「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者白野慎也が追う渾身のノンフィクション
フィリピン人エンターテイナーの入国が、厳しく抑えられるようになって1年余り。
全国のフィリピンパブが、どんどん消えつつある。
歌に、踊りに、ショーに、つかの間の癒しを与えてくれた天使たちは今どこで、何をしているのだろうか? 
「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者・白野慎也が、フィリピーナの“その後の人生”を追いかける、衝撃のレポート。
カテゴリ:レイチェル5 妹の病気と就職( 1 )
ビールハウスで働く理由(レイチェル第5回)
★妹の病気
「私のすぐ下の妹が白血病でキーモセラピー(白血病やガンなどに対する化学療法)を受けてるの。もう2年間の闘病生活よ。妹はもう結婚してるんで、私と妹の旦那さんの二人で治療代をほとんど出してるの。お医者さんからもらう処方箋通りに薬を買っていたら毎月10000ペソ以上かかるからとっても無理。だから義理の弟と私でできるだけのことをしてるの。お父さんは思い出したように時々お金を出すだけ。自分の稼ぎはほとんど女遊びに使ってるわ」
 僕はハンマーで頭をたたかれたくらいのショックを受けた。居心地のよくない崩壊家庭での生活、白血病の妹の医療費負担、文字通り命を削るような体にこたえる仕事。あまりにも厳しい現実だ。これだけの問題を抱えて明るく前向きに生きていくのは、よっぽど強い心の持ち主か、楽天的な人でなければ無理だ。僕は今、彼女の瞳のかげり・果てしなく暗いオーラの訳がよくわかった気がした。そして彼女の心の強さに敬意すら感じていた。
「妹さんは……」
 僕は言いかけて言葉を飲み込んだ。聞いてはいけないことを聞きそうになってしまったのだ。妹さんの余命についての質問だった。
「クーヤいいのよ。妹の余命についてははっきりお医者さんからは聞いてないけど、長くないと思うわ。この1ヶ月くらいの間に髪の毛が完全になくなっちゃって、食欲がまったくなくなっちゃって、ひどくやせたの。でも彼女の余命がどうのこうのなんて考えたくないわ。生きてる限りはできるだけのことをしてあげたいのよ」
 今度はレイチェルが僕を気遣い、僕の気持ちを読んで答えてくれた。僕は長女の責任感、強い兄弟愛に感激し、込み上げてくるもので喉が詰まった。と同時に、聞くことすべてが彼女の悲惨な日常を事細かにほじくり返すことにほかならず、つらかった。これ以上彼女を苦しめていいものか、すなわちインタビューを続けてもいいのか、やめるべきなのか心の中での葛藤があった。その一方で妹さんのキーモセラピーの話を聞いてからは、彼女がどこまで自己犠牲を払っているのかますます気になった。月6000ペソの給料の中から、家賃を負担して、妹の医療費を支払い、自分自身の食生活がどうなっているのかが気がかりでならなかったのだ。
「レイチェル、君は妹さんを助けるためにがんばってるのはよくわかったけど、食事はちゃんと食べてるの?」
「クーヤ、心配してくれてありがとう。毎日1回、時には2回、家のあまりものを食べているから大丈夫よ。それにご飯が食べられなくても仕事で毎日ビールが飲めるからそれがご飯代わりよ。ビールってカロリー高いでしょう」
 彼女は6000ペソの家賃のうち1000ペソを負担し、妹の医療費に3000ペソ費やし、自分のために費やしているのは月に2000ペソだ。そのうち職場への交通費が約1000ペソだから、本当の意味で自分の自由になるお金は月1000ペソに過ぎない。食事を満足に取る経済的余裕がないことは火を見るより明らかだ。それでも彼女はもっと稼いで今は母方のおばあさんの家にいる年下の兄弟たちの勉学を支援したいと思っている。崩壊家庭の結束を維持し、自分を捨てても兄弟の幸せを優先する伝統的なフィリピン人家庭の長女の懸命な努力にただ頭の下がる思いだった。僕はもうこれ以上、この件について尋ねることも意見することもできなかった。

★難しい就職活動
 しかし、レイチェルはまたなんで周りから蔑視線を浴びる『ビールハウスの女』という仕事を選んだのか、またたどり着いたのか? なぜカラオケではなくビールハウスなのかを聞いておきたかった。
 レイチェルは、来日中から妹に仕送りしていたので、帰国したらあっという間にお金がなくなった。家賃・妹の医療費・自分の暮らしのためにもすぐ現金収入が必要だった。ともかくすぐ何か仕事をしなくてはならない。一番に頭をよぎったジャパニーズ・カラオケに何店か足を運んでみた。しかしどの店も女の子があふれていて日給が安い。給料をアップするには同伴や指名を取ることが不可欠だ。しかし、大勢のきれいな女の子たちの中に混じって基本給以外の手当てを上乗せする自信もないのですぐにあきらめた。また、本国ではきちんとした仕事をしたいという気持ちもあった。それでファースト・フードのサービス・スタッフやレストランのウェイトレスの仕事に応募してみた。ジョリビー、マクドナルド、チャオキング(中華ファーストフードのチェーン店)やレストランなどだ。しかし結果的には母国がいかに学歴社会であるか思い知らされただけだった。彼女の高卒という学歴がネックになってすべて不採用に終わったのだ。
「高卒なんて鼻も引っ掛けてくれなかったわ。それまできちんとした就職活動なんてしたことなかったから、自分たちの国がこんなにも学歴偏重社会だって思い知らされたわ。それに採用されても信じられないくらい給料は安いし」
 彼女は憤懣やるかたない表情で話した。
「就職活動って、交通費だけでなく、履歴書・出生証明・国家警察証明書・写真とか、応募に必要な書類がものすごく多くてお金がかかるのよねえ。友だちに就職活動資金として借金して2ヶ月間、必死で職探ししてたんだけど、全部不採用。落ち込んだし、やけになりかけてたわ。私は学歴がなくて本当に苦労したし、悔しい思いをしたから、下の3人の兄弟には何が何でも大学まで終えてほしいの」
 彼女は職探しの時に味わった苛立ちと年下の兄弟たちにかける思いを昨日のことのように思い出しながら語った。
 その間にも日本での仕事の話は降って沸いては消えるということの連続。ブッキングは取れるが、ヴィザがおりない。日本にはなかなか行かれそうもないし、フィリピンでのまともな就職をあきらめてた時に、ラグナ(マニラ首都圏の南に隣接する州)のとある町のローカル・クラブでバンドのシンガー募集の仕事を見つけて面接に行って採用された。その後6ヶ月間、客の入らないそのミュージック・バーで歌っていたが、店がつぶれてそれと同時にバンドも解散してまた失業。2005年のクリスマス・イヴのことだった。その後、日本行きよりも実現しやすそうな韓国でのエンターテイナーの仕事を斡旋するプロモーションにも登録して2ヶ月トレーニングを受けたが、話が具体的になってきた時に、スタッフから『韓国では売春しなくちゃいけないけどいいかい?』って聞かれて、韓国行きは断念。何があっても絶対売春はしたくなかったからだ。それでやっぱりジャパニーズ・カラオケでとりあえず働こうかなあと思っていた時に、近所の元ジャパユキの顔見知りからビールハウスの仕事を紹介された。ともかく売春以外は何でもいいからと仕事を探し、最後にたどり着いたのがビールハウスだったのだ。
「もう選択肢はほかになかったのよ」
 彼女は当時の切迫感を再現するかのように切羽つまった表情で言った。
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by webmag-c | 2006-11-27 13:18 | レイチェル5 妹の病気と就職