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「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者白野慎也が追う渾身のノンフィクション
フィリピン人エンターテイナーの入国が、厳しく抑えられるようになって1年余り。
全国のフィリピンパブが、どんどん消えつつある。
歌に、踊りに、ショーに、つかの間の癒しを与えてくれた天使たちは今どこで、何をしているのだろうか? 
「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者・白野慎也が、フィリピーナの“その後の人生”を追いかける、衝撃のレポート。
カテゴリ:ローナ3 5/200の幸運?( 1 )
日本で手にした幸せとは?
〔前回まで〕
マカティの高級カラオケ店で働くローナ(23歳)は、フィリピン中南部で育ちました。ある日、極貧の生活を抜け出すため、地元で行われた日本行きのオーディションに挑戦します。

     *    *

★運命のオーディション
 オーディション会場に着いた彼女はすごく萎縮したと言う。200人もの応募者が殺到。かわいくてスタイルのいいコがたくさんいる。みんなおしゃれだ。『私なんか絶対ダメだ』と思った。しかし、ダンスとインタビューのオーディションの後、合格してしまったのだ。わずか5人の合格者の中に自分が入るなんて夢のような話。ローナが18歳の時だった。
 「すごい倍率の中を勝ち抜いたんだね。君はスーパースターだ」
 僕の見え見えのボラボラ(ゴマすり)に彼女は顔をクシャクシャにして喜んでくれた。
 「応募のことは、両親、特にお父さんには絶対内緒だったの。ジャパユキはみんな売春婦だと思い込んでて、何を言っても納得してくれないのはわかってたから。だから、内緒でマニラに上京。内緒で来日。私が日本帰りだってわかったのは、最初の来日からたくさんのおみやげを持って帰宅した時なの」
 日本にエンターテイナーとして働きに出る女性を、フィリピン人の多くはいまだにジャパユキと呼び、全員が日本では売春していると思い込んでいる。この偏見は保守的な地方部で非常に根強く、エンターテイナーの多くが、両親、特に父親の説得に苦労している。
 ローナは、無駄とわかっている父親の説得を省いたというわけだ。

 「それで、帰国した時の家族の様子はどうだった?」僕は内緒の日本行きの顛末を聞いた。
 「みんなびっくり。私、少し肌が白くなって、髪の毛も茶髪にしてたから、外見の変化にもびっくりしたみたい。でもそれ以上に兄弟とお母さんはおみやげに大喜び。お父さんは始め不機嫌だったけど、怒り出しそうになった時にすっと日本製の腕時計を手渡したらニヤッとして、怒るタイミングを失くしちゃったの。私が持ち帰ったお金でみんなが毎日1日3回のご飯とおやつまで食べられるようになって、仕事の意義を理解してくれたみたい」
 ローナは晴れて里帰りした時の家族の喜びについてイキイキと話してくれた。

 「田舎に自分の家も買えて、兄弟を学校に通わせることもできて、帰国する度に家族の暮らしが豊かになっていくのが、とても楽しかった。私がちょっと頑張るだけで大きな幸せを家族にプレゼントできるんだから。体がぼろぼろになるまで続けたいと思ったわ。毎日食べものの心配をする暮らしから、安定した将来の生活を設計できる暮らしに変わっていったの。実際、お父さんやお母さん、兄弟たちとサリサリストア(雑貨店)経営や米作りとその卸売り・養豚・魚の養殖とか、いろいろなビジネスプランの話し合いも始めてたの」
 5/200の幸運を勝ち取ったシンデレラ物語の成功の章は、聞いている僕の心も明るくしてくれた。

★フィリピンのボーイフレンド
 彼女は、愛知県内に3回、四国の漁村に1回、あわせて4回、2年に及ぶ来日経験を持つ。当然、日本人男性とのロマンスがあるはすだ。それを聞いてみた。しかし、意外にも浮き彫りになったのはフィリピン人の恋人の存在だった。
 「ええ、日本に行く度に何人かの男性にまじめに言い寄られて、つきあってたけど、さびしさをまぎらわせていただけだった。だから3度目の来日までは決して最後の一線は越えなかった。今でも連絡を取り合っている人はもういないけど……」
(以降は次回に)
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by webmag-c | 2006-08-31 14:32 | ローナ3 5/200の幸運?