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「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者白野慎也が追う渾身のノンフィクション
フィリピン人エンターテイナーの入国が、厳しく抑えられるようになって1年余り。
全国のフィリピンパブが、どんどん消えつつある。
歌に、踊りに、ショーに、つかの間の癒しを与えてくれた天使たちは今どこで、何をしているのだろうか? 
「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者・白野慎也が、フィリピーナの“その後の人生”を追いかける、衝撃のレポート。
カテゴリ:シエラ3 本音を語る人( 1 )
「金の亡者」か「シンプルな暮らし」か?(シエラ第3回)
マニラの日本レストランでウェイトレスとして働くシエラの、恋人同伴で現れた彼女は、自分の夢を語ります……

      ★    ★


★壮大な夢
「私はシンプルな暮らしなんてもう飽き飽き。日本での仕事とお給料に慣れてしまったから、もう昔の貧乏暮らしはごめんだわ。私ね、最後の来日では月給2000ドルもらってたのよ。フィリピンにいたらそんな金額は絶対稼げないわ。だから日本に行かなきゃいけないの。私は大金持ちになりたいの。家族がたくさんのビジネスをいくつも持っていて、ドカーンと大きな邸宅に住んで、車が何台もあって、ドライバーやメイドが何十人もいて……」
 彼女の壮大な夢を聞きながら、僕は始め強い嫌悪感を持った。
 一瞬、「ありがとう。君の話は十分聞かせてもらった。ありがとう」と言って、謝礼の500ペソを2人分渡して席を立とうかと思ったほどだ。
 日本に夢をかけた元エンターテイナーたちは、僕が知る限りでは、ほとんどが金の亡者ではない。まず両親や兄弟が飢えることなく暮らす程度の生活ができることを願い、それがかなってから自分自身の幸せ探しを始める女性がほとんどだ。彼女たちにとっての幸せとは、一人の女性として普通に結婚して子供を生んで、1日3食して、基本的な衣食住が満たされるような家族生活を手に入れるといったシンプルなものだ。多くのフィリピーナはそれだけで十分幸せを感じることができるように育てられている。
 しかしシエラの夢は、典型的なシンプルなフィリピーナとの幸福感とは大分かけ離れたものだった。
『シンプルな暮らし』を尊しとする多くのフィリピーナの話を聞き慣れてきた僕にとってシエラの価値観は受け入れがたく思えた。フィリピン語には『ムクハン・ペーラ』と言う表現がある。『守銭奴』『金の亡者』という意味だ。僕にとってその時のシエラは『ムクハン・ペーラ』以外の何者でもないように見えて、汚らわしいとさえ思ってしまったのだ。
 でも僕は思いとどまった。フィリピン人は日本人以上に本音と建前を使い分ける傾向がある。お金が嫌いな人なんて例外的な存在だろう。むしろ金持ちになりたいと正々堂々と言える方が正直ではないか、と思い直し、彼女の大金持ちへの道のシナリオに耳を傾けてみようと思い直したのだ。また、小さい頃から親戚をたらいまわしにされ、それだけ貧しさと愛情のない生活に長いこと耐えてきたのだろうとも思った。彼女の『拝金主義』に対する嫌悪感は一瞬のうちにある種の共感と好奇心に変わった。それは彼女がある意味真っ正直なのとその夢が限りなく漫画チックだったからでもある。
「どこまでも私のファミリーの土地で、車で1時間走ってもまだ私の土地なの……」
 こんな夢は、日本人でもせまい土地の小さな家に住んできた誰もが抱く夢ではないだろうか? これは納得できる。僕もそんな気持ちを抱いたことがある。それにしても自動車で1時間走ってもまだ自分の土地ということは、土地の一辺のどれかが70~80kmはあるということになる。ということは何百、いや何千k㎡の土地の持ち主になりたいと言うのだろうか? アキノ元大統領の農園でも64 k㎡に過ぎない(?)のである。シエラの夢は壮大と言うより単なる妄想としか思えない。そんな僕の思いをよそに彼女は、夢の続きを延々と語り続ける。
「自宅内の移動だけでなく、遠くに行く時には自家用ヘリもほしいわね。いずれはジェット機も……」
 ここまで来ると、ちょっとついて行けない。僕は笑うしかなかった。
「金持ちになんてなりたくない」というフィリピーナが多い中で彼女の本音一辺倒の言葉は僕にとって非常に正直で新鮮に響いていた。
(つづきは次回に)
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by webmag-c | 2006-10-04 17:35 | シエラ3 本音を語る人