「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者白野慎也が追う渾身のノンフィクション
フィリピン人エンターテイナーの入国が、厳しく抑えられるようになって1年余り。
全国のフィリピンパブが、どんどん消えつつある。
歌に、踊りに、ショーに、つかの間の癒しを与えてくれた天使たちは今どこで、何をしているのだろうか? 
「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者・白野慎也が、フィリピーナの“その後の人生”を追いかける、衝撃のレポート。
カテゴリ:リセル3 「成長」していく妹たち( 1 )
「成長」していく妹たち(リセル第3回)
★二人を見守った日々
「クーヤ、キノウ アリガトネ マタキテネ マッテルヨ」
 店を訪ねた翌朝、二人から別々に電話があった。まともに付き合っていたらお金も時間も続かない。僕はかわいい妹たちのために週に1回だけ様子を見に店に通うことにした。毎週1回、電車を乗り継いでいそいそと片道2時間30分かけて彼女たちの店に足を運んだ。店に行く度に彼女たちは、少しずつだが日本語がうまくなり、タレントとして必要な気配りや仕事ができるようになっていった。それは僕にとってうれしくもある一方、彼女たちがだんだん日本に染まっていくようで悲しくもあり複雑な心境だった。
 自分としてはシャロンの方がよりタイプだったのだが、ルックスで見劣りして中々客がつかないリセルをメインで指名するようにシャロンに頼まれることも多く、そんな時はシャロンをヘルプで指名した。結局二人を交互にメイン指名・ヘルプ指名するのが常になっていた。駅から遠いこの店はいつもほとんど客がいなかった。初対面からほぼ1ヶ月が経過したある日、リセルから電話があった。
「オミセ クローズスルヨ ワタシト シャロン サイタマノ オミセ イクヨ……」
 やっぱり!! いつもあの客の入りではやっていかれないだろうとは思っていた。彼女たちは、今度は埼玉県内有数のフィリピン・パブの密集地帯で遊びなれたお客たちに鍛えられることになるのだなと思った。来日中の店の移動。明らかなフライング・ブッキングだ。
 フライング・ブッキングとは、タレントが足りない店と余っている店で、女の子を融通し合う一般的な手法だ。フィリピンパブなどは店の面積やテーブル数などによって勤務できるタレントや従業員の数が決められている。現状の人数で女の子が足りない店は、余っている店からその枠を買って雇い入れるわけである。この枠のやり取りは2004年当時、タレント一人1ヶ月につき5000円が相場だと聞いた。もちろん違法行為だが、実際には業界では常識のように頻繁に行われていた。
 埼玉県中部のフィリピンパブ密集地に店が移っても、僕は週1回のペースで彼女たちの仕事ぶりを見に彼女たちの新しい職場に足を運んだ。あっという間に二人との出会いから2ヶ月が過ぎた。彼女たちがタレントとしてひとり立ちしてきたなあ、と思い始めた頃だった。僕も仕事が猛烈に忙しくなり、また彼女たちも常連客ができたのか、電話がかかってくる回数も減って、いつしかお互いの連絡も途絶えた。便りのないのはよい知らせ。僕は、彼女たちがタレントとして成長していく過程であると前向きにうれしく思っていた。しかし、その一方で僕にとってはシャロンもリセルも機会を作ってきちんと求愛したい恋愛の対象であることに変わりはなかった。
『去るもの日々に疎(うと)し』ではないが、彼女たちの記憶がやや薄らいできた時、シャロンが怒ったような口調で電話をかけてきた。以前、二人が帰国する前にディズニーランドに行くと約束していてそれっきりになっていたのだった。
 2004年11月、シャロンとリセルと僕の3人はディズニーランドに行った。アトラクションを楽しめるように入場者の少ない平日の午前中を選んだ。埼玉県中部の彼女たちの寮まで迎えに行き、電車を乗り継ぎ、JR京葉線の舞浜駅へ。ディズニーランドに着くと、ほとんど一睡もしていない彼女たちは、眠気もどこへやら。憧れのミッキーマウスとの記念撮影や、今となっては刺激に乏しい、スペース・マウンテンやスプラッシュ・マウンテンなどの強いて言えば絶叫系のアトラクションなどにキャーキャー悲鳴を上げながら思いっきり楽しんでくれているようだった。シンデレラ城の前では3人で記念撮影もした。その反動で、帰りの電車の中ではミッキーマウスのぬいぐるみを二人仲良く抱きかかえて爆睡していた。その寝顔は何の汚れもない少女そのものだった。しかし、それが僕と彼女たちが日本でともに過ごした最後の時間となった。

★安宿の寝床で
「クーヤ ドシタノ?」
 リセルの一言が、また僕のタイムトラベルにピリオドを打った。さあ、インタビューを始めなくては。僕らの連絡が途絶えてから彼女たちに何があったのか、今日に至る道のりを是非聞きたい。

 それにしてもこのLAカフェという場所は特殊な空間だ。明るい入り口を抜けると、まずカウンターが目に飛び込んでくる。カウンター周りには小さなテーブルと小椅子が多数並べられ、カウンターの向こう側にはビリヤード台がある。カウンターを左手に見て奥に進むと、そこはエクステンション(延長)と呼ばれるスペースがある。1回のメインスペースとエクステンションの間に2回に通じる階段があり、階段を上って2回の左側はライブバンド・スペース、右側がテーブル席とビリヤード・スペースの言わばエクステンションと言うべきスペースの大きく4つのスペースに分かれている。
 この2階建て、4つの空間の中で、一晩のパートナーを求める男性客と一晩の、あるいはほんの一時の客を探す売春婦たちの濃厚な駆け引きが24時間、日々繰り広げられているのだ。パートナーを探す男性客のプロフィールもさまざま。韓国人・アメリカ人・日本人・ドイツ人・オーストラリア人・アラブ人・インド人・中国人など、国籍もさまざまなら、一夜妻を探す視線もギトギトして脂ぎったものから、スーパーや市場で果物を選ぶような真剣さの中にもクールでゆとりのある視線まで、人それぞれだ。男性も女性も選ぶ権利もあれば拒否する権利もある、とは言えしょせんここは人肉市場。あの気弱なリセルがここでどんな風に客を捕まえるのだろうかと思いは走る。
 いずれにせよ、この脂ぎった空気と、しのぎを削る人肉取引の喧騒の現場でのインタビューは無理だ。
「リセル。近くの静かな場所で話を聞かせてくれないかい?」
 僕が外に誘うと、
「じゃ、クーヤ、私たちが暮らしてるホテルに行きましょうよ」
 とリセルが言った。僕はリセルがまさかホテルに住んでいるなんて思ってもいなかったのでかなり驚いた。
「ホテルに住んでるなんて、お金持ちなんだね」
「そんなことないのよ。仕事場の近くでいいアパートが見つからないから、しかたなく見つかるまで仲間と3人で住んでるの」
 リセルがホテル住まいの理由を説明してくれた。

 ゆっくりとした彼女の足取りにあわせて歩くこと6分ほどでそのホテルに着いた。僕も以前、日本人の友人を訪ねて行ったことのある旅行者向けの安宿だった。
「うす汚れた部屋には二つのベッドがあり、ベッドの上には、脱ぎ散らかした服・下着、口紅がべっとりと付いたタバコの吸殻が山盛りになった灰皿や飲みかけのウィスキーのビンや化粧品などが散乱しており、夜の女性たちの生々しい生活の香りがあふれていた。
「これが私たちの今の家よ。散らかっててごめんね」
 リセルが改めて我が家を紹介してくれた。
「いやいや、いいんだよ。生活感が漂ってるね」
 こうとしか答えようがなかった。
 目の前には2年前、初めてあった時と全然変わりないリセルがいる。僕らは二つのベッドのへりに向かい合って腰掛け、ディズニーランドでの休日や彼女たちを同伴した時に必ず立ち寄った100円ショップの話でしばし盛り上がった。
 しかし、今の彼女はショートタイム3時間拘束で最低1500ペソ、オールナイトで最低3000ペソを稼ぐ売春婦なのだ。彼女にとっても時は金なり。無駄話をして彼女の貴重な時間をつぶすわけにはいかない。さあ、インタビューの時だ。
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by webmag-c | 2006-12-13 15:27 | リセル3 「成長」していく妹たち