「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者白野慎也が追う渾身のノンフィクション
フィリピン人エンターテイナーの入国が、厳しく抑えられるようになって1年余り。
全国のフィリピンパブが、どんどん消えつつある。
歌に、踊りに、ショーに、つかの間の癒しを与えてくれた天使たちは今どこで、何をしているのだろうか? 
「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者・白野慎也が、フィリピーナの“その後の人生”を追いかける、衝撃のレポート。
カテゴリ:ジョイ6 稼いでも厳しい暮らし( 1 )
稼いでも厳しい暮らし(ジョイ第6回)
★今の暮らし
 「話がそれちゃったけど、さっきは君の今の暮らしぶりについて聞いたんだ。もう一度同じことを聞いてもいい?」
 「あっ、私は見当違いのこと話しちゃったのね。今は、ともかく必死よ。風邪をひいたり、熱があって本当に我慢できない日以外は毎日LAに通って、一生懸命働いてるわ。お客さんにありつけるのは2日に1人くらいかなあ。話し相手だけのお客から、オールナイトのお客さんまで時間帯もいろいろなら、お客さんの国籍もいろいろよ。私はフィーリングさえ合えばどこの国の人でもOKよ」
 ホステスの中にはお客を国籍で選ぶ娘が多い中で、彼女はお客を国籍で選ばないと言い切った。客として男たちのお国柄について聞いてみた。
 「私はお客さんを国籍で選ばないけど、アブノーマルな人だけはごめんだわ。このお店には本当にいろんな国から男の人たちが来るけど、日本人が一番親しみやすい気がするわ。フレンドリーでアブノーマルな人は少ないし、気前がいいし。国籍で選ばないとは言ったけど、態度が大きかったり、あそこが大きすぎたり、アクロバチックなスタイルを要求されたり…本当に国ごとにそれぞれね。他にも、ケチだったり、バイブレイターやいろんな道具を使ったり、しつこかったり、体臭が耐えられなかったり…私がケチと言うのはさんざん値切った挙句に、終わったあとにさらに値切ってくるっていう意味よ。でもお客がいない時は、そんなことは言ってられないから、どんな国の人でも相手をするけど」
 彼女の話を聞いている時、かつてHなビデオなどで見たことのあるシーンの数々が次々とリアルに僕の頭の中をよぎっては消えた。
 「なるほど、それで1ヶ月でいくらくらいの稼ぎになるの?」
 「私の場合は一日3000ペソのお客さんがほとんどね。6時間で最後までのサービスが希望のお客さんよ。一ヶ月でいくらになるなんて私はバカだから計算できないわ」
 フィリピン人はそこそこ学歴のある人でも非常に計算が苦手だ。まして彼女は高校中退。僕は頭の中で簡単な計算をした。3000ペソ×15日=45000ペソ。改めて計算してみて彼女の稼ぎ振りに驚いた。
 「一ヶ月で45000ペソも稼いでる計算になるよ。君は実は大金持ちじゃないか!」
 半分ひやかしで僕が伝えると、彼女は自分自身の稼ぎに改めて驚いたようだった。
 「えっ、本当? 私はそんなに稼いでるの? 自分の食費とメイクアップ代とか除いてお金は全部お母さんに渡しちゃうから、自分自身はいつだってせいぜい1500ペソくらいしか持ってないの。だからそんなに稼いでるなんてぜんぜん実感がないのよ」
 僕はジョイの日常生活をもう少し掘り下げてみた。
 「君は自分の生活費として1日いくらくらい使うの?」
 ジョイは少し考えてから話した。
 「自分のための手当ては1日200ペソって決めてるの。実際の支出は、ご飯が一日に大体一回で20ペソから40ペソくらい。あとは化粧品とか歯磨き粉・シャンプーとか身の回りのものばかり。洋服も以前買った物を着てるから今はほとんど買ってないわね。ただ化粧品代は意外とかかるのよねえ。これはケチると商売にかかわるから食費よりも大事だと思ってあまり節約しないようにしてるの」
 さすがプロ。ジョイの言葉一つ一つにある意味僕は感心していた。彼女は1日一食しかしないにもかかわらず、売り上げに直結する化粧品代はケチらない。
 彼女は家族にどれくらいの経済的支援をしているのだろうか?
 「ジョイ、今住んでる家の家賃はいくら?」
 「電気代、水道料金込みで月の家賃3000ペソのアパートに仲間と3人でいっしょに住んでるわ。私の負担分は1000ペソよ」
 自分用の手当てと家賃、そして毎週家族を訪ねる交通費、すべて合わせても8000ペソ。彼女は毎月37000ペソもの大金を家に入れていることになる。これだけのお金を入れてもらえば、普通なら彼女の家族はそこそこの暮らしができるはすだ。僕は、ジョイだけに苦労させて他の家族は遊びほうけているのではないかとも思った。しかし、実態はまったく違うようだった。

 ジョイは、1988年5月、果物販売業を営む両親の元に13人兄弟の4番目の子供としてマニラの南西部に隣接するカビテ州に生まれた。両親は勤勉で夫婦仲もよかった。ジョイは両親が争っているのを一度も見たことがない。しかし、子だくさんのため、生活は困窮を極め、子供の頃から1日一食しかできない日がほとんどで、ジョイの幼い頃の記憶で真っ先に浮かんでくるのは、いつもおなかをすかせた幼い兄弟たちが少ない食べ物を取り合ってけんかしている光景だ。食事もままならない家庭で子供の教育にまで手が回るはずがない。長男は何とか高校を卒業し、成績がよかったため、奨学金を得て4年生の大学を卒業して有名コンピューター専門学校の事務職員として就職、結婚して自分の家族を持って自立することもできたが、他の兄弟は高校卒業すらままならない。これは、学歴社会フィリピンで、ジョイ家族が大きなハンディキャップを負っていることを意味する。高校卒業や中退の学歴では、自分の家族を、いや自分自身を養っていけるだけの所得を得られる職業につくチャンスすらほとんどなくなってしまうのだ。
 そんなわけで、ジョイの家族、すなわち両親と独立した長男を除く11人の兄弟、そしてジョイの子供という14人を支えられるのはジョイ一人なのである。それでもジョイが決して隣近所には言えない仕事で大家族を強力に支え始める前から、彼女の両親は地元の市場で果物を売って1日300ペソほど稼いで、何とか一家が飢え死にしない程度に家族を養ってきた。そしてジョイが大きく稼ぎ始めて家族は豊かになるはずだった。

 そこに今年に入って突然降って沸いたのが、ショッピング・モール建設計画とそれに伴う建設予定地の不法占拠者の立ち退き問題である。
 現在ジョイの家族は、フィリピン政府の土地に勝手にトタン屋根の家を建てて暮らしている。彼らはいわゆるスクワッターと呼ばれる土地の不法占拠居住者なのだ。当然、家賃・地代などは払っていない。しかし、ショッピング・モール計画が実現段階に入ろうとしている今、一家は最終的には有無を言わせず立ち退きを迫られることになる。となればまったなしで新しい住居を探して引越ししなければならない。新たに家を賃借りするか、購入しなければならないのだ。これは貧しい大家族にとっては大きな経済問題なのである。
 ジョイたちは現住所の近くに家と土地を購入し、住宅の隣接地にやや大きめのサリサリ(雑貨店)を作るために頑張っている。その目標達成のために家と土地で50万ペソ、サリサリ店作りの費用20万ペソの計70万ペソを1日でも早くためるのが家族上げての目標なのだ。そのほとんどすべてが17歳の娼婦ジョイの肩にのしかかっているのである。
 「私もこんな仕事やりたくてやってるわけじゃないのよ。目標の金額だけ貯金できたら、すぐにこの仕事をやめたいわ」
 職業売春婦としてキャリアを重ねて、彼女はお金や性に対する感覚が麻痺しているかと思っていたが、決してそんなことはなかった。家族の明るい未来のために具体的な目標を持って計画的に頑張っているのだ。
 ただ、キャッシュでなくローンなら今すぐにでも引っ越して新居に住めると思うのだが、なぜキャッシュにこだわるのかが不思議だった。
 「すぐ新しい家に引っ越すなら、キャッシュで払わなくてもローンで支払うという手もあるよ。それならすぐ夢の新居に引っ越せるんじゃない?」
 「お父さんが銀行に相談してみたんだけど、『スクワッターに住む果物の露天商じゃローンは利用できない』って言われたんだって。それでも一応っていうことでローンの場合の支払いを試算してもらったら、25年プランで毎月8300ペソの支払いになるんだって、これって50万ペソの家を買うのに250万ペソも払う計算でしょ。実際の値段の5倍も支払うなんてすごくもったいないと思わない? それでお父さんが毎月15000ペソの支払いならどうなるかって聞いたら10年かかるって言われたんだって。これだって全部で180万ペソでしょ。それで絶対現金じゃなくちゃ損だっていうことになって、今は定期預金してお金を増やしながら2年計画でマイホーム、マイ・ファミリー・ビジネスに向かってみんなで頑張ってるの。私は自分の最低限の生活費以外はみんなお母さんに渡してるからお金の細かいやりくりはぜんぜんわからないの」
 なるほど、貧乏人ではローンも組めないというわけか。またローンが組めたとしても大手銀行の住宅ローン金利は12~18%。こうした異常に高い利息のため、支払いが長期にわたると元本の数倍に当たる金額の返済を続けなくてはならないことになる。25年ローンだと元本の5倍、これは何とありがたい(?)住宅ローン金利だ。僕は改めて日比の金融事情の違いにも驚かされた。それにしてもジョイは自分のことをバカだと謙遜していたが決してそんなことはない。数字にもなかなか強い。
 「君は自分がバカだなんて言ってたけど、決してそんなことないと思うよ。数学は得意そうじゃない」
 と僕は少し冷やかし気味に言った。
 「そんなことないのよ。お父さん・お母さん・コンピューター学校に勤めているお兄さんが銀行や不動産屋さんに相談したり、いろいろ計算した結果を私が覚えているだけよ」
 彼女はテレながら答えた。
 僕はこの時、一家の期待を一身に背負って押しつぶされそうな重圧と厳しい現実の中で、文字通り家族のために体を張って生きるジョイがたまらなくいじらしく、また一段と美しく見えた。
[PR]
by webmag-c | 2007-01-19 01:11 | ジョイ6 稼いでも厳しい暮らし