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「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者白野慎也が追う渾身のノンフィクション
フィリピン人エンターテイナーの入国が、厳しく抑えられるようになって1年余り。
全国のフィリピンパブが、どんどん消えつつある。
歌に、踊りに、ショーに、つかの間の癒しを与えてくれた天使たちは今どこで、何をしているのだろうか? 
「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者・白野慎也が、フィリピーナの“その後の人生”を追いかける、衝撃のレポート。
カテゴリ:リセル2 うぶなマーメイド( 1 )
うぶなマーメイド(リセル第2回)
★出会い~初来日のリセルとシャロン
 忘れもしない2004年の7月の初めだった。僕はフィリピン関係の催しの帰り、千葉県内有数のフィリピンパブ密集地を冷やかして歩いていた。行けども行けどもフィリピンパブ。一体この連なりはどこまで続くのだろうと好奇心に駆られ、密集地帯の果てを見届けようと、最寄のJR駅の反対方向へどんどん歩みを進めた。30分近く歩いただろうか。だんだんと店がまばらになり、最後にぽつんと1軒だけフィリピン国旗を掲げてさびしくたたずむ店にたどり着いた。呼び込みはいない。店の外には浴衣姿の若いフィリピーナたちの写真と料金システムが掲げられていた。僕は吸い込まれるように店の扉を開いた。
「エラシャイマセー」
 発音もイントネーションもちょっとおかしな若いフィリピーナたちの元気な日本語が小さな空間に響き渡った。
 店内は浴衣祭りのイベント中で、浴衣姿の女の子たちのポスターや七夕飾りなど、デコレーションはにぎやかだが、肝心のお客が僕一人とさびしい限りだ。ウェイティング・スペースの長イスに座る浴衣姿の女の子たちも手持ち無沙汰そうで、どんな客が来たのか、誰が指名されるのか、そんなひそひそ話が聞こえてくる。ダブルのスーツを着て恰幅のいい店のマネージャーに、
「初めてなんですが」
 と話すと、彼は店のシステムをていねいに説明した後、
「では特に指名はおありではないですね。何か女の子のタイプはありますか?」
 と聞いてきた。中々気配りが行き届いている。僕は遠慮なく、
「初来日で日本語ができない子をお願いします」
 と答えた。
「かしこまりました」
 とマネージャーがうやうやしく答えてからまもなく、とてもフレッシュな二人のフィリピーナを連れてきて、紹介した。
「シャロンさんと、リセルさんです」
 二人は型どおり、一人ずつひざまずいて僕と握手をしてから、僕をはさむ形で座った。水割り作り、おしぼり渡し、すべてが不慣れでおどおどしていてそれが僕にとってはベテラン・タレントよりかえって心地よかった。
「ワタシ ニホンキタ オトトイデス ニホンゴ スコシダーケ ヨロシク オネガイシマース」
 シャロンが口を開いた。
「ワタシモ オトトイダケ ニホンキタデス スコシダーケ イイデスカ?」
 リセルが続いた。

「イイデスカ?」って新人のどこが悪いんですか? もちろん、いいに決まってるじゃない!! おととい来日とは本当にホヤホヤだ。今日、僕は彼女たちみたいなフレッシュなフィリピーナに会いに来たんだから。僕がタガログ語で話し始めると二人は始めびっくりしたように顔を見合わせて
「クーヤ オクサン フィリピンジン? オミセタクサン イクスル?」
 などとお決まりの質問をしてきたが、僕が独身で、独学でタガログ語をある程度身につけたこと、4年にわたるマニラの滞在中の話をすると、二人の僕に向ける目が、ただの遊び人を見る視線から、一種の尊敬のまなざしに変わっていった。

★二人の妹
 僕自身、その年はフィリピンに行っておらず、フィリピンが恋しくて仕方がない、言わば『逆ホームシック』のような状態になっていて、日本にいる普通のフィリピーナ、すなわち日本向けに色づけられたりしておらず、すれてないフィリピーナと、ほんの束の間でも接して癒されたかったのだ。だからこの二人との時間がいっそう楽しく感じられた。

 ベテランタレントのような気配りやサービスはできない。でも、この二人といっしょにいると、フィリピンに滞在していて、町の食堂の女性店員と話をしているような気分になる。自然で取りとめもない会話がとても楽しいのだ。
 店の暗さに慣れると、二人ともそれなりに自分の好みであることに気がついた。二人ともフィリピーナ特有のつやのある長い黒髪の持ち主だ。シャロンはスペイン系の血の混じった彫りの深い美人。フィリピン人らしくない高い鼻、白い肌、優しさと野生の輝きをともに宿したエキゾチックな瞳、薄くて形のいい唇、視線を腰元に下げると流れるようなヒップラインが浴衣姿の上からも見て取れる。そして時々テーブルを立つ時に、はだけた裾からのぞくカモシカのようなすらっとした脚線美、そして少しだけハスキーで甘い声。どちらかというと都会派のフィリピーナに見えた。ルックスは都会派っぽいのだが、のんびりゆったりとした甘ったるい口調にはとても癒される。
 また、リセルは、フィリピン人に多いぺちゃんこな鼻、黒くてまん丸な大きな瞳、いかにも人のよさそうなたれた目尻、情熱的な厚い唇。ちょっとした冗談にもケタケタ笑い、特に話がなくてもいつもニコニコしている。フィリピンの田舎に行けばどこにでもいるような素朴ないわゆるプロビンシャーナ(田舎の娘)タイプ。彼女もやはり僕の好みの天然癒し系だった。
 僕はテーブルについて5分もしないうちに、恥ずかしながらタイプの違う二人のフィリピーナに同時に一目惚れしてしまっていた。
 好みのタイプのフィリピーナ二人に囲まれて、すっかり興がのった僕は、彼女たちのリクエストに応え、かなり気持ちを入れてフィリピン・ポップスやアメリカン・ポップスを歌いまくった。僕は決して歌はうまくはないが、本当に気分の乗った時だけ、特定の人の心を打つ歌が歌えるようだ。ほかの客がいないこともあったが、僕のコンサートは二時間近く続いた。一曲歌ってはテーブルに戻って水割りでのどを潤すと、次の曲が入っていて、また歌い終わると、のどを潤しにテーブルの戻ってという具合だった。福沢諭吉をデザインしたおなじみのカラオケチケット4つづり(20枚)をあっという間に使い切ってしまった。ステージから戻ると、
「マガリン タラガ クーヤ(お兄さん、本当に上手ね)」
 と言ったシャロンと、笑顔で拍手し続けるリセルの瞳が涙で潤んでいるのがわかった。
 彼女たちは僕の大してうまくもない歌に酔ったわけではない。母国ではやった歌を聞いてホームシックになってしまったようだ。
「クーヤの歌を聞いてフィリピンが恋しくなっちゃった。早く帰りたいなあ」
 とリセル。すかさず
「私もホームシックになっちゃった。お母さんに会いたいなあ」
 とシャロンが続いた。潤んだ瞳からは大粒の涙が溢れ出している。
 この二人、本当に仲がよさそうだ。聞けば二人ともダバオ出身でプロモーションもいっしょ、マニラで来日を待っている時から同室でお互いに大親友らしい。
 仲がいいのは結構だが、この二人、この先6ヶ月、タレントとして仕事が勤まるのだろうかと僕は不安になった。二人とも本当に普通の素朴なフィリピーナで感受性も強い。無粋な酔っ払い相手の仕事がそんなに長期間勤まるようには思えなかったのだ。楽しい時間はあっと言う間に過ぎ、僕は常磐線の上りの最終に間に合うように後ろ髪を引かれる思いで店を後にした。浴衣姿で見送るシャロンとリセルの心細そうな顔を見て、ヨチヨチ歩きのうぶなマーメイドたちがこれからどうなってしまうのか、当面6ヶ月のお勤めが勤まるのか気がかりでしょうがなかった。この夜、僕には放っておけない二人の妹ができた。
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by webmag-c | 2006-12-11 17:12 | リセル2 うぶなマーメイド