「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者白野慎也が追う渾身のノンフィクション
フィリピン人エンターテイナーの入国が、厳しく抑えられるようになって1年余り。
全国のフィリピンパブが、どんどん消えつつある。
歌に、踊りに、ショーに、つかの間の癒しを与えてくれた天使たちは今どこで、何をしているのだろうか? 
「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者・白野慎也が、フィリピーナの“その後の人生”を追いかける、衝撃のレポート。
気になる三角関係(リセル最終回)
★「候補者」の二人
 リセルは強い結婚願望を口にしていたが、現在の彼女の恋愛生活はどうなっているのか、きちんと聞いていなかった。素敵な出会いとその延長の結婚とトントン拍子にことが運べば、彼女も普通の主婦として再出発できる。
「そう言えば、君の現在の恋愛生活を聞いてなかったんだけど、誰かめぼしい恋人候補はいるの? タイプだったから身を任せた最初のお客のSさんとか……」
「Sさんも候補者の一人ね。Sさんは2ヶ月に一度はフィリピンに来てそのたびに私を連れ出してくれるわ。Sさんが私でもいいって言ってくれればうれしいわね。Sさんはね、さっき言った通り会社員なんだけど、スケジュールをやりくりして毎月二泊三日の日程で私に会いに来てくれるのよ」
 なるほど、Sさんもかなり本気でリセルに入れ込んでいるようだ。僕が大きくうなずきながら聞いていると彼女はさらに続けた。
「でもね、クーヤ、もう一人候補者がいるのよ。昔の日本でのお客さんでね。さっき話した建設会社の社長のNさん、覚えてる?」
 僕は少しびっくりした。なぜなら、このNさんを取り合って、結局古株のタレントに奪われてしまって終わっていたと思ったからだ。リセルはうれしそうにNさんのことを話し始めた。
「私が日本から帰って2ヶ月後にNさんから電話があったの。『君が俺のことを本当は大嫌いだとか、俺に付きまとわれたくないから君が3ヶ月でフィリピンに帰ることになったって店の女の子とたちに聞いてたから身を引いたんだけど、最後に一度だけ君の口から確かめたくて電話したんだ。しつこかったらごめんな』だって」
「それは事実と大違いだね。それで君はNさんにきちんと本当の事情を説明したんだね」
「ええ。焼きもちを焼いたキャシーにいじめられてお店を追い出されるように帰国したこと、Nさんが私のタイプなことも話したわ。そうしたらNさんはその数日後に初めてフィリピンに来てくれたの」
 Nさんの初来比の日、リセルは、英語もタガログ語もまったくできないNさんをマニラ国際空港まで迎えに行き、Nさんが日本で予約していたホテルに同行。今の暮らしや家族のことから何から何まですべてを包み隠さず話したのだという。
「Nさんは、『そんなこと気にするなよ。今の君が好きだ。結婚したい』って言われて、すぐに結ばれちゃったの」
「プロポーズされたんだ。それですぐにOKしちゃったの?」
「いいえ、私の気持ちもさっきクーヤが私に言ったのと同じ。クーヤがシャロンと私の二人を同時に好きになったように、私の心の中にはNさんとSさんの二人がいるの」
 なるほど。それで彼女はどう決断するのだろうか?
「NさんにもSさんにも、私はもう一人好きな人がいるって正直に言ったわ」
 僕はまた驚いた。そしてうれしかった。売春という絶対悪の世界まで堕ちたリセルだが、二人の日本人の好意を逆手にとって金づるにしようとしないあたり、彼女はまだ汚れていないと確信できたからだ。僕はまたここで、おせっかい癖が出てNさんとSさんが今現在独身なのかどうか確認をさせてもらった。
 Nさんは50歳の建設会社社長で結婚経験のない本当の独身、Sさんは世界的に有名な家電メーカーに勤務する55歳のサラリーマンで、10年前に奥さんと死別。二人の子供たちも独立していて、フィリピン人女性との再婚に何の拒否反応も示していないということだった。

★幸せを祈って
 実際に彼女の恋のお相手に会ったことがあるわけではないからわからないが、まずお相手は独身なのでその点だけは問題なさそうだ。あとはリセルがどちらを選ぶかというだけの問題にも見える。現在リセルはどちらとも決めかねているという。この三角関係の行く末が気にかかる。僕はただ旧友のリセルに最後に幸せをつかんでほしいだけだ。
 彼女がきちんとした形で結婚できれば、彼女がさっき口にしていたささやかな夢はすぐに実現できるだろう。
 しかし、彼女の結婚はそんなに生やさしいものではない。お父さんやその愛人たち・彼らの間にできた大勢の子供たちまで背負うとなると急に未来は暗くなる。どこまで面倒見るのか、つまり誰と誰を助けるかの線引きをはっきりさせなければならない。さもないと、彼らに経済的支援を求められて身動きが取れなくなってしまうことは目に見えている。その一方で彼女が笑顔で赤ん坊をあやす姿も脳裏をかすめる。リセルの将来のことを考えて僕は彼女を置き去りにして物思いにふけってしまった。
「どうしたの? クーヤ!!」
 と言われて僕はわれに返った。
「シャロンのことでも考えてたんじゃない?」
 リセルがぜんぜん見当違いのことを言った。シャロンか?! 懐かしい名前だ。彼女は今日本に暮らしながら、日本人の夫の支援を受けて故郷ダバオでレストランを始め、営業は家族に任せているらしい。『また、後手を踏んでしまったな』と僕は苦笑いをしながらもうれしさで一杯だった。それにしてもいつもいい人で終わってしまう自分が改めてふがいなかった。僕は、
「君の将来のことを考えていたんだよ」
 と言った。リセルは何とも言えない微妙な笑顔を浮かべた。

 また、僕の物思いで会話が途切れた。気がつくとリセルがついさっきまで腰掛けていたベッドで横になってすやすやと寝息を立てている。連日の仕事の疲れがたまっているのだろう。耳を澄ますと吐息が一定にリズムを刻んでいる。
 リセルのたどった道のりは決してほめられたものではない。でも僕は、根っからの悪人でもなければ、根っからの売春婦でもない旧友にある種の共感のような気持ちを感じていた。
 約束の1時間半をはるかにオーバーして3時間もインタビューにつき合わせてしまった。
 僕は用意していた封筒に、約束のインタビュー代の500ペソではなく、彼女の通常のショートタイム料金1500ペソを入れた。しかしそれだけでは足りない。彼女に僕の今の思いを伝えたかった。僕はいつも携帯していたノートを1ページ破り、そこに『今日はどうもありがとう。しばらくぶりに会えてうれしかったよ。自分を責めないで。自分を恥じないで。僕は君の生き方を支持するよ。本当に好きな人と結ばれるといいね。体を大切にね。君の幸せをいつも祈ってるよ』と書いて、封筒の中に入れ、その封筒を眠り込んだ彼女の手のひらにそっと握らせた。
 そして彼女を起こさないようにボタン式の部屋のドアをそっと閉め、鍵がかかっているか確認して部屋を後にした。その安宿を出て振り返ってみた。そのたたずまいは、彼女の仕事場の喧騒と混沌と比べてすべてが地味でひっそりと静かだった。リセルのこれからの人生も喧騒と混沌ではなく、ひっそりと波風の立たないものであるように祈りながら、すっかり日の落ちたエルミタの人込みの中に僕は吸い込まれていった。


(リセルの章終わり)

今年もこれで最後の更新です。いつもご愛読いただき、ありがとうございます。
次回は、著者白野氏より読者の皆様への新春メッセージを掲載いたします。
お楽しみに。
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by webmag-c | 2006-12-30 17:58 | リセル9 気になる三角関係