「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者白野慎也が追う渾身のノンフィクション
フィリピン人エンターテイナーの入国が、厳しく抑えられるようになって1年余り。
全国のフィリピンパブが、どんどん消えつつある。
歌に、踊りに、ショーに、つかの間の癒しを与えてくれた天使たちは今どこで、何をしているのだろうか? 
「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者・白野慎也が、フィリピーナの“その後の人生”を追いかける、衝撃のレポート。
カテゴリ:レイチェル4 体をこわす仕事( 1 )
吐いて飲んでまた吐く仕事(レイチェル第4回)
★6人きょうだいの長女
「ゴメンネ クーヤ オマタセ」
 翌日彼女は、ちゃんと1時間遅れでマクドナルドの2階席に来てくれた。彼女は遅れたのを少しは気にしているのか申し訳なさそうに微笑んだ。その時彼女の心からの笑顔を初めて見たような気がする。僕が彼女の歌をほめた時、彼女は笑った。でもそれは業務用の微笑みだった。ハーバーガーとコーラをはさんでインタビューの始まりだ。

「今の暮らしはねえ……まだビールハウスの仕事を始めて2ヶ月しか経っていないんだけど、身も心もボロボロよ。生きてるのに疲れたわ。あきらめの心境ね。惰性で生きてるっていう感じ」
 今の暮らしぶりについて尋ねると、彼女は開口一番こう答えた。彼女が初めて僕に自分の弱みを見せた。僕はこの時、瞳の奥のかげり、そして彼女が放つ強烈な暗いオーラ・攻撃的でいながらどこかいじけたような物腰の理由を解き明かす時だと感じていた。

 レイチェルは、1984年10月、現在のマニラ首都圏のバレンズエラ市で公務員の父と主婦の母のもとに生まれた。6人兄弟の長女である。父親は根っからの浮気者。レイチェルの幼少の頃から父親の浮気をめぐって両親のけんかが絶えず、母親はレイチェルが13歳の時に浮気者の夫に愛想をつかして正式に離婚し、その後再婚。父親は現在独身だが、何人かのガールフレンドと交渉を持っている。現在はマニラ首都圏パサイ市に父親と父親の妹である伯母と3人でアパートを借りて暮らしている。2番目、3番目の兄弟はいずれも女の子で10代後半にしてすでに結婚して、自分たちの家庭を持っている。下の3人の兄弟は小学校か高校に在学中で、マニラ首都圏の北に隣接するブラカン州の父方の祖母のもとから通学している。レイチェルもまた崩壊家庭の犠牲者なのだ。
 マニラ首都圏に暮らす母親とは今でも頻繁に連絡を取り合っている。家もなく、父の公務員としての安月給だけでは、日々の生活もままならず、レイチェルは貧しさの中で何とか2年遅れで高校を卒業した後、2002年、18歳の時に友人のリクルーターの誘いで日本行きのためにプロモーション入りした。2004年まで、2年間、マカティ市やマニラ市内のジャパニーズ・カラオケでトレーニングを積むが来日の機会に恵まれず、2004年11月にようやく念願かなって、初来日、東京都内のフィリピンパブで仕事する機会を得た。

★仕事で胃潰瘍に
 今の暮らしぶりについてさらに具体的に聞くと、彼女は補ってくれた。
「今の仕事には基本給はなくて、私の稼ぎはビール1本について50ペソのドリンクバックだけ。お客さんがビール1本注文してくれると私に50ペソのバックがあるの。単純なシステムでしょ。お客さんが来ても私はテーブルに呼ばれてビールを注文してもらわなくちゃ稼ぎはなしよ」
 うーん、どう考えてもしんどい仕事だ。それで彼女は1日何本のビールの注文をとるのだろうか?
「1日平均5本くらいだと思うわ。それで休日は1週間に1日だから、お店に出るのは以下月あたり25・6日だから月収は6000ペソぐらいだと思うわ。ビールは多い時で10本の日もあれば、0の時もあるの。私はもともとお酒が強くないから、気分が悪くなると、トイレで吐いてまたテーブルに戻って飲んで、また吐いては飲んでなんていう日もあるわ。でもこの仕事のおかげでだいぶお酒には強くなったわ」
 彼女の美しい瞳に生き生きした輝きがないのはこんな無理な仕事で体が蝕まれているのも大きな原因ではないかと思った。僕の彼女に対する気持ちはすっかり共感モードに変わっている。しかし彼女の仕事は飲むだけではなかった。
「クーヤも気がついたと思うけど、私のお店にはVIPルーム(特別室)があるの。そこでお客さんの希望に応じて、マスターベションの手伝いをしたり、女の子によってはチップと引き換えに最後までサービスする子もいるわ」
 僕は彼女の言葉一つ一つに大きくうなずきながら耳を傾けていた。そして彼女の体調を気遣って聞いた。
「でもそんな無理な仕事をしてたら、体を壊しちゃうんじゃない? 大丈夫?」
「もう壊れてるから大丈夫よ。この仕事を始めてろくにご飯も食べないで飲んでばっかりいるからあっと言う間に胃潰瘍になっちゃったの。お金がある時は薬を飲んでたんだけど。今は自分の薬を買うお金なんてないから胃潰瘍とは仲良く付き合っていくしかないわね」
 彼女は人事のように悲しく笑いながら話した。自分のために買う薬がないといっていたのが気にかかる。家族に病人がいるに違いない。
「君は今、自分のために薬を買うお金なんてないって言ったけど、家族に病人がいるの?」
 僕は彼女の様子をうかがいながら、おだやかな口調で尋ねた。彼女はこの質問でうつむいた。しばらく僕らの間に沈黙が流れた。図星のようだ。しかし、ここはこれ以上聞いてはいけないと質問を変えようと思っていた時、彼女は一瞬天井を見つめて大きくため息をついてからポツリと言った。
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by webmag-c | 2006-11-24 14:59 | レイチェル4 体をこわす仕事