「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者白野慎也が追う渾身のノンフィクション
フィリピン人エンターテイナーの入国が、厳しく抑えられるようになって1年余り。
全国のフィリピンパブが、どんどん消えつつある。
歌に、踊りに、ショーに、つかの間の癒しを与えてくれた天使たちは今どこで、何をしているのだろうか? 
「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者・白野慎也が、フィリピーナの“その後の人生”を追いかける、衝撃のレポート。
カテゴリ:アナリサ5 初めての恋( 1 )
日本行きの前に出会いが待っていた(アナリサ第5回)
★看護婦になる夢
 アナリサは1985年4月、ミンダナオ島の第3の都市、カガヤン・デ・オロ市で簡易食堂を営む両親のもとに生まれた。3人兄弟の2番目で、2つ年上の長男はお父さんの食堂を手伝い、7つ年下の妹は高校1年生だ。生活は苦しかったが、極貧というほどではなく、何とか1日3食できる生活を送っていた。3人とフィリピンにしては兄弟が少ないのも家の経済負担を小さくする上ではよかった。
 アナリサが小学校を終えると、さらに豊かな生活を求めるお父さんに従って家族全員でマニラ首都圏のタギッグ市に引越した。アナリサは高校生までは質素ながら特に不自由のない暮らしを送ることができた。
 しかし、かねてからアナリサは、看護婦になってアメリカで仕事をして稼いだお金で家族に楽をさせてあげたいと思っていた。夢をかなえるには、看護学校に通い、国家試験を始め幾多の試練を乗り越えなければならなかった。そのためには年40000~50000ペソの学費を始め、莫大なお金が必要だ。初年度こそ何とかお父さんが学費を捻出できたが、それが限界だった。アナリサは自分がフィリピンで働いてお金をためて、お金がたまったら学校に行って、学費が足りなくなったらまた休学して働く。そんなことも考えた。
 「でもそんなことを繰り返してたら、いつ卒業できるかわからないでしょ。30歳になっちゃうわ」
 アナリサはお父さんが2年目の学費を支払えないとわかった時点で、短期間で大きく稼ぐ手段として日本行きをすぐに決意した。いとこが日本にエンターテイナーとして出稼ぎに行って成功した実例が身近にあった。アナリサは自分の思いをすぐにお父さんに伝えた。
「私が日本に行って学費を稼いでくるわ。お父さんとお母さんの仕事も助けたいし。お父さん、今まで苦労かけてごめんね。これからは私の番よ。お願い、私を日本に行かせて」
「何とか看護学校は私の力で卒業させてやりたかったんだが、申し訳ない。気をつけて行っておいで」と言ってお父さんは涙を流したと言う。
 アナリサも当時の記憶が鮮明によみがえったのか感極まって声を詰まらせ、瞳からは大粒の涙がひとすじふたすじと流れた。涙もろい僕も思わずもらい泣きしてしまった。

★紳士的な駐在員
 こうして2004年の4月、いとこの紹介でプロモーションに入ると、昼間はマニラのオフィスでトレーニング、夜はマカティの日本人向けのカラオケ店で、接客の実地トレーニングと彼女のエンターテイナー生活はすぐにスタートした。事務所も職場も自宅から近く、1日250ペソの給料も出て、何のトラブルもなく、日本行き計画の出だしは順調だった。
 彼女の芸能人としての資格は踊りが苦手だから歌手ということになった。昼の日本語レッスン・歌手としてのヴォイス・トレーニングと夜の店での実地訓練という生活パターンに慣れてきた2004年の6月、身長180㎝くらいと長身で、スリムで男前のTさんというお客さんのテーブルに着いた。世界的に有名な日本の大手メーカーの現地駐在員だというTさんは、流暢なアメリカ英語を話した。
 ニューヨーク駐在の経験もあると言う彼は、身のこなしも何もかもがスマートで、助平な日本人観光客や名もない会社の駐在員と格の違いを感じさせたという。
 一目見て素敵な人だと思った。アナリサにとって人生初めての恋。日本人好みのアイドル系の美少女アナリサに遊び半分で言い寄ってくる客は多かったが、自分からは名刺を渡すことはなかった。自腹で作り、一番お気に入りの写真を刷り込んだ愛着のある名刺を誰彼かまわず配るのはいやだったのだ。しかし、Tさんには「また来てください」という心からのメッセージとともに名刺を渡していた。
 Tさんは奥さんと2人の妻子持ちであることも隠さなかった。カラオケに遊びに来る妻子持ちの客の多くが、女の子の気を引くために独身だとうそをつく中で、包み隠さず、自分の家庭について語るTさんに対し、アナリサはかえって信頼感を持ったという。
 2年間の単身赴任の終わりは、翌年の3月。アナリサは出会って早々に「Tさんと一緒にいられるのもあと9ヶ月なんだなあ」と計算していた。長いようで短い微妙な期間。最初の巡り会いから、Tさんはお店には最低でも週3回、多い時は毎日のようにお店に来てくれた。どうせ別れなければならないんだから、好きになってはいけないとわかっていても会う度にどんどんTさんへの愛情が深まって行くのを抑えられないアナリサだった。
 同伴はもちろん、お互いの休日である日曜日にはよくドライブにも行った。人気遊園地スター・シティ、避暑地タガイタイ、マニラ湾のサンセット・クルージング、ハリソン・プラザやアヤラ・センターでのショッピング。とても楽しかった。いつもお店や寮に送り届けてくれるのだが、別れ際にサヨナラのキスをされることもなかった。
 ただTさんの言葉や態度の節々に自分に対する愛情を感じていた。それがだたの思い違いではないことを知ることになるのはTさんの帰国も迫った2004年の2月だった。ある日曜日、いつものようにアナリサはTさんにドライブに誘われた。その帰り「話があるから僕の家に付き合ってくれないか」と言われた。アナリサはTさんからお別れの言葉でもあるのかなと思って誘われるままについていった。しかし、意外な展開がアナリサを待ち受けていた。
(つづきは次回に)
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by webmag-c | 2006-09-25 21:52 | アナリサ5 初めての恋