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「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者白野慎也が追う渾身のノンフィクション
フィリピン人エンターテイナーの入国が、厳しく抑えられるようになって1年余り。
全国のフィリピンパブが、どんどん消えつつある。
歌に、踊りに、ショーに、つかの間の癒しを与えてくれた天使たちは今どこで、何をしているのだろうか? 
「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者・白野慎也が、フィリピーナの“その後の人生”を追いかける、衝撃のレポート。
カテゴリ:アナリサ8 勝ち組?負け組?( 1 )
勝ち組なのか? 負け組なのか?(アナリサ第8回・最終回)
★したたかな割り切り方
「ほらね。言ったでしょ。妻子持ちに本気で惚れたらダメって。スポンサーだと思えばいいのよ。私はパパには恋人の振りをしているけど、もしお金をくれなくなったら『愛してる』なんて絶対言わないよ」
 親友のサンディーが話に割り込んできた。いつの間にかうまそうにタバコをくゆらせている。吸い方もなかなか年季が入っている。アナリサよりはるかに仕事上手に見えるサンディーはネグロス島出身の22歳で、マニラで看護学校過程を3年まで済ませている。アナリサよりも本物の看護婦に近い場所にいる。ただ、お尻の上部に刺青を入れていたり、男出入りが激しいといううわさといい、清純なフィリピンの看護婦のイメージとは程遠い。性格的にはシャキシャキしていて、自己主張も強いタイプの女性だ。完全なアメリカ志向で、看護婦の資格を取ったら、すぐアメリカにわたって看護婦になり、家族を助けたいと思っている。今日のメインはアナリサだから、サンディーのインタビューはほとんど形だけでさっと済ませたのだが、彼女にもパパと呼んでいるスポンサーがいるらしい。どんな風に交際して、どんな支援を引き出しているのか興味があるので聞いてみた。
「パパは、観光旅行でマニラに来た時にお店に来たお客さんなの。本当の名前は何回聞いても覚えられないから、パパって呼んでるわ。70歳過ぎのおじいちゃんなんだけど、一目ぼれされちゃったみたい。毎月フィリピンに来て、マニラにいる間は毎日お店に同伴してくれて、あちこちで買い物して、帰る時もおこづかいを毎回10000ペソくらい置いてってくれるの。愛してないからクーヤが考えるような特別な関係はないわよ。でも一緒にいる時『パパ、大好き、愛してる』って言うと喜んじゃって。『女房と離婚してお前と一緒になりたい』って言うから『うれしいわ』って言うんだけど、パパは奥さんと別れないまんま。もう2年の付き合いになるわね。でももし奥さんと本当に別れたとしてもパパを愛してないから、『知らないわ、勝手にして』って言って逃げちゃうけどね」
 と言って、サンディーは大声で笑った。僕は苦笑するしかなかった。
「それに君にはグワーポ(男前)の彼氏がいるんだろう」と僕はかまをかけてみた。
「お店にくる常連客で私に気がある人がいるのよね。グワーポなんだけど、パロパロ(浮気もの)だって言ううわさで、しばらく様子を見て見るつもり。でもパパは捨てがたいわ」
「なんで? 愛してないし、おじいちゃんだし、タイプじゃないって言わなかったっけ?」
「その通りよ。でも毎月5万円、送ってくれるんだから。スポンサーは大事にしなくちゃ」
サンディーは悪びれることなく語り大声で笑った。色ボケパパに聞かてあげたかった。どんな気がするだろうか? 白衣の天子サンディーの腹は相当黒そうだった。同じようにカモられている同邦男性がたくさんいることを思いつつ、こういうかわいい悪魔に気をつけないと、と僕は思った。
 日本人男性から同額の月5万円の支援を受ける2人に対する僕の気持ちは全然違っていた。プロの水商売人サンディーには嫌悪感を、偶然そういう状況になったアナリサに対しては共感を感じた。この感情はあまりに短絡的に過ぎるだろうか? いずれにしろ、カモられている被害者の日本人と加害者のフィリピン人、そして無垢なフィリピーナをもてあそんでいる加害者の日本人と傷つけられた被害者のフィリピン人という、2つの正反対の事例を僕は同時に見せ付けられ、複雑な心境だった。
アナリサのすすり泣きは止まらない。僕の言葉が深くショックを与えてしまったようだ。サンディーの高笑いとアナリサのすすり泣きの狭間で僕は何とも言えない居心地の悪さを感じていた。

★抜かりなく見えた将来設計のほろ苦い結末?
 日本語学校生は実は日本帰りのエンターテイナーであり、看護学校生であり、カラオケ・ガールでもあった。月5万円の仕送りに加えて、学費の全面支援、そんな生活の心配のない中で、当面は、日本でのエンターテイナーへのカムバックが第一志望、磨きをかけた日本語力を生かして日系企業への就職もよし、本来の夢、看護士として日本でもアメリカでも働くのもよし、というように彼女の将来は、どう転んでもまったく心配のないバラ色の未来に見えた。
 しかしその基盤は、結局妻子ある日本人の恋人のいつ途切れるかわからない経済支援だった。それがわかって、僕は本来の夢に向かっての前向きな転身について始めは素直に喜んでいたので少しがっかりした。
 日本人妻との離婚をためらい始めた彼がアナリサへの支援をやめた時、彼女はすべての経済基盤を失う。
 万が一、Tさんが奥さんと別れてアナリサを選んだとしても、日本側の家族が壊れる。どっちにしろ誰かが傷つく。
 Tさんがアナリサを現地妻に仕立てようとしたらどうなるのだろうか? 彼女は経済的にはゆとりのあるままだが、女性としての人生はゆがんだものになり、いつか別れの時がやって来る。彼女が負う心の傷は一生涯消えないだろう。
 泣き止まない彼女に愛人云々の話はできなかった。アナリサは一人の元エンターテイナーとしてタレントとして勝ち組なのか負け組みなのか僕にはわからない。アナリサに罪はない。たまたますべてを捧げて初めて本気で愛した相手が、単身赴任の妻子持ちの日本人駐在員だっただけだ。
「頑張ってね。彼への思いは引きずらない方がいいと思うよ。期限を決めてその時が来たらスパッとあきらめた方がいい。フィリピンでは言うだろう。『ふさわしい伴侶は探すものではなく、神様が適切な時期に適切な人を授けてくれるの待つんだって』」
 余計な世話は承知の上で僕は自分の心からの思いを伝えた。もちろん結論は2人で出す問題だ。彼女も損得を考えてサンディーのような現実的な決断をするかもしれない。純粋に愛した彼女が少しでも傷を深めないよう、心から祈りながら僕はアパートを後にした。
「ありがとうクーヤ」
 背中越しにアナリサの声が追いかけて来る。僕は振り返って手を振った。彼女は何か吹っ切れたかのように表情は明るかった。西の空に太陽が沈んでいく。街をオレンジ色に染めながら。マニラ湾では今はさぞかし夕日がきれいだろうなと僕は思った。
(アナリサの章・終わり)

     ★   ★

次回から、マニラの日本人向けレストラン勤務のシエラ(28歳)の物語です
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by webmag-c | 2006-09-28 20:09 | アナリサ8 勝ち組?負け組?