「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者白野慎也が追う渾身のノンフィクション
フィリピン人エンターテイナーの入国が、厳しく抑えられるようになって1年余り。
全国のフィリピンパブが、どんどん消えつつある。
歌に、踊りに、ショーに、つかの間の癒しを与えてくれた天使たちは今どこで、何をしているのだろうか? 
「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者・白野慎也が、フィリピーナの“その後の人生”を追いかける、衝撃のレポート。
カテゴリ:リセル5 帰国、そしてLAへ( 1 )
帰国、そしてLAへ(リセル第5回)
★観光ガイドの仕事
 最後の来日から帰国すると、リセルの持ち帰ったお金はほんの2、3日でなくなってしまった。家族が生活費のためにしていた借金の返済を済ませたらもう一文無し。家族で仕事を持っているのは彼女だけだから、家族を養っていくためには、帰国直後の出稼ぎ疲れを取り除くために休むまもなく、すぐに就職しなければならない。そして最後の来日で知り合った親友エステラが勤めているジャパニーズ・カラオケにすぐに就職した。
『もうカラオケはごめんだわ』なんてわがままは言ってはいられない。働き始めて3日目に付いたお客に気に入られ、『夜の付き合いはなし』という条件でマニラの旅行ガイドの話を持ちかけられ、1日2000ペソで請け負い、それがリセルにとっての大きな転機となった。旅行ガイドは意外とおいしい仕事かもしれない。日給250ペソのジャパニーズカラオケで耐え忍んで働くよりも、ガイドで大きく稼いだ方がいいではないかと思ったのである。そんな話をエステラにしたところ、『夜の付き合いの方が旅行ガイドよりもお客を探すのも簡単だし、お金になるわよ』と言われた。確かにエステラのいう通りかもしれない。しかしリセルはまだそこまでふん切れなかった。
 いずれにせよ、ジャパニーズ・カラオケは日本に行きたくても行かれない元ジャパユキと、田舎から出てきたばかりのジャパユキ志願の若いフィリピーナであふれ帰り、お客を獲得すること自体が熾烈だった。それに指名や同伴がなければ給料はどんどん減っていく。勤めて2週間、もう二人にはカラオケにとどまって日銭を稼ぐ理由はなかった。リセルはエステラを追うように、カラオケをやめ、LAデビューを果たした。もともとゴーゴーバーが集合しているエドサ・コンプレックスでダンサーをしていたエステラにしてみればLAで肉体営業することなど古巣に戻るようなものでたいしたことではなかったが、売春経験のないリセルは、はじめはホステス(最後までお相手する女性の呼び名)ではなく、あくまでガイドとして最後までのお付き合いまではしない方針で仕事を始めた。
 実際、LAデビューした初日からエステラはオールナイトで5000ペソの客を釣り上げた。しかし、ガイドが限度とこだわるリセルには中々客がつかなかった。初めてリセルに客が着いたのは、LAに通い始めて1週間後。ドライバーつきでレンタカーを借り切った日本人観光客にマニラの名所を案内することになったのだ。しかし、イントラムロス、ルネタ公園、マニラ湾クルーズ、マニラ動物園、シュー・マートでのショッピングなどお決まりの観光を終えると、温厚な初老紳士のSさんは、
「今日はありがとう。楽しかったよ」
 と言って約束の2000ペソに500ペソ上乗せして2500ペソくれた。しかし、喜んだのもつかの間、リセルはSさんから恐れていた申し出を受けることになる。
「君がすっかり好きになった。観光は終わったけど、今晩このまま朝まで付き合ってくれないか。さらに5000ペソ払うよ」
 リセルは一瞬考えてすぐにSさんの誘いに乗った。
「Sさんがタイプだったこともあるわ。でも結局5000ペソの誘惑に負けたの。それが私の本当の意味でのLAデビューよ。それから1週間に二人くらいの頻度でお客さんが取れるようになったわ。ショートタイム(3時間以内)が1500ペソ、オーバーナイト(6時間~9時間)で3000~5000ペソが私の相場よ。お客さんは日本人だけって決めてるの。気持ちもよく分かり合えるし、アブノーマルな人も少ないし、気前はいいしね」
 そんな話をしていると、ルームメイトのエステラが帰ってきた。

★大金を稼げる仕事
「こんにちは。クーヤ。私のこと覚えてる?」
「あー、覚えてるよ。LAカフェの入り口で立ってるのを何度か見たことがあるよ」
 170㎝を超える長身。スペイン系の血の混じった鼻筋の通った少し野性的で精悍な顔立ち。紺のタイトなストレート・ジーンズに包まれた長い足。黒くつややかな黒髪。けだるそうにタバコをくゆらせたかと思うと、さりげなく足元に投げ捨て、ブーツのヒールで踏み消すプロの娼婦の風格を感じさせる彼女がLAカフェの入り口にたたずむ姿は、ひときわ印象的な光景として瞳の奥に焼き付いていた。文句のつけようのないいい女だった。
「君がエステラだね。よくLAの入り口で見かけたよ。本当かっこいい女性だなと思っていつも見てたよ」
 お世辞のつもりではなく、彼女の印象をそのまま本人に伝えただけだった。
「ありがとう。ボラボラ(ゴマすり)上手ね。クーヤは覚えていないかもしれないかもしれないけど、埼玉のお店でも私たち会ってるのよ。私は覚えているのに、クーヤは冷たいわね」
 と言いながらもエステラはうれしそうに微笑んでいた。そして、
「ごめんなさいね。今インタビュー中なのよね。じゃあ、私は先に仕事行くから。さよなら」
 僕は日本帰りのホステスの出勤を、彼女たちの寝ぐらである薄汚いホテルの一室から見送った。
 エステラは、年齢こそ23歳とリセルより3つ若いが来日前からエドサ・コンプレックスでゴーゴーダンサーとしてバリバリ肉体営業していただけあってさすがに風格があるなと思った。

 エステラの突然の帰宅で話がちょっと中断してしまったが、僕はなぜ普通の女の子リセルが売春婦になってしまったのか、自分なりに総括しておきたかった。ここで彼女にはちょっと酷な質問をした。
「リセル。結局君は何でホステス(売春婦)になってしまったんだと思う?」
 この質問を聞いた瞬間彼女の瞳はひときわ大きく開き、ほほが紅潮して痙攣しているのがわかった。『やはりここまで聞いてはいけなかったのだろうか?』と思い始めた時、彼女は気を取り直したように穏やかな表情に戻って淡々と話し始めた。
「私の心が弱かったの。それにほんのわずかの給料のためにせっせと地道に働くより、簡単に大金が稼げる仕事を選んでしまったのよ。私の大きな罪よ」
 より簡単に大金を手にする方法という分析は十分に説得力のあるものに思えた。
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by webmag-c | 2006-12-20 22:24 | リセル5 帰国、そしてLAへ