「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者白野慎也が追う渾身のノンフィクション
フィリピン人エンターテイナーの入国が、厳しく抑えられるようになって1年余り。
全国のフィリピンパブが、どんどん消えつつある。
歌に、踊りに、ショーに、つかの間の癒しを与えてくれた天使たちは今どこで、何をしているのだろうか? 
「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者・白野慎也が、フィリピーナの“その後の人生”を追いかける、衝撃のレポート。
カテゴリ:ジャネット3 帰国と就職( 1 )
日本からの帰国と就職(ジャネット第3回)
★キンシチョウ デ シゴト シテマシタ
 さあ、ジャネットのブレイクショットでゲーム開始。三角形にきれいに並んだ15個の玉に彼女の美しく力強いフォームから突き出された白い玉が当り、パンという歯切れのよい音とともに文字通り見事にブレイク。15個の玉はきれいにビリヤード台全体に散らばったかと思うと早速3個の玉がポケットに吸い込まれていった。彼女は自分のサイドの玉を次々とポケットに落とし、オープニングゲームはあっさり敗北。このゲームでは僕は2回しかつくことができなかった。それから客が急にひいていったので僕らは延々とゲームを続けた。彼女はゲーム中ほとんど無駄口をたたかず、勝負は真剣そのもので、初心者の僕相手にまったく手加減してくれなかった。1ゲーム25ペソ。30ゲームほどやっただろうか。ついに1ゲームも勝てないまま夜が明けた。他のウェイトレスにあとから聞いた話では、ジャネットはウェイトレス経験1年に過ぎないのだが、店では誰もが認めるNo.1プレイヤーだと言う。
「悪い相手に当っちゃったな。初心者なんだから手加減してくれてもいいのになあ」
 と僕はつぶやいていた。負けに負けた。初心者と言えども悔しかった。
 勝負を終えてジャネットが言った。
「クーヤ、元エンターテイナーの今の暮らしに興味があるって本当?」
「うん、うん、うん」
 僕がちょっと上ずった声で答えると彼女はきれいな日本語で話した。
「ワタシ キョネンマデ トウキョウ ノ キンシチョウ デ シゴト シテマシタ」
 僕は少なからず興奮していた。彼女がかつてフィリピンパブの聖地とも言われた東京の錦糸町で働いていたとは! 
 元ジャパユキの身の振り方には援交カフェのウェイトレスという生き方もあったんだな、と僕は思い出した。そして彼女への興味はますます高まった。LAカフェのウェイトレスにも元ジャパユキがいることは知っていた。でも僕を避けているかのように彼女たちに巡り会うことはできなかった。
 なかなかはかどらない人探しの最中に『援交カフェウェイトレス』の肩書きを持つ元ジャパユキに思いもかけず巡り会ったのだ。僕は事情を説明し、すぐに彼女に快諾をもらい、初対面の翌日、彼女の勤務終了直後にインタビューとなったわけだ。思いもよらぬ収穫に僕はかなり興奮していた。
 
★帰国してから~切羽詰ってすぐ就職
「考えてる間なんてなかったの」
 ジャネットは話し始めるとすぐにポーチからタバコを取り出し、手馴れた様子で火をつけプカプカふかしながら話し始めた。
「去年の4月に日本から帰った時は、給料が残っているなんてもんじゃなくて、帰るとさっそく借金が待ってたの。ファーストタイマーだったから日本での給料は月々550米ドルと安かったし、衣装代を始め、フィリピンを出発する前にもうプロモーションに借金があったの。さらに悪いことに来日中にお母さんが乳がんの手術を受けることになって1500米ドル借金したの。もうこれで私の1回目の給料はなくなるどころかマイナスになっちゃってプロモーションに借金が残ったわ。でも日本で仕事できたおかげでお母さんの手術代が払えたんだから本当によかったと思ってるわ」
 2004年の10月から2005年の4月まで、初めての日本でのエンターテイナーとしての仕事を終えて、なぜ就職場所として援交カフェのウェイトレスを選んだのか尋ねた時、ジャネットは開口一番で一気にこう答えた。
「多くのジャパユキ経験者が、次の来日までの待機中にジャパニーズ・カラオケに就職するのに、何でこのお店を選んだの? こういう店で働いていると安っぽい女だと思われるんじゃない?」
 僕は彼女の機嫌をそこねるのではないかと恐れながらも率直に聞いてみた。
「家に帰ると、もうその日の食事をするお金すらなかったのよ。それで帰国した翌日、昔のプロモーションの友だちに誘われるままにいっしょについて行ったの。そのまま面接を受けてこのお店に入ったの。本当なら日本から帰ったら少しは休みたいところだったけど、面接に行ったその日からさっそくここで仕事を始めて1年ちょっと経ったところなの」
 豊かな生活を求めて日本から帰ったものの、家族の大病で帰国するとその日から食費もなく、借金も待っていて切羽詰ってすぐそこにある仕事に飛びついたということらしい。
「それからね。私日本では一応シンガーだったんだけど踊りが大好き、それにビリヤードも大好きだったから、この仕事がすぐ気に入ったのよ。ジャパニーズカラオケよりよっぽど自分に向いていると思うのよ」
 なるほど、彼女の仕事ぶりからもこれは納得だった。確かに踊り好き、ビリヤード大好きの女の子にはこの異色のカフェでの仕事は楽しめるものかもしれない。
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by webmag-c | 2006-10-26 15:51 | ジャネット3 帰国と就職