「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者白野慎也が追う渾身のノンフィクション
フィリピン人エンターテイナーの入国が、厳しく抑えられるようになって1年余り。
全国のフィリピンパブが、どんどん消えつつある。
歌に、踊りに、ショーに、つかの間の癒しを与えてくれた天使たちは今どこで、何をしているのだろうか? 
「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者・白野慎也が、フィリピーナの“その後の人生”を追いかける、衝撃のレポート。
カテゴリ:シエラ2 姉さんカップル( 1 )
やりにくいインタビュー(シエラ第2回)
★嫉妬深いボーイフレンド?
 インタビューは彼女と出会った2日後の午後7時に、マニラ湾沿いを縦走するロハス大通りに面したアリストクラットレストランに決まった。当日、約束の時間に遅れることちょうど1時間、ここまではフィリピンの常識。想定内の出来事だ。マニラ湾の夕日を眺めるため午後6時前には到着していた僕の携帯が鳴って、彼女を迎えにレストランの入り口に出向いた。しかし彼女が現われた時、僕は愕然。Tシャツにジーンズ姿の彼女は右手にタバコ、左手には明らかに彼氏らしき20代前半の男性と仲良く手をつないで登場したのである。シエラはレストランで働いている時とはまったく別人のようにスレた感じの水商売の女性に変身していた。その分だけ彼らの後ろに遠慮がちに連れ添って来た妹のミルナの可憐さが余計に際立っていた。女性というのは本当にTPOによってこうも変わるものなんだなと改めて思った。
友だちや兄弟・いとこなど女性の連れを伴ってやってくることは想定内である。しかしまさかボーイフレンド同伴とは! 今日のインタビューはやりにくくなるぞと僕は覚悟した。
 インタビューの中では、タレント時代の日本人男性との恋の話、今もかつてのお客さんと連絡を取り合ったり、デートしているかなど、かなり踏み込んだ話も聞くので、フィリピーナに負けず劣らずやきもち焼きのフィリピン人ボーイフレンドの嫉妬や怒りがインタビュー中に爆発したり、またシエラが彼氏に気を遣って肝心なことを話してくれなってしまうのではないかと心配したからだ。
 幸い彼氏は物静かでシエラには似つかわしくないような育ちのよさを感じさせる22歳の中国系の若者だった。僕は彼にインタビューの趣旨を説明し、彼女の過去の男性遍歴も話題になるかもしれないけれども、決してやきもちを焼いたり、怒ったりしないでじっと耐えてくれるように重ねて頼んだ。
 フィリピン人エンターテイナーには女ざかりの女性が多い。それだけに本国にフィリピン人の彼氏がいる場合も非常に多い。彼らは恋人同士ながら、6ヶ月の彼女の日本でのお勤め期間には逢瀬はかなわない。だからこそ、こうしたフィリピン人カップルは、たまっていた愛のエネルギーをぶちまけ合うかのように、彼女の次回の来日までの短い待機の間、盛りのついた猫のように激しく愛し合う。その結果、往々にして妊娠してしまってせっかく決まっていた来日の機会を棒に振ってしまう場合も多い。わかっていても勢いでそうなってしまうのはとてもよくわかる。僕自身、頭の中ではよくわかっているはずのそんなことが、今回の来比で非常なリアリティを持って実感できた。僕がそんなことを考えていると不意に彼氏は言った。
 「大丈夫です、クーヤ。心配しないで下さい。僕は今の彼女を愛しています。その昔彼女がどこの誰と何があってもかまいません。邪魔にならないようにしますから。僕のことは気にしないでインタビューしてください」
 この彼氏、なかなかできた人物だな、と僕は少しほっとした。
 「クーヤ、この人のことは気にしなくていいのよ。どうしてもってしつこく頼むもんだから彼氏にしてやったのよ。生意気なこと言ったらたたき出してやるから。彼がいなくたって私には日本人のパパがいるんだから。あんたおとなしくしてなさいよ。わかった?」
 シエラが姉さんカップルの本領発揮で一発かます。
 「わかってるよ」
 すっかり尻にしかれっぱなしの気弱な感じの6つ年下の彼氏は、力なく苦笑しながらこう言葉を返すのがやっとだった。
 「このフィリピン人カップルは、万が一うまく行って夫婦になったとしても彼は一生すごく苦労するぞ!」と僕は心の中でつぶやいた。
 ともかくインタビューはつつがなく始まった。

★今の暮らし
 「日本行きねえ。最後の帰国からしばらくはジリジリして待ってたけど、今は期待しないで待っているっていう感じね。たぶんタレントとして日本に戻るのはダメじゃないかなあと思うの。もう、まともな方法では行かれないんじゃないかしら。だから第一希望は偽装結婚で、第二希望がエンターテイナーとして日本に戻ること。どっちもダメなら……その時は何とかするわ」
 そう答える彼女の言葉にはゆとりが感じられた。そのゆとりの理由を後に僕は知ることになる。

 シエラは6人兄弟の2番目としてマニラ南東約200キロのケソン州の田舎町に生まれ育った。両親には定職がなく、いつも小さい時はお腹をすかしていたこと、親戚の間をたらいまわしにされた記憶が残っている。親戚の家ではおじさんやおばさんに邪魔者扱いされたり、時には折かんなどの虐待を受けたこともあったようだ。それでも彼女は親戚に育ててもらった恩を忘れてはいなかった。
 「おじさんやおばさんにはいろいろ世話になったから恩返ししないといけないの」
 と言う彼女の感謝の深さは、日本で稼いだお金でまず、両親に家を買ってあげたのを皮切りに、世話になったおじさんやおばさんに次々と述べ6ヵ所もの土地を買い与えていることからもよくわかる。
 専門学校の2年コースを卒業すると、来日経験のある友だちの影響で1997年に18歳でプロモーション入り。芸能人としての資格は、踊りがダメだから一応歌手ということになった。以後1998年の初来日以降、ほぼ1年に1回という比較的ゆったりしたペースで来日していている。通常のタレントは、フィリピンに帰国したらなるべく間を空けずに再来日を望むものだ。実際、そこそこの容姿を持ち、客あしらいのできるタレントは、数週間から2ヶ月程度で再来日する場合が多かった。しかしシエラは1度帰国すると最低5ヶ月以上は次の来日までの間隔を取っている。お店から1日も早く戻ってきてほしいというリクエストがあってもだ。それは彼女が家族や親戚との時間を大切にしてきたかららしい。まず両親の住む田舎に帰ってお父さんとファミリービジネスについてじっくり話し合い、自分なりに納得のいくところまで準備してから次の来日に備えていたと言う。
 
 現在の1ヶ月の収入は、レストランでの日給が340ペソとなかなか高いため、月15日勤務に過ぎないにもかかわらず、チップとあわせて約6000ペソ。妹と他の仲間と2人の計4人で家賃5000ペソの部屋の部屋に住み、1日2食、時には気のおけない仲間と飲んでカラオケに興じたり、小額の買い物を楽しむ余裕もあると言う。
 子供もいない。家賃の負担は軽い。それに自分たちが最低限暮らしていくのに困らないくらいの稼ぎもある。両親にはゆとりのあるときだけ仕送りしていると言う。それにしても家賃を除いて交通費を除けば月々自由になるのは3000ペソほどだ。僕はシエラのゆとりのわけが気にかかっていた。
(つづきは次回に)
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by webmag-c | 2006-10-03 17:35 | シエラ2 姉さんカップル