「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者白野慎也が追う渾身のノンフィクション
フィリピン人エンターテイナーの入国が、厳しく抑えられるようになって1年余り。
全国のフィリピンパブが、どんどん消えつつある。
歌に、踊りに、ショーに、つかの間の癒しを与えてくれた天使たちは今どこで、何をしているのだろうか? 
「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者・白野慎也が、フィリピーナの“その後の人生”を追いかける、衝撃のレポート。
カテゴリ:レイチェル7 日本とは?( 1 )
日本にはもう行かないかも(レイチェル第7回)
★おいしかった日本食
「君の初来日は、心の傷を深めただけの経験になったんじゃない?」
 僕の質問への、彼女の反応は少し意外なものだった。
「そんなことはないわ。フィリピンだって日本だって同じ。まじめな人もうそつきもいるでしょ。それに日本ではフィリピンとは違った文化に触れることができてよかったわ」
「たとえばどんなこと?」
「まず、食べ物ね。ラーメン・日本のやわらかいお米・梅干・ソーセージ・焼肉・焼き鳥・うどん、日本食がとってもおいしくて日本で3キロ太ったの。街やいろいろな場所がきれいなこともよく覚えてるわ。特にディズニーランド・鴨川シーワールドが素晴らしかったわ。それから100円ショップやイトーヨーカドーは何も買わなくても見て歩くだけでも楽しかった。それから日本人はやさしくて仕事にまじめなことに感心したわ。それから行った時期がちょうど冬から初夏にかけてだったから日本の四季も経験できてよかったわね。同じ場所なのにあれだけ暑くなったり寒くなるのって本当に不思議ね」
 若干の誤解もあるが、日本からいい思い出も持ち帰ってもらえてよかった。僕は少しだけほっとした。

★先の見えない未来に向かって
「今の状況では夢なんか見られない。でも夢と言えるのかはわからないけど、まず妹に十分な治療を受けさせたいわ。それからまだ学校に通っている下の3人の兄弟たちを大学まで行かせられるように、スモール・ビジネスを手がけたいの。ジープを買って貸すとか、サリサリストア(雑貨店)の経営、自動車修理工場の経営、お米の卸売業とか、いろいろアイデアはあるんだけど、今の状況では夢のまた夢ね」
 彼女に未来にかける夢について聞くとこんな答えが返ってきた。
「そういう君の夢をかなえる手段が日本での仕事なんだね」
「ええ、そうよ。でももう1年近く待ってるし、もう行かれないかもしれないわね」
 彼女の再来日への展望は悲観的だ。いや現実的というべきか。
 しかし、彼女の夢はすべて兄弟のためのものだ。答えは分かりきっているように気がしたが、彼女が自分の女として幸せ、すなわち恋愛や結婚について今どう考えているのかを聞いてみた。
「君の夢はすべて兄弟のためという感じだけど、自分の恋愛や結婚についての夢はないの? もう恋愛なんてこりごりかな?」
「いえ、ちっともそんなことないわ。本当に人間として信頼できる責任感のある人がいたら結婚したいわ。私本当はものすごく孤独なの。本当の友だちだっていないし。クーヤが初めて店に来た時、私が日本にいた時のお客さんか恋人が私を探し当てて訪ねてきたかと思ったから、私もすごく警戒してたのよ」
 心の古傷が癒えずに恋愛恐怖症をわずらっていると思っていた彼女の答えは意外だったが、彼女が自分の幸せのことも忘れていないことがうれしかった。
「みすぼらしい中年男だけど、僕なんかどうかなあ? これでもまだ正真正銘の独身なんだ」
「大歓迎よ。まじめで責任感がありそうだから。でも彼女がいるって言ってたわよね。彼女を傷つけちゃだめよ」
 ほんの戯れで言ってみただけなのだが、彼女は人の話をよく聞いているし、実は頭のいい子なんだと思った。

 インタビューも大詰めだ。最後にもう少しだけ現実的な問題について聞いておかなければならない。
「君はもし、もう日本に行かれなかったらどうやって生きていくの?」
 間髪を入れずに彼女は答えた。
「この店でずーっと働ける限り働くわ」
 そう話す彼女の姿は凛として美しく、また力強かった。傷ついた分だけ強い心を持ったレイチェルならビールハウスの過酷な労働環境の中でも何とか生き残っていけるかもしれない。しかし月6000ペソは命を削るような労働の対価としては安すぎる。僕は出会った頃に比べてだいぶ心を開き始めていたレイチェルに改めて聞いてみた。
「今の仕事はきつい割りに給料が安すぎるような気がするんだけど、もっと楽に稼げる仕事、たとえば君の同僚もやっているように売春をしようとは考えたことはないの? 外国人相手なら一晩で5000ペソ稼ぐことだってできるよ」
 彼女の感情を害さないか心配だったが、彼女は淡々と答えてくれた。

(次回、レイチェルの最終回です)
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by webmag-c | 2006-12-03 17:50 | レイチェル7 日本とは?