「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者白野慎也が追う渾身のノンフィクション
フィリピン人エンターテイナーの入国が、厳しく抑えられるようになって1年余り。
全国のフィリピンパブが、どんどん消えつつある。
歌に、踊りに、ショーに、つかの間の癒しを与えてくれた天使たちは今どこで、何をしているのだろうか? 
「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者・白野慎也が、フィリピーナの“その後の人生”を追いかける、衝撃のレポート。
カテゴリ:ジャネット2 初めての対戦( 1 )
初めての対戦(ジャネット第2回)
★エイトボール? ナインボール?
 マニラでは例年5月から10月、年によっては11月くらいまで長い雨季が続く。この時期はほとんど毎日のようにスコールが降る。空のどこかが必ずといっていいほど曇っていて、晴れていてもにわかに空がかき曇り、突然雨が降り出すのだ。だから雨季の外出時には傘が必携品。その上、度重なる台風もある。こうなるともうお手上げだ。水はけの悪い地域、海抜の低い土地に住む人々にとってはいつも洪水の恐怖と隣り合わせの不安な日々の連続でもある。また急ながけや山間部では地すべりの被害も頻発し、そのつど大きな被害が出ている。ある日、僕は傘を持って出るのを忘れた。夜11時過ぎLAカフェでの取材を終えて一歩外に出ると、大雨だった。そこからAまで100mランナーのようにダッシュ、駆け込むようにAの扉を開けると、すぐにジョアンナとメアリーが近づいてきた。軽くハイとあいさつをすると、
「クーヤ、この店で働いている日本帰りのウェイトレスが今出勤しているから紹介するわ」と言ってくれた。僕はにわかに胸が躍った。2階の僕の指定席に座ってそのウェイトレスを待った。ただぬか喜びは禁物。確かに日本帰りはLAカフェを始めあちこちの援交カフェにたくさんいる。でも、最後の来日が5年も6年も前という今回の取材の主旨から外れた、いわば賞味期限切れの人物である場合が多かったからだ。
 期待と不安が交錯する。そして運命のご対面。ジョアンナがユニフォーム姿の一人のウェイトレスを連れてきた。
「去年日本から帰ったばかりのジャネットよ」
 去年日本から? ピッタシ! ストライクゾーンだ。やった! 僕は小躍りして喜んだ。
 振り返ると、中肉中背でこれといって特別な華のない、ごく普通の女性がそこにいた。地味だが実直で意志の強さを感じさせる風貌だった。
「オハヨウ ボクワ ハクノデス」
 僕は心持ゆっくりしたテンポのはっきりした発音の日本語でジャネットにあいさつした。
 時刻は午前12時を少し回ったばかり、フィリピンでは12時過ぎればあいさつはオハヨウなのだ。
「オハヨウ クーヤ マズ ビリヤード シマセンカ?」
 とジャネットはすぐ日本語でビリヤードに誘ってきた。彼女はよっぽどビリヤード好きのようだ。
「シュアー(もちろん喜んで)」
 今すぐにもインタビューを始めたいところだが、僕もビリヤードを始めたばかりでプレイしたくてうずうずしている状態。それにまずはジャネットと親交を深めておこうと思い、彼女の誘いを快く受けたというわけだ。
 店の中でまた、ダンサブルな音楽が流れ始めた。ジョアンナとメアリーは
「じゃクーヤ、私たちは踊ってくるから」と言って、ステージに足早に消えた。
「ジョアンナ、メアリー、ありがとう」という言葉とともに僕は二人を見送った。
 このカフェのウェイトレスはいくつかのチームに分かれており、時間帯によってどのチームが踊るか決まっていることがすぐわかった。
 さあ、楽しくビリヤードといきたいところだが、今日はいつものお遊びビリヤードとは勝手が違う。客の多い1階のビリヤード台でのゲーム。まわりにはかなりの腕前のアメリカ人・オーストラリア人・アラブ人・韓国人・中国人の見物人がたくさんいる。
「これだけの見物人の中で経験1ヶ月の初心者がプレイするなんて!」
 僕は恥ずかしさを押さえ込むのに懸命だった。本来、シャイな性格で、自信のないことを人前で披露するなんて絶対いやな性分だ。しかし内気な性格は取材活動の大きな敵。上級者たちの前だろうがもうどうにでもなれ、と腹をくくった。そんな僕の心の葛藤にお構いなく、
「エイトボール? それともナインボール?」
 ジャネットは代表的なビリヤード種目のどちらがいいか尋ねてきた。
「ナインボールで頼むよ」
 僕はもう冷や汗をかいていた。どちらがいいかと聞かれてもナインボールしかやったことがないのだから。
 ビリヤードのボールには、白い手玉と言われる玉のほかに15個の玉がある。エイトボールは、白い玉と15番までの番号のついた玉のすべてを使い、ブレイクショットと呼ばれる最初のショットに始まり、最初に自分がポケットに落とした番号の玉のグループが自分のサイドの玉となり、これらをまず落とすことになる。1~7番はソリッド、9~15番はストライプと呼ばれる。自分の落とすサイドの玉をすべて落とし、最後に8番をポケットすれば勝ちだ。最後に8番を落とすことを除くと、自分のサイドの玉を落とす順番はどうでもかまわない。
 一方ナインボールは1~9番の9つの玉を使い、ブレークショットに始まり、1番から順にポケットに落としていき、最後の9番を落としたプレイヤーの勝ちとなる。いずれにしろビリヤードは、正確なキューの突き出し、白い玉と当てて落とす玉の角度、さらに相手に打ちづらくさせる作戦などが重要な頭脳のスポーツでもある。
 フィリピンは世界有数のビリヤード大国であり、オリンピックやアジア大会、世界選手権などで数々のチャンピオンを輩出してきた。エフレン・レイエスやブスタマンテなど超一流プレイヤーの名前を知らないフィリピン人はまずいない。スラムのど真ん中からとんでもない田舎の山奥までフィリピン全国にビリヤード台がある。ビリヤードはまさにフィリピンの国民的スポーツのひとつなのである。フィリピン人と親交を深めたいと思っている人はぜひ嗜んでおいて損のないスポーツだ。
 こんなお国柄だからこそ、ビリヤードなどまったく無縁に見える普通の地味な女子大生やOLにもすごい実力者がたくさんいる。
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by webmag-c | 2006-10-25 14:36 | ジャネット2 初めての対戦