「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者白野慎也が追う渾身のノンフィクション
フィリピン人エンターテイナーの入国が、厳しく抑えられるようになって1年余り。
全国のフィリピンパブが、どんどん消えつつある。
歌に、踊りに、ショーに、つかの間の癒しを与えてくれた天使たちは今どこで、何をしているのだろうか? 
「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者・白野慎也が、フィリピーナの“その後の人生”を追いかける、衝撃のレポート。
カテゴリ:アナリサ1 摘発の夜( 1 )
わずか40日の来日(アナリサ第1回)
★クライマックスは突然に~手入れ
 「ケイサツダ。ダレモ ソトニ デナイデ……」
 さっきまで客席に座っていた半袖シャツの4人の男たちが急に立ち上がって大声を上げているのがステージのカーテンの割れ目から見えた。
「さあ、こっちの扉から早く逃げて。警察に捕まるぞ」
 クラブの日本人スタッフが大慌てでカーテンをたくし上げ、舞台に飛び込んできた。
 1回目のステージを終えて着替え始めようとしていたアナリサは、お店に何か大変なことが起きたことだけはわかったが、恐怖で身体が硬直して身動きできなかった。
 「あんた、何ボケッとしてるのよ。警察に捕まりたくなかったらさっさと裏口から出なさい。捕まったら刑務所に入れられて、強制送還よ」
 「ケイサツ」「キョウセイソウカン」先輩タレントの言葉にゾクッと身震いしながら、ステージ衣装のままあわてて裏口から店を走り出た。ハイヒールでの砂利道の逃走。途中何度も転びそうになった。フィリピン人11人とルーマニア人4人のインターナショナルクラブ混成タレントチームのプロモーター宅への避難劇だった。
 隠れ家のプロモーター宅にも、いつ警察が来るかわからないと思うと震えが止まらない。
 「店が営業許可を持ってなかったから手入れがあったのよ。私たちには何も罪はないから心配することないわ」
 先輩タレントの説明を聞いてもアナリサの不安は完全には消えなかった。
 「お店に営業許可がなければ、閉店になる。その時は他のお店で働くことはできるんだろうか? それがダメなら結局フィリピンに強制送還されてしまうんではないだろうか?」

 予感は的中。ライブハウスの名目で営業してきたお店は即日閉店。彼女たちも結局、翌日警察署に身柄を拘置され、日本でのエンターテイナーとしての序章はあっけなく幕を閉じた。2日間の拘留後、あっと言う間の強制送還。初来日からわずか40日目のみじめな帰国だった。何のために日本に来たのだろう。オーディション、来日に向けてのトレーニング、大金をはたいて買ったお店用衣装、歌の特訓、メイクアップの練習……すべての苦労が泡のように消えてしまった。月給1500米ドルの契約が、帰国時に手にしたのは日本円で3万円。関西国際空港を飛び立ってからマニラ国際空港に着くまでアナリサの涙は一瞬たりとも止まらなかった。そんなアナリサを気遣い、後に親友となる同僚のサンディーが「短期間の仕事でホームシックになる間もなくてよかったね」と悲しい冗談を言った。
 「本当にそうね」とアナリサも精一杯笑顔を作ってサンディーの思いやりに答えた。

★取材のあせり~学校めぐりに活路
 僕はカラオケ回りを中心に情報を集めてきたが、カラオケ勤務以外の人生を歩むフィリピーナにはなかなか出会えず、期待していた知人の紹介もうまく回らず、看護士や介護士など、前向きな転身を目指す女性に出会うためには、学校を直接訪ねる方が近道だと気がついた。僕は、以前から目をつけていたマカティ市内のショッピングモール内の看護士養成学校・介護士養成学校に飛び込みで取材することを決めた。
 最初のターゲットは看護士養成学校だ。小さな入り口の扉を開けると、200人は収容できそうな講堂が目に飛び込んできた。数ヵ月後には看護士として渡米する若者たちが、講義に聞き入っている。僕は初老で温厚な雰囲気の女性事務員に取材の趣旨を簡潔に説明した。
彼女は協力的だった。生徒たちのプロフィールを見回しながら「生徒さんの過去についてまでは本校では把握しておりませんからねえ……」とつぶやいた。
 そうだよなあ、昔はジャパユキでした、と入学願書にいちいち書かせるわけもないし、空振りだな、と思っていたら、彼女は「ちょっとお待ちください」と言って立ち上がって講義中の講師に歩み寄り、何事か話し始めた。自分のために授業が中断されている。生徒たちに申し訳なかった。二人の話が終わると思わぬ展開が。講師が生徒たちに言った。
「みなさん、今日は日本人ライターのゲストが本校の授業を視察に見えています」と講師は私を生徒たちにきちんと紹介してくれた。
 200人ほどの生徒たちの視線が一斉に私に向いた。少しドキドキしながら
「マガンダン ハーポン ポ サ イニョン ラーハットゥ(みなさん、こんにちは)」
 と一言あいさつした。生徒たちの中から、「この日本人、少しはタガログ語ができるのか?」と言う驚きからか、「ワー」という歓声があがった。講師は続けた。
「この方は、以前日本で仕事したことがあってその後新たな人生を歩み始めたフィリピン人女性のドキュメンタリーを書いています。本校に見えたのは、看護士を目指すみなさんの中に以前日本で仕事をした経験のある人がいるかどうか、取材対象を探すためです。みなさんの中で、以前日本でエンターテイナーとして働いた経験のある人はいませんか? もしいたら手を上げてください。インタビューに協力すると謝礼が出るそうですよ」
 いやー、授業を中断してくれたうえに、ここまで協力してくれるとは! 僕はとても感激した。残念ながら日本でのエンターテイナー経験者はいなかったが、
 「みなさん、授業を中断させてしまって本当にすみませんでした。そしてご協力ありがとうございました。みなさんのアメリカでの看護士としてのご成功を心からお祈りしています。神のお恵みを!」
 とお礼の言葉を述べて講師と親切につなぎをしてくれた事務員にお礼を言って、看護学校を後にした。大きな拍手と「サヨナラ」などの日本語が背中から追いかけてきた。僕は何度か振り返って手を振った。意外な展開に少々驚き、一瞬期待が膨らんだが、結局直接の収穫はなかった。冷静に考えれば至極当たり前のことだ。日本にエンターテイナーとしてやってくる女性の学歴は、高卒か、大学中退がほとんどだ。4年制大学の卒業者はほとんどいない。フィリピンで看護士の資格を取るには他のコースに比べて一段と授業料が高い看護学校の4年過程を修了した上に国家試験に合格しなければならない。エンターテイナーから看護士への転身は、時間的にも学費の面でも非常に難しい転身パターンなのだ。
 気を取り直して、次は介護士養成学校へ。介護士は、高卒でも6ヶ月間の看護士コースを受講すれば、すぐにプロフェッショナルとして活躍できる点、看護士よりもはるかにハードルが低い。今回フィリピンに渡航する前にも看護士への転身の例は身近で何件か聞いていたので、期待して学校に乗り込んだ。たが、学校は休校。改めて出直しだ。
(続きは次回に)

webmag-cより:今回からアナリサのレポートが始まりました。前回のローナとはまた違った境遇の彼女に、著者白野氏がいかに巡りあい、話をききだしていくか、どうぞお楽しみに。ご感想もぜひお寄せください。
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by webmag-c | 2006-09-20 20:05 | アナリサ1 摘発の夜