえて彼女の言葉の矛盾を指摘することもなく、黙って聞いていた。
 ただ、家族が崩壊せずにいつもひとつにまとまって衣食住が足りた生活を送れるためには生活基盤がしっかりしていなければならないし、そのための具体的なプランがなければならない。もしかしたら自分の妻になっていたかもしれない人だからこそ、友だちとして彼女の将来設計も聞いておきたいところだ。
「結婚してもちゃんとした経済的な基盤がなければ、家族は崩壊してしまうよね。君は家族がきちんと暮らしていけるようなビジネスプランとかはもうちゃんと持ってるの?」
「ええ、クーヤ。今、お母さんたちが住んでる家は仮の住まいだと思ってるわ。あの変態男が私に飽きたら、私の家族をみんな追い出すでしょうね。だから私はまず、本当の家族のための家がほしいわ。本当の家族ってお母さんと本当の妹二人のことよ。この予算が50万ペソ。それからまずそこで小さなサリサリを始めたいの。その予算が5万ペソ」
 リセルは僕の予想に反してある程度具体的なプランを持っていた。

 当面の貧しさからの逃避のため、仲間に誘われる形で、カラオケというまだまっとうな仕事の枠を踏み越えて売春の世界に足を踏み入れたほかの女の子たち同様、リセル本人が言っていたように、売春を絶対容認しない女の子たちに比べて彼女自身の性のモラルがゆるいという感は否めない。以前インタビューしたローナのようにどんなに生活が苦しくてもカラオケだけでがんばっている女の子だってたくさんいるのだ。そんな女の子たちから見れば一線を超えてしまったリセルの行動は非難されるべきものなのかもしれない。しかし、今の僕にはリセルを責めるような気持ちはまったく起こらない。
 今回の一連の取材を通じて売春はこの国にとって必要悪なのだと強く感じたからだ。きれいごとではすまない、生きるか死ぬかの瀬戸際の生活で、女であることを売り物にするしか生きる道がない女性がこの国にはたくさんいるのだ。
 その行為を非難するなら、命を投げ打つ覚悟で売春のないフィリピンの政治・社会変革活動に身を投じるか、売春せざるを得ない女性たちにまっとうな仕事の機会を作ってあげてからにするべきだろう。それができなければ、彼女たちを非難する資格はない。非難は単なる弱者いじめだ。
 僕自身は、日本国籍を捨て、フィリピンに帰化してフィリピンの政治の世界に深く踏み込んで命がけで社会の変革に取り組むまでの覚悟はまだできていないし、売春せざるを得ない女性たちに仕事の機会を提供するようなビジネスを手がける才能も財力もない。そう思うとなんとも歯がゆい思いで一杯になる。

(次回、リセルの最終回です)
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by webmag-c | 2006-12-28 18:15 | リセル8 懺悔と将来設計