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「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者白野慎也が追う渾身のノンフィクション
フィリピン人エンターテイナーの入国が、厳しく抑えられるようになって1年余り。
全国のフィリピンパブが、どんどん消えつつある。
歌に、踊りに、ショーに、つかの間の癒しを与えてくれた天使たちは今どこで、何をしているのだろうか? 
「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者・白野慎也が、フィリピーナの“その後の人生”を追いかける、衝撃のレポート。
<  2006年 09月   >
  • フレンドリーなウェイトレス(シエラ第1回)
    [ 2006-09-29 19:55 ]
  • 勝ち組なのか? 負け組なのか?(アナリサ第8回・最終回)
    [ 2006-09-28 20:09 ]
  • スポンサーのいるタレントの優雅な生活(アナリサ第7回)
    [ 2006-09-27 21:10 ]
  • “恵まれすぎ”の自分(アナリサ第6回)
    [ 2006-09-26 19:27 ]
  • 日本行きの前に出会いが待っていた(アナリサ第5回)
    [ 2006-09-25 21:52 ]
  • 高い授業料は誰が払う?(アナリサ第4回)
    [ 2006-09-23 23:29 ]
  • 日本語学校での意外な発見(アナリサ第3回)
    [ 2006-09-22 20:03 ]
  • 日本語学校での意外な発見(アナリサ第2回)
    [ 2006-09-21 19:54 ]
  • わずか40日の来日(アナリサ第1回)
    [ 2006-09-20 20:05 ]
  • ジョリビーのディナー
    [ 2006-09-19 19:03 ]
フレンドリーなウェイトレス(シエラ第1回)
★出し抜けのプロポーズ?
「ねえクーヤ、私と結婚してくれない?」
 唐突なシエラの言葉に僕はストローですすっていたマンゴシェークを思わず吹き出しそうになった。
「冗談じゃないの。本気よ。イミテーションでいいから、お願い!!」
 なんだ! そういうことだったのか。入管によるエンターテイナーの入国規制が厳しくなって偽装結婚の申請が激増しているとは聞いていたが、インタビューの場でこれだけあからさまに偽装結婚の夫役を頼まれるとは思ってもいなかった。
「何かおかしなこといった?」
 シエラは僕の戸惑いなど、どこ吹く風である。彼女としては日本にエンターテイナーとして従来のルートで行くのが難しくなったから、それに代わる手段としてごく自然に偽装結婚を思いつき、身近にいる人のよさそうな日本人に手当たり次第声をかけているのに過ぎないのだ。
 シエラは思ったことを考えずにすぐに口に出すタイプ。ある意味ではとても正直で率直な性格だ。考えてみれば、これだけ偽装結婚と思しきケースが激増している中で、今までのインタビューで偽装結婚の話があまり出なかったことが不思議なくらいだ。
 彼女たちは、答えたくないことや都合の悪い話になると、はぐらかしたりうそをついたりしていたはずだ。ほとんどの元エンターテイナーたちをインタビューした時は、お互いに初対面か2回目の顔合わせである。彼女たちも最低限自分を取り繕い、偽装結婚の希望があっても自ら話題にすることは避けてきたに違いない。実際、僕が「偽装結婚は考えないの?」と水を向けると「いい人がいればぜひお願いしたいわ。あなた、夫になってくれない?」と話にのって来るケースは多々あった。もちろんこの『いい人』とは、あと腐れなく淡々と名目上の夫役を静かに果たし、契約が切れたらすっと彼女の人生から跡形もなく消えて行ってくれる日本人男性のことだ。
 偽装結婚とは文字通り、日本人の妻として日本に滞在する資格を得るために書類の上だけで日本人男性と婚姻関係を交わすものであり、2005年3月15日の法務省令の改正でフィリピン人エンターテイナーの入国が急激に絞り込まれてから激増しており、事情通の話では買いきり150万円、300万円などと言うのが相場になっているらしい。買いきり150万円と言うのは、日本人男性とフィリピン人女性の2年間の偽装結婚契約である。フィリピン人女性は頭金30万円を支払い、婚姻関係に入ってから、名目上の夫に毎月5万円を支払う。したがって30万円+5万円×24=150万円となるわけである。
 買い切り300万と言うのはほぼ同様の4年間の偽装婚姻契約である。名目上の夫は自分の妻としての地位を与える代わりにこれだけの報酬を得、一方フィリピン人女性としては、これだけの支払いの代償として、日本人の妻として何の制約もなく自由に日本のパブやスナックなどで働いて稼ぐ権利を手に入れると言うわけである。偽装結婚を仲介する業者の暗躍もよく知られているところだ。僕が頭の中でそんなことを考えていると、シエラが追い討ちをかけてきた。
「偽装結婚にはヤクザが絡んでいる場合も多いって聞いてるし、クーヤならまじめでやさしそうだからといい思うんだけどなあ」
 シエラはすごく真剣な視線でじっと僕の目をまっすぐ見つめてきた。ちょっと待ってくれよ。そっちはよくてもこっちは一応花の(?)独身。近いうちに意中のフィリピーナと愛情あふれた結婚をしたいと思っている。そこははっきりさせておかなければならない。
「僕は独身だけど、彼女がいてもうすぐ結婚する予定なんで残念だけど、君の申し出には協力できないなあ」
「なーんだ。そうなんだ。残念だわ」
 彼女は心底残念がっているようだが、何とか納得してくれた。
 彼女の申し出をいなしながら、『どちらがインタビューしているのかわからない。とんだ幕開けになってしまったなあ』と思いながら、僕は苦笑していた。
 しかし、やさしくてまじめそうと評されてまんざらでもない気分でもあった。ただ、僕は次の瞬間、シエラの彼氏の反応が気になってすぐに隣の席を見た。彼氏はおとなしく平然として僕らのやり取りに黙って耳を傾けていた。
 
★彼氏同席のインタビュー
 そう、今回はインタビュー相手の彼氏が同席するという異例の事態になってしまったのだ。
 シエラとは、マニラ市のエルミタ地区、別名ツーリストベルトとも呼ばれる外国人観光客の多い場所にある日本レストランで、ウェイトレスとして勤務中に知り合った。
 在比日本人の知人から、同地区の某レストランでは日本帰り組がたくさん働いているらしいという情報をもらって出かけてみたところ、そのレストランで働くウェイトレスの過半数が元ジャパユキだったのだ。中でもシエラはテキパキとした動きで職場によく順応し、いつも笑顔を絶やさずフレンドリーで話もしやすかった。黒くてまん丸な瞳と健康的な褐色の肌が印象的な清楚なイメージの女性だ。
 来日回数は7回、最後の来日も2005年の1月、現在次の来日を待っているが、カラオケよりも少しきちんとした仕事として、待機中のアルバイトとして日本レストランのウェイトレスを選んだという。なるほど、たしかにカラオケとは違って指名や同伴もなければ、酔っ払いの機嫌を取ったりすることもない。同じ接客業でもウェイトレスの方がきちんとした仕事だと言える。そして、もう1年3ヶ月も来日を待つ彼女もまた入管法改正の犠牲者と言って間違いないだろう。
 ジャパニーズ・カラオケとは一味違った元エンターテイナーの新しい人生の一例としてインタビューを申し入れたところ、二つ返事でOKしてくれたというわけだ。
(つづきは次回に)


★   ★

 白野氏のインタビューもいよいよ3人目。ジャパニーズレストランで働くシエラの登場です。webmag-cはすでに原稿を読ませていただいたのですが、これまでのローナとも、アナリサとも違う境遇、キャラクターを興味深いフィリピーナです。
 ぜひお楽しみに。ご感想もお気軽にお寄せください。
by webmag-c | 2006-09-29 19:55 | シエラ1 偽装結婚のお誘い
勝ち組なのか? 負け組なのか?(アナリサ第8回・最終回)
★したたかな割り切り方
「ほらね。言ったでしょ。妻子持ちに本気で惚れたらダメって。スポンサーだと思えばいいのよ。私はパパには恋人の振りをしているけど、もしお金をくれなくなったら『愛してる』なんて絶対言わないよ」
 親友のサンディーが話に割り込んできた。いつの間にかうまそうにタバコをくゆらせている。吸い方もなかなか年季が入っている。アナリサよりはるかに仕事上手に見えるサンディーはネグロス島出身の22歳で、マニラで看護学校過程を3年まで済ませている。アナリサよりも本物の看護婦に近い場所にいる。ただ、お尻の上部に刺青を入れていたり、男出入りが激しいといううわさといい、清純なフィリピンの看護婦のイメージとは程遠い。性格的にはシャキシャキしていて、自己主張も強いタイプの女性だ。完全なアメリカ志向で、看護婦の資格を取ったら、すぐアメリカにわたって看護婦になり、家族を助けたいと思っている。今日のメインはアナリサだから、サンディーのインタビューはほとんど形だけでさっと済ませたのだが、彼女にもパパと呼んでいるスポンサーがいるらしい。どんな風に交際して、どんな支援を引き出しているのか興味があるので聞いてみた。
「パパは、観光旅行でマニラに来た時にお店に来たお客さんなの。本当の名前は何回聞いても覚えられないから、パパって呼んでるわ。70歳過ぎのおじいちゃんなんだけど、一目ぼれされちゃったみたい。毎月フィリピンに来て、マニラにいる間は毎日お店に同伴してくれて、あちこちで買い物して、帰る時もおこづかいを毎回10000ペソくらい置いてってくれるの。愛してないからクーヤが考えるような特別な関係はないわよ。でも一緒にいる時『パパ、大好き、愛してる』って言うと喜んじゃって。『女房と離婚してお前と一緒になりたい』って言うから『うれしいわ』って言うんだけど、パパは奥さんと別れないまんま。もう2年の付き合いになるわね。でももし奥さんと本当に別れたとしてもパパを愛してないから、『知らないわ、勝手にして』って言って逃げちゃうけどね」
 と言って、サンディーは大声で笑った。僕は苦笑するしかなかった。
「それに君にはグワーポ(男前)の彼氏がいるんだろう」と僕はかまをかけてみた。
「お店にくる常連客で私に気がある人がいるのよね。グワーポなんだけど、パロパロ(浮気もの)だって言ううわさで、しばらく様子を見て見るつもり。でもパパは捨てがたいわ」
「なんで? 愛してないし、おじいちゃんだし、タイプじゃないって言わなかったっけ?」
「その通りよ。でも毎月5万円、送ってくれるんだから。スポンサーは大事にしなくちゃ」
サンディーは悪びれることなく語り大声で笑った。色ボケパパに聞かてあげたかった。どんな気がするだろうか? 白衣の天子サンディーの腹は相当黒そうだった。同じようにカモられている同邦男性がたくさんいることを思いつつ、こういうかわいい悪魔に気をつけないと、と僕は思った。
 日本人男性から同額の月5万円の支援を受ける2人に対する僕の気持ちは全然違っていた。プロの水商売人サンディーには嫌悪感を、偶然そういう状況になったアナリサに対しては共感を感じた。この感情はあまりに短絡的に過ぎるだろうか? いずれにしろ、カモられている被害者の日本人と加害者のフィリピン人、そして無垢なフィリピーナをもてあそんでいる加害者の日本人と傷つけられた被害者のフィリピン人という、2つの正反対の事例を僕は同時に見せ付けられ、複雑な心境だった。
アナリサのすすり泣きは止まらない。僕の言葉が深くショックを与えてしまったようだ。サンディーの高笑いとアナリサのすすり泣きの狭間で僕は何とも言えない居心地の悪さを感じていた。

★抜かりなく見えた将来設計のほろ苦い結末?
 日本語学校生は実は日本帰りのエンターテイナーであり、看護学校生であり、カラオケ・ガールでもあった。月5万円の仕送りに加えて、学費の全面支援、そんな生活の心配のない中で、当面は、日本でのエンターテイナーへのカムバックが第一志望、磨きをかけた日本語力を生かして日系企業への就職もよし、本来の夢、看護士として日本でもアメリカでも働くのもよし、というように彼女の将来は、どう転んでもまったく心配のないバラ色の未来に見えた。
 しかしその基盤は、結局妻子ある日本人の恋人のいつ途切れるかわからない経済支援だった。それがわかって、僕は本来の夢に向かっての前向きな転身について始めは素直に喜んでいたので少しがっかりした。
 日本人妻との離婚をためらい始めた彼がアナリサへの支援をやめた時、彼女はすべての経済基盤を失う。
 万が一、Tさんが奥さんと別れてアナリサを選んだとしても、日本側の家族が壊れる。どっちにしろ誰かが傷つく。
 Tさんがアナリサを現地妻に仕立てようとしたらどうなるのだろうか? 彼女は経済的にはゆとりのあるままだが、女性としての人生はゆがんだものになり、いつか別れの時がやって来る。彼女が負う心の傷は一生涯消えないだろう。
 泣き止まない彼女に愛人云々の話はできなかった。アナリサは一人の元エンターテイナーとしてタレントとして勝ち組なのか負け組みなのか僕にはわからない。アナリサに罪はない。たまたますべてを捧げて初めて本気で愛した相手が、単身赴任の妻子持ちの日本人駐在員だっただけだ。
「頑張ってね。彼への思いは引きずらない方がいいと思うよ。期限を決めてその時が来たらスパッとあきらめた方がいい。フィリピンでは言うだろう。『ふさわしい伴侶は探すものではなく、神様が適切な時期に適切な人を授けてくれるの待つんだって』」
 余計な世話は承知の上で僕は自分の心からの思いを伝えた。もちろん結論は2人で出す問題だ。彼女も損得を考えてサンディーのような現実的な決断をするかもしれない。純粋に愛した彼女が少しでも傷を深めないよう、心から祈りながら僕はアパートを後にした。
「ありがとうクーヤ」
 背中越しにアナリサの声が追いかけて来る。僕は振り返って手を振った。彼女は何か吹っ切れたかのように表情は明るかった。西の空に太陽が沈んでいく。街をオレンジ色に染めながら。マニラ湾では今はさぞかし夕日がきれいだろうなと僕は思った。
(アナリサの章・終わり)

     ★   ★

次回から、マニラの日本人向けレストラン勤務のシエラ(28歳)の物語です
by webmag-c | 2006-09-28 20:09 | アナリサ8 勝ち組?負け組?
スポンサーのいるタレントの優雅な生活(アナリサ第7回)
★小さいながらも素敵な我が家
 マクドナルドの店内が込み合って騒がしくなってきた。続きはタギッグ市の彼女たちの家で聞かせてもらうことにした。そして、マクドナルドやアナリサの通う日本語学校などの入ったモールからジープでひと乗り、マカティ市とタギッグ市の境目にあたる新興住宅地の中にある彼女たちのアパートに向かった。渋滞のない道路をジープは風を切ってぶっ飛ばし、15分ほど、やがて眼前にマーケット・マーケットという巨大なショッピング・モールが現われた。こんなところにも新しいモールが、僕は驚いた。なぜならこの界隈は、ほんの数年前まで無人地帯で、地図上もマカティ市とタギッグ市の境界線の入っていない、いわばどうでもいい経済的価値のない場所だったからだ。この巨大モール前で降りて、向こう側のブロックに渡ったところに彼女たちの小さなお城はあった。
 全体がパステルグリーンに塗られたこぎれいなアパートで、彼女たちの部屋は2階、ドアを開けると、パステルグリーンの床がピカピカと光沢を放つ7畳ほどの広さのワンルームに、キッチンがついているだけのシンプルな作りの空間が広がった。テレビはもちろん、冷蔵庫に電気炊飯器、洗濯機、電子レンジ、トースター、キッチンテーブルなど十分な家電製品や家具が整っていた。テレビ台の中のキャビネットには海賊版のCDやVCD、宇多田ヒカルやミスター・チルドレン、kiroroなど、フィリピーナがお気に入りの日本人アーティストのCDもたくさんあった。カーテンで仕切られた部屋の隅の寝室には、2段ベッドと衣装キャビネットが置かれていて、限られたスペースを無駄なく活用している。
「ねえ、見て見て」
 カーテンで仕切られた寝室から14歳の高校2年生、アナリサの妹のアナベルが籠を持って出てきた。飼っているハムスターが3匹の赤ん坊を生んだらしくて大はしゃぎだ。
 はしゃぎまわるアナベルにアナリサは、
「おもちゃじゃないのよ。光を当てないようにして部屋の隅にそっと置いておきなさい」と言った。アナベルは、生まれたばかりの赤ちゃんをじっくり見たくて仕方ないようだったが、お姉さんの言いつけにしぶしぶ従って、ハムスターの家を元の場所に返しに行った。
 炊き立てのご飯に魚に肉に野菜にカップヌードルなど、食べ物はふんだんにあった。「スポンサーのいるタレントは暮らしぶりが違うなあ」と僕は以前インタビューしたローナの家とアナリサたちの暮らしぶりを比べて心の中でつぶやいていた。アナリサたちは毎日午後1時と午後7時半の1日2回、食事をしている。1日3回食べないのはタレントらしくいつもセクシーでいるために自主的にダイエットしていると言う。「食べられないのと、食べられるのにあえて食べないのとは全然違うよなあ」僕はまた心の中でつぶやいた。

★「僕」の意見
 僕は危うく忘れかかっていたことを思い出した。彼女たちの本当の顔、看護学校生姿を見せてもらわなければ。
「アナリサもサンディーも6月から看護学校生なんだよね。君たちの制服姿の写真があったら見せてほしいんだけと、ここにある?」
 二人は待ってましたとばかりに手に手にアルバムを持って見せてくれた。
 真新しいアルバムの中に制服姿の写真を何枚か見つけた。真っ白な長袖のプルオーバーのトップに、プリーツの入った真っ白なひざ下20㎝はあろうかというロングスカート。二人とも白衣の天使という称号がふさわしい清楚な出で立ちで、純粋な田舎の娘さんという雰囲気があふれ出ている。アルバムの中には、店でのショットもたくさんあった。メイクをほどこして前髪を額の左右からひと筋ずつたらしたアナリサは可憐であり、僕は、初めて彼女にあった時のゾクゾクするようなときめきを思い出した。ほんの2年ほど前の写真の中ではサンディーもまだ無垢な看護学校生であった。
 気になるのは、アナリサと日本人恋人Tさんの将来である。僕は思い切って、二人の将来について自分が思うことを率直に話した。
「世界的に有名な超一流企業に勤めていて、妻子もある社員が離婚することは大変なことだと思うんだ。と言うのは、今の奥さんと作った家族が壊れることはもちろん、Tさんは社内的な信用を失って、これからの昇進にも大きくマイナスになることは間違いない。だから、彼が離婚するということは出世をあきらめることで一大決心が必要だ」
 アナリサは神妙な面持ちで僕の話に聞き入っている。僕は続けた。
「君の心の中には彼しかいないかもしれないが、彼の心の中には、君と奥さんと会社の3つがある。あっそうだ。子供もいたね。現実的に考えると、奥さんと会社を捨てて君を選ぶ可能性はとても低いと思うんだけど、君はどう思う」
「その通りかもしれないわね。実は彼、以前は『絶対奥さんと別れる』と会う度に言ってたのに、この前の電話で『やっぱり別れるのは難しいかもしれない』なんて言い出したの。そんな言葉を聞いたのは初めてでショックだったわ。どうしよう?」
 彼女はいくぶん狼狽気味に救いを求めるような目で問いかけてきた。
「彼にとって君はやはりさみしさしのぎの相手に過ぎなかったんだと思うな。一時は本気で君を愛したかもしれない。でも日本に帰ってから、自分が離婚したら自分の人生がどうなるかを冷静に考えたんだよ。普通の日本の会社員なら、あの超一流企業に勤めていたら、海外駐在中に知り合った女の子のために会社のすべてを捨てるはずがない。日本の企業の駐在員でフィリピン人女性と付き合って日本の妻とは別れるなんて言ってフィリピン女性に期待を持たせる日本人男性はたくさんいるけど、本当に日本の奥さんと別れたという話はほとんど聞いたことがないんだ」
 彼女はうつむいてすすり泣いていた。そして声を振り絞るように言った。
「やっぱりダメなのかなあ。でも日本人ってみんなそんなにうそつきなの?」
 フィリピンでの日本人駐在員たちの多くの行状を見聞きするにつけ、僕は返す言葉をなくした。胸が痛かった。僕が言葉を失っているうち彼女は自分で結論を出した。
「彼ね、来月にプライベートと仕事を兼ねてこっちに1ヶ月間来るんだって、それではっきりいつ奥さんと別れるって言う約束をしなかったら彼のことあきらめるわ」
「それがいいかもしれないね」
 僕は、すべてを捧げた外国人との初恋で彼女の傷が少しでも小さくてすむように祈るばかりだった。
(つづきは次回に)
by webmag-c | 2006-09-27 21:10 | アナリサ7 日本人はうそつき?
“恵まれすぎ”の自分(アナリサ第6回)
★「君と結婚したい」
「僕は、妻も子供もある。だから君を愛しちゃいけないと思っていた。いい友人でいたかったけど、もう無理だ。君が大好きだ。妻と別れるから、いつか結婚してくれ? 僕を嫌いだったらはっきり言ってほしい。愛せないならそう言ってくれ。君の意思を尊重するよ」
 アナリサは最高に幸せだった。今まで彼と過ごした時間を思い出していた。避暑地タガイタイでアナリサが寒さで震えていた時、ジャケットを脱いでさっと背中を包んでくれた温かい手、車から乗り降りする時にさっと助手席に回って扉を開いてくれる心配り、さりげない愛の瞬間がコンピューターのスライドショーのように次々と脳裏をを駆け巡った。
 しかし、妻子持ちである彼との交際を両親に相談しても絶対に許してくれるはずがない。他人の家庭を壊してしまうことにもなる。そんなことをしてもいいのだろうか? それ以前に彼は奥さんと離婚する気などなく、目先のさびさしから逃れるために私を愛人にしようとしているだけかもしれない。でもTさんは、いつも紳士的で自分を大切にしてくれた。強引に自分を奪うつもりならいつでもできたのに……さまざまな思いが頭を過ぎる。どうしていいかわからない。
「好きなんだ、アナリサ。信じてくれ。日本に帰ったら妻と必ず別れて君と結婚する」
 ヒートアップしたTさんは止まらない。ものすごい力で彼女を抱きしめ、キスしようとした。始め抵抗したが、「Tさんが大好きだから、どうなってもいい。Tさんを信じよう。もしだまされているならそれてもいい」と覚悟を決め、Tさんに身を任せた。
 帰国後もTさんは毎日必ず電話をしてきた。愛の言葉で彼女を幸せで一杯にしてくれた。そしてTさん帰国後1ヶ月、晴れてアナリサも日本を目指す機上の人となった。
 勤務地は大阪。都会だと聞いていたのに、お店はかなりの山中で、行き返りに通る桜並木がとてもきれいだった。Tさんは、九州という別の島に在住・在勤でかなり遠いことがわかった。日本に帰ってからのTさんは仕事がとても忙しいらしかったが、毎日必ず電話を忘れず、いつも変わらぬ愛の言葉で彼女を満たしてくれた。6月には大阪に来て、一緒にUFJスタジオに行く約束もしていた。それが約束直前の5月下旬。突然の手入れですべてがキャンセルになってしまったのだ。

★毎月の送金
「がっかりしないで。いつも愛してるよ」
 強制送還の後、Tさんはますますやさしくなった。ほとんどお金がないまま帰国したアナリサに対して彼女の家族を含めた人生設計の提案と、経済支援を惜しまなかった。
「もし日本にエンターテイナーで戻って来られるにしろ、だめにしろ日本語に磨きをかけておいた方がいいよ。エンターテイナーがダメでも、将来僕の奥さんになって日本に来た時も日本語ができれば看護士として日本で働くことができて、相当な収入になる。もし、日本に来られなくても、フィリピンの日系企業に勤める時も強力な武器になるから」
 と言って、Tさんは強くアナリサに日本語学校通いを勧め、「学校選びは君に任せるよ」とすぐに50000ペソを送ってくれた。さらにTさんはアナリサが生活に困らないように毎月日本円で5万円分をペソ立てで送金することも約束してくれた。彼女は電話帳や自分の足で歩いて日本語学校を探し、帰国した翌月の2005年6月には開講直後の基礎クラスにすぐに入学した。また、約束どおりその月を皮切りに、毎月決まった日に彼女の口座にTさんからの送金が入るようになって、日々の生活にはまったく困らなくなった。彼の期待にこたえるように一生懸命勉強しなければ、と日本語学習意欲は当然盛り上がった。
 友だち時代には、Tさんは小額のチップやショッピングのデートの時に小額のアクセサリーなどを買ってくれることはあったが、これだけまとまった額のお金を出してくれることはなかったし、彼女自身そんなことは望んでいなかった。もし経済支援の話があっても辞退していたと言う。しかし、将来を誓い合った今、アナリサはTさんの自分への投資を愛情の表現だと感じ、受けた恩は一生彼を愛し続けることで返そうと思っていた。さらにTさんは、いかにも将来設計に抜かりのない日本人らしく、アナリサの両親が漠然と頭の中に抱いていた美容室と簡易食堂のプランを聞き、開業資金を試算してくれた。
「お母さんがやりたがっている美容室の開業資金が500000ペソで、簡易食堂は50000ペソで始められるよ。美容室の開業資金はすぐには出せないけど、簡易食堂の方は、すぐにお金を送ろうか?」とも言ってくれたが、これ以上彼の行為に甘えるわけには行かないと思い、ありがたい申し出を辞退した。
 日本での仕事の忙しい最中にも、彼は2泊3日のスケジュールで毎月アナリサに会いにフィリピンに来てくれた。1ヶ月に3回来てくれたこともあった。こうした日本人の恋人によるお金と知恵と心の全面支援により、アナリサは心にゆとりを持って将来に備えて自分の能力を磨くことに専念できたのである。今の自分の境遇について彼女は、
「自分は本当に恵まれている。恵まれすぎかもしれない。すべて彼のおかげだわ」
 と言った。しかし、僕はまだ結論を出すのは早過ぎると思った。
 日本語学校が2006年の4月に終了すると、今度は彼女の長年の夢を実現するために看護学校過程を終了しなければならない。ここでもTは気前よく、一年分の学費50000ペソを一括で送金してくれた。「スポンサーのいるコは恵まれているなあ」と思った。50000ペソといえば、フィリピンでは4年制大学新卒の平均初任給10000ペソの5カ月分だ。
(続きは次回に)
by webmag-c | 2006-09-26 19:27 | アナリサ6 求婚と強制送還
日本行きの前に出会いが待っていた(アナリサ第5回)
★看護婦になる夢
 アナリサは1985年4月、ミンダナオ島の第3の都市、カガヤン・デ・オロ市で簡易食堂を営む両親のもとに生まれた。3人兄弟の2番目で、2つ年上の長男はお父さんの食堂を手伝い、7つ年下の妹は高校1年生だ。生活は苦しかったが、極貧というほどではなく、何とか1日3食できる生活を送っていた。3人とフィリピンにしては兄弟が少ないのも家の経済負担を小さくする上ではよかった。
 アナリサが小学校を終えると、さらに豊かな生活を求めるお父さんに従って家族全員でマニラ首都圏のタギッグ市に引越した。アナリサは高校生までは質素ながら特に不自由のない暮らしを送ることができた。
 しかし、かねてからアナリサは、看護婦になってアメリカで仕事をして稼いだお金で家族に楽をさせてあげたいと思っていた。夢をかなえるには、看護学校に通い、国家試験を始め幾多の試練を乗り越えなければならなかった。そのためには年40000~50000ペソの学費を始め、莫大なお金が必要だ。初年度こそ何とかお父さんが学費を捻出できたが、それが限界だった。アナリサは自分がフィリピンで働いてお金をためて、お金がたまったら学校に行って、学費が足りなくなったらまた休学して働く。そんなことも考えた。
 「でもそんなことを繰り返してたら、いつ卒業できるかわからないでしょ。30歳になっちゃうわ」
 アナリサはお父さんが2年目の学費を支払えないとわかった時点で、短期間で大きく稼ぐ手段として日本行きをすぐに決意した。いとこが日本にエンターテイナーとして出稼ぎに行って成功した実例が身近にあった。アナリサは自分の思いをすぐにお父さんに伝えた。
「私が日本に行って学費を稼いでくるわ。お父さんとお母さんの仕事も助けたいし。お父さん、今まで苦労かけてごめんね。これからは私の番よ。お願い、私を日本に行かせて」
「何とか看護学校は私の力で卒業させてやりたかったんだが、申し訳ない。気をつけて行っておいで」と言ってお父さんは涙を流したと言う。
 アナリサも当時の記憶が鮮明によみがえったのか感極まって声を詰まらせ、瞳からは大粒の涙がひとすじふたすじと流れた。涙もろい僕も思わずもらい泣きしてしまった。

★紳士的な駐在員
 こうして2004年の4月、いとこの紹介でプロモーションに入ると、昼間はマニラのオフィスでトレーニング、夜はマカティの日本人向けのカラオケ店で、接客の実地トレーニングと彼女のエンターテイナー生活はすぐにスタートした。事務所も職場も自宅から近く、1日250ペソの給料も出て、何のトラブルもなく、日本行き計画の出だしは順調だった。
 彼女の芸能人としての資格は踊りが苦手だから歌手ということになった。昼の日本語レッスン・歌手としてのヴォイス・トレーニングと夜の店での実地訓練という生活パターンに慣れてきた2004年の6月、身長180㎝くらいと長身で、スリムで男前のTさんというお客さんのテーブルに着いた。世界的に有名な日本の大手メーカーの現地駐在員だというTさんは、流暢なアメリカ英語を話した。
 ニューヨーク駐在の経験もあると言う彼は、身のこなしも何もかもがスマートで、助平な日本人観光客や名もない会社の駐在員と格の違いを感じさせたという。
 一目見て素敵な人だと思った。アナリサにとって人生初めての恋。日本人好みのアイドル系の美少女アナリサに遊び半分で言い寄ってくる客は多かったが、自分からは名刺を渡すことはなかった。自腹で作り、一番お気に入りの写真を刷り込んだ愛着のある名刺を誰彼かまわず配るのはいやだったのだ。しかし、Tさんには「また来てください」という心からのメッセージとともに名刺を渡していた。
 Tさんは奥さんと2人の妻子持ちであることも隠さなかった。カラオケに遊びに来る妻子持ちの客の多くが、女の子の気を引くために独身だとうそをつく中で、包み隠さず、自分の家庭について語るTさんに対し、アナリサはかえって信頼感を持ったという。
 2年間の単身赴任の終わりは、翌年の3月。アナリサは出会って早々に「Tさんと一緒にいられるのもあと9ヶ月なんだなあ」と計算していた。長いようで短い微妙な期間。最初の巡り会いから、Tさんはお店には最低でも週3回、多い時は毎日のようにお店に来てくれた。どうせ別れなければならないんだから、好きになってはいけないとわかっていても会う度にどんどんTさんへの愛情が深まって行くのを抑えられないアナリサだった。
 同伴はもちろん、お互いの休日である日曜日にはよくドライブにも行った。人気遊園地スター・シティ、避暑地タガイタイ、マニラ湾のサンセット・クルージング、ハリソン・プラザやアヤラ・センターでのショッピング。とても楽しかった。いつもお店や寮に送り届けてくれるのだが、別れ際にサヨナラのキスをされることもなかった。
 ただTさんの言葉や態度の節々に自分に対する愛情を感じていた。それがだたの思い違いではないことを知ることになるのはTさんの帰国も迫った2004年の2月だった。ある日曜日、いつものようにアナリサはTさんにドライブに誘われた。その帰り「話があるから僕の家に付き合ってくれないか」と言われた。アナリサはTさんからお別れの言葉でもあるのかなと思って誘われるままについていった。しかし、意外な展開がアナリサを待ち受けていた。
(つづきは次回に)
by webmag-c | 2006-09-25 21:52 | アナリサ5 初めての恋
高い授業料は誰が払う?(アナリサ第4回)
★楽しい授業
 午後2時、約束の時間ぴったりにアナリサはマクドナルドに現われた。今日は連れがいる。親友のサンディーだ。アナリサの1つ年上の22歳。褐色の肌に高い鼻、彫りの深いスペイン系の顔立ち、ちょっと野性的で大きな黒い瞳が魅力的な女性だ。アナリサとは違うプロモーション所属だが、アナリサよりわずか2週間前、先述の店に入店し、来日後わずか1ヵ月半後強制送還という、アナリサと同じ運命をたどった戦友であり、短い間でも苦楽をともにした上、看護学校生という共通点もあり、あっと言う間に親しくなったのだ。
 早速アナリサのインタビューを始めた。
「今の暮らしはどう? 生活は苦しい?」
「うーん、あてもなく待つのはつらいけど、日本語の勉強がもうすぐ終わると、看護学校の授業が6月に始まって大忙しになって大変。だけど、楽しいわ」
 『楽しい』の一言にはびっくりした。彼女の受け答えからは、日々生きるか死ぬかの瀬戸際で、血のにじむような生活の苦労をしているという様子はまったく感じられない。「勉強で苦労しているとはゆとりがあるなあ」というのが正直な気持ちだった。次に彼女のエンターテイナーとしての再来日にかける思いと、見通しについて聞いてみた。
「強制送還でフィリピンに帰ってきちゃったから、日本の法律だと5年は再来日できないって聞いたんだけど、プロモーションの人が何とかするって言ってたから期待してるの。実際どうなるのかはわからないわ。でもエンターテイナーで日本に戻るのがベストだわ」
 彼女の受け答えは生き方の選択肢が多い分だけ心のゆとりを感じさせるものだった。
「もしエンターテイナーとして再来日できなかったらどうする? エンターテイナーとして来日するのをいつまで待つの? 選択肢がありすぎてどれを選ぶか迷うと思うけど」
 エンターテイナー以外にもすでにいろいろ可能性のある彼女だけに質問を変えてみた。
「エンターテイナーは最終目標に向かう途中の手段だからタイミングが合ったら、OKっていう感じね。だって最後は看護婦になるか、オフィスできちんとした仕事がしたいもの」

★本当のこと
 もっともな答えだ。彼女のようなプロフェッショナル志向の女性からすれば、なおさらエンターテイナー業は夢に向かう途中の仮の姿に過ぎない。ただ、彼女の心にゆとりを与えている日本語学校の学費、看護学校の授業料などのお金がどこから出てくるのか不思議だった。彼女は振れば1000ペソ札がバサバサ出てくる打ち出の小槌でも持っているのか? 僕はお金に関する疑問について聞いた。
「日本語学校の授業料っていくらぐらいなの? 入学金はいくら?」
「授業料は6ヶ月で20000ペソ、入学金が6000ペソよ」
大学の授業料と変わりないではないか。設備の割に高すぎる。僕はここで核心に迫った。
「帰国時の所持金は3万円て言ってたけど、日本語学校の授業料は誰が払ったの?」
「お父さんが出してくれたの」
 彼女の回答は急に歯切れが悪くなってきた。月収15000ペソのレストラン経営のお父さんが支払えるとは思えなかった。では1年で40000~50000ペソの看護学校の学費は誰が出すと答えるのだろうか?
「看護学校の学費はどうするの?」
 僕は彼女を尋問しているような気まずい思いを感じながら恐る恐る聞いた。
 彼女はしばらく黙り込んでしまった。どうしても話したくなければ無理強いはできない。
フィリピン人もまた、プライバシーに関する意識は非常に高い。だからこそ、突っ込みすぎてはいけない。そこでインタニューがすべて終わりになってしまうからだ。お父さんが払ってくれたことにして次の質問に進もうとした時、彼女が申し訳なさそうに言った。
「クーヤ、ごめんね。私うそついた。本当は日本人のボーイプレンドが日本語学校の学費も看護学校の学費も払ってくれたの。本当のこと言うのが恥ずかしくて、ごめんなさい」
「なんだ。そうだったんだ。いいんだよ。悪いのは僕の方なんだから。次々とプライベートなことばっかり根掘り葉掘り聞いちゃってごめんね」
 僕は疑問が一気に解けてスカッとした。彼女との間に立ち込めた気まずい雰囲気も一瞬のうちに払拭できた。インタビューはスムーズに流れ始めた。
(つづきは次回に)
by webmag-c | 2006-09-23 23:29 | アナリサ4 お金の出どころ
日本語学校での意外な発見(アナリサ第3回)
★家族のビジネスプラン
「春休みの間は少しでもお金を稼ぎたいから夜はマカティのカラオケでバイトしてるの」
 日本語学校で知り合ったアナリサは、単なる元エンターテイナーの看護学生・日本語学校生徒ではなかった。現役のカラオケガールでもあったのだ。
 僕は時計を気にしながら、ちょっと答えるのは難しいかなと思いながら聞いてみた。
「自分の夢を実現し、家族を助けるためににお金を稼ぐ具体的なプランはもうあるの?」
「お父さんが簡易食堂をやってるの。それをもう1店舗増やすのが最初のプラン。お母さんもマカティに美容室を開きたいという希望があって、それを助けるのが第2のプランね」
 すぐに明快な答えが返ってきた。僕はさらに突っ込んでみた。
「君の2つのプランを実現するためにどれだけ予算が必要か大体わかってる?」
正直、彼女が答えられるとは思っていなかった。しかし彼女は一瞬考えてから即答した。
「そうね。お父さんの簡易食堂の開業資金が50000ペソ。お母さんの美容室が500000ペソ。それに私の勉強にも残り3年分で150000ペソくらい必要だから、全部で700000ペソくらい稼がなくちゃいけないことになるかな」
 びっくりした。目の前の頼りなげな15、6といっても通りそうな童顔の天然ボケ風のアイドル系美少女がこんなに明確なビジネスプランを持ち、しかも具体的な予算額まで把握しているとは!アナリサに対する興味は限りなく増大していった。
 15分はあっと言う間に過ぎた。彼女の携帯電話番号を聞き、次回の本インタビューの約束を交わしてその日は分かれた。エンターテイナーの道を残しながら、看護学生であり、日本語学校生徒であり、カラオケガールでもある。そして初来日での衝撃の苦い思い出。興味本位でのぞいただけの日本語学校ですごい逸材に出逢い、僕は少なからず興奮して、こぶしを握り締め「イェス、イェス」と小さく連呼していた。

★具体的な将来設計
インタビューの日の朝9時頃、朝食を終えてまさに家を出ようとしている時にアナリサの友人サンディーから電話があった。
「オハヨゴザイマス カノジョ マダネテル インタビュー アシタ ニジダッテ」
 あちゃー、いやな予感が現実のものとなってしまった。
「じゃ、明日よろしくね」
 ただ、待つ身の僕だった。絶対怒ってはいけない。こちらはひたすらお願いする立場。フィリピン人との約束では、遅刻は言うに及ばす、ドタキャンのリスクが常に伴うものだ。
 翌日、僕は約束の時間を待ちきれず、というか何とか来てもらえるように午後一番でこちらから電話した。
「たとえ嵐が吹こうとも たとえ大波荒れるとも……」
 何と着メロは、フィリピンで1970年代後半に大ヒットした日本製のアニメ「ボルテス・ファイヴ」だった。この「ボルテス・ファイヴ」。日本ではヒットどころか話題の端にも上らなかったが、合体ロボ系のアニメで1978年に初めて日本からフィリピンに輸出され、巨大ロボットの戦いや宇宙船などが次々と登場するハイテク時代のストーリーが非常に新鮮で多くの子供たちを熱狂させたのだった。こうした事情を知るフィリピンパブファンやエンターテイナーの中でも「ボルテス・ファイヴ」は人気のある曲になっている。着メロの選曲からもアナリサはかなりの日本びいきであることがわかった。
「クーヤ、 キノウゴメンネ キョウダイジョブ シンパイナイ」
 こちらが尋ねる前に彼女が言った。僕は実際に会うまではちっとも安心ではなかったが、「じゃ、よろしくね」といって電話を切った。
(続きは次回に)
by webmag-c | 2006-09-22 20:03 | アナリサ3 具体的な将来設計
日本語学校での意外な発見(アナリサ第2回)
★なぜ今さら日本語学校で日本語を学ぶのか?!
 看護士学校、介護士学校と2校回って収穫なし。今日はダメだったな、と思って遅い昼食を取ろうと思ったその時、Japanese Language Schoolの小さな看板が目に留まった。「今、日本語を勉強しているのはどんな人たちなんだろう」という好奇心がふっと沸いた。
 「コンコンコン」小さくノックしながら日本語学校の扉を開け、応対に出てきた女性事務員にまた取材の趣旨を説明した。小さな事務所風の学校の中には、事務所と小さなテーブルつきの席が10とこじんまりした教室が2つあるだけだった。奥の教室では、英語とタガログによる日本語レッスンが行われていた。生徒はわずか5人だが、先生と生徒の掛け合い、生徒同士の会話訓練と熱気みなぎる授業風景が半開きの教室の扉越しに見えた。
「授業は2時間と長いですが、終わったら、生徒さんとお話になってもいいですよ」
 初めての授業風景に見入っている時、事務員が声をかけてくれた。ありがたい。2時間は少々長いが待って話を聞いてみる価値はある。僕は一度学校を出て、モール内のマクドナルドで遅めの昼食を済ませてから授業終了の時間を待って学校に戻った。
 ちょうど授業が終わって生徒さんが教室から出てくるところで、僕は生徒一人一人に「こんにちは」と日本語で話しかけた。みんな「コンニチワ」と気さくに返事をしてくれた。なんと5人中3人が日本帰りの女性だった。その中でもっとも気さくな感じの女性に最後のフィリピンへの帰国時期を聞いてみると2005年5月。再来日を待ってほぼ1年。ドンピシャの取材対象だ。僕は簡潔に取材の趣旨を説明して協力を求めた。そしてとりあえず15分、モール内のマクドナルドでのミニ・インタビューを承諾してもらった。
「出逢いは偶然の風の中」、僕はさだまさしの歌の詞に自分の心境をダブらせていた。

 マクドナルドでは静かな隅っこに二人分の席を取り、ハンバーガーとコーラをはさんでのインタビュー。向かい合って座るとクリッとした瞳がきれいなアイドル系の彼女の美少女ぶりにドキドキした。「うーん、ひかれる!」そんな気持ちを抑えて質問を始めた。
「日本でエンターテイナーだった君が、今またどうしてわざわざ日本語学校にまで行って日本語の勉強をしているの? だって日本語はうまいよね?」
 おっとりして、ちょっとボーっとした感じのアナリサは、少し考えてから答えた。
「いえ、まだまだよ。実用レベルにはほど遠いわ。もし日本に帰れた時、日本語がうまかったら、仕事に有利でしょう。エンターテイナーで日本に戻れなくてもフィリピンの日系企業に応募する時も日本語ができた方が有利よね。それから私は看護学校生なの。新2年生で卒業まで先は長いけど、将来日本で看護士として働く時にも、日本語は絶対条件でしょ」
 エンターテイナーとして日本に戻る道を残しながらも、それがダメだめなら、日系企業への就職、最後の最後には本来の夢である看護士になる道が残っている。流動的な日比の人的交流環境の中で多くの可能性を残しながら、着々と未来を見つめて堅実な努力をしている。見かけによらずこのコ、ちゃんとした将来設計を持っているんだなと僕は感心した。運命に身を任せるだけのカラオケ・ガールとは大分違う。来日経験についても聞いてみた。
「来日は1回だけって言ってたけど、6ヶ月だったの?」
「いいえ、1ヶ月だけ」彼女はうつむき加減に答えた。
「えっ、1ヶ月? 何で?」
 その後、僕が絶句していると、ぽつりと彼女が途切れ途切れの日本語で言った。
「オミセ クローズ シタ シカタナイ」
 初来日の時に、彼女の店が手入れか何かで閉店して帰国する羽目になったに違いない。
「とんだ災難だったね」心からの同情をこめて僕は言った。
「そうね。本当に悲しかったわ」
 ちょっとショッキングな初来日のことを聞いて彼女への興味はますます増大していった。そんな苦い経験を味わったからこそ、帰国後、行く先不透明なエンターテイナー稼業だけでなく、将来の可能性を広げるために、看護学校の春休みを利用して週5日6ヶ月間の日本語教室に通っている。しかし、彼女の顔はこれだけではなかった。
(つづきは次回に)
by webmag-c | 2006-09-21 19:54 | アナリサ2 アイドル系美少女
わずか40日の来日(アナリサ第1回)
★クライマックスは突然に~手入れ
 「ケイサツダ。ダレモ ソトニ デナイデ……」
 さっきまで客席に座っていた半袖シャツの4人の男たちが急に立ち上がって大声を上げているのがステージのカーテンの割れ目から見えた。
「さあ、こっちの扉から早く逃げて。警察に捕まるぞ」
 クラブの日本人スタッフが大慌てでカーテンをたくし上げ、舞台に飛び込んできた。
 1回目のステージを終えて着替え始めようとしていたアナリサは、お店に何か大変なことが起きたことだけはわかったが、恐怖で身体が硬直して身動きできなかった。
 「あんた、何ボケッとしてるのよ。警察に捕まりたくなかったらさっさと裏口から出なさい。捕まったら刑務所に入れられて、強制送還よ」
 「ケイサツ」「キョウセイソウカン」先輩タレントの言葉にゾクッと身震いしながら、ステージ衣装のままあわてて裏口から店を走り出た。ハイヒールでの砂利道の逃走。途中何度も転びそうになった。フィリピン人11人とルーマニア人4人のインターナショナルクラブ混成タレントチームのプロモーター宅への避難劇だった。
 隠れ家のプロモーター宅にも、いつ警察が来るかわからないと思うと震えが止まらない。
 「店が営業許可を持ってなかったから手入れがあったのよ。私たちには何も罪はないから心配することないわ」
 先輩タレントの説明を聞いてもアナリサの不安は完全には消えなかった。
 「お店に営業許可がなければ、閉店になる。その時は他のお店で働くことはできるんだろうか? それがダメなら結局フィリピンに強制送還されてしまうんではないだろうか?」

 予感は的中。ライブハウスの名目で営業してきたお店は即日閉店。彼女たちも結局、翌日警察署に身柄を拘置され、日本でのエンターテイナーとしての序章はあっけなく幕を閉じた。2日間の拘留後、あっと言う間の強制送還。初来日からわずか40日目のみじめな帰国だった。何のために日本に来たのだろう。オーディション、来日に向けてのトレーニング、大金をはたいて買ったお店用衣装、歌の特訓、メイクアップの練習……すべての苦労が泡のように消えてしまった。月給1500米ドルの契約が、帰国時に手にしたのは日本円で3万円。関西国際空港を飛び立ってからマニラ国際空港に着くまでアナリサの涙は一瞬たりとも止まらなかった。そんなアナリサを気遣い、後に親友となる同僚のサンディーが「短期間の仕事でホームシックになる間もなくてよかったね」と悲しい冗談を言った。
 「本当にそうね」とアナリサも精一杯笑顔を作ってサンディーの思いやりに答えた。

★取材のあせり~学校めぐりに活路
 僕はカラオケ回りを中心に情報を集めてきたが、カラオケ勤務以外の人生を歩むフィリピーナにはなかなか出会えず、期待していた知人の紹介もうまく回らず、看護士や介護士など、前向きな転身を目指す女性に出会うためには、学校を直接訪ねる方が近道だと気がついた。僕は、以前から目をつけていたマカティ市内のショッピングモール内の看護士養成学校・介護士養成学校に飛び込みで取材することを決めた。
 最初のターゲットは看護士養成学校だ。小さな入り口の扉を開けると、200人は収容できそうな講堂が目に飛び込んできた。数ヵ月後には看護士として渡米する若者たちが、講義に聞き入っている。僕は初老で温厚な雰囲気の女性事務員に取材の趣旨を簡潔に説明した。
彼女は協力的だった。生徒たちのプロフィールを見回しながら「生徒さんの過去についてまでは本校では把握しておりませんからねえ……」とつぶやいた。
 そうだよなあ、昔はジャパユキでした、と入学願書にいちいち書かせるわけもないし、空振りだな、と思っていたら、彼女は「ちょっとお待ちください」と言って立ち上がって講義中の講師に歩み寄り、何事か話し始めた。自分のために授業が中断されている。生徒たちに申し訳なかった。二人の話が終わると思わぬ展開が。講師が生徒たちに言った。
「みなさん、今日は日本人ライターのゲストが本校の授業を視察に見えています」と講師は私を生徒たちにきちんと紹介してくれた。
 200人ほどの生徒たちの視線が一斉に私に向いた。少しドキドキしながら
「マガンダン ハーポン ポ サ イニョン ラーハットゥ(みなさん、こんにちは)」
 と一言あいさつした。生徒たちの中から、「この日本人、少しはタガログ語ができるのか?」と言う驚きからか、「ワー」という歓声があがった。講師は続けた。
「この方は、以前日本で仕事したことがあってその後新たな人生を歩み始めたフィリピン人女性のドキュメンタリーを書いています。本校に見えたのは、看護士を目指すみなさんの中に以前日本で仕事をした経験のある人がいるかどうか、取材対象を探すためです。みなさんの中で、以前日本でエンターテイナーとして働いた経験のある人はいませんか? もしいたら手を上げてください。インタビューに協力すると謝礼が出るそうですよ」
 いやー、授業を中断してくれたうえに、ここまで協力してくれるとは! 僕はとても感激した。残念ながら日本でのエンターテイナー経験者はいなかったが、
 「みなさん、授業を中断させてしまって本当にすみませんでした。そしてご協力ありがとうございました。みなさんのアメリカでの看護士としてのご成功を心からお祈りしています。神のお恵みを!」
 とお礼の言葉を述べて講師と親切につなぎをしてくれた事務員にお礼を言って、看護学校を後にした。大きな拍手と「サヨナラ」などの日本語が背中から追いかけてきた。僕は何度か振り返って手を振った。意外な展開に少々驚き、一瞬期待が膨らんだが、結局直接の収穫はなかった。冷静に考えれば至極当たり前のことだ。日本にエンターテイナーとしてやってくる女性の学歴は、高卒か、大学中退がほとんどだ。4年制大学の卒業者はほとんどいない。フィリピンで看護士の資格を取るには他のコースに比べて一段と授業料が高い看護学校の4年過程を修了した上に国家試験に合格しなければならない。エンターテイナーから看護士への転身は、時間的にも学費の面でも非常に難しい転身パターンなのだ。
 気を取り直して、次は介護士養成学校へ。介護士は、高卒でも6ヶ月間の看護士コースを受講すれば、すぐにプロフェッショナルとして活躍できる点、看護士よりもはるかにハードルが低い。今回フィリピンに渡航する前にも看護士への転身の例は身近で何件か聞いていたので、期待して学校に乗り込んだ。たが、学校は休校。改めて出直しだ。
(続きは次回に)

webmag-cより:今回からアナリサのレポートが始まりました。前回のローナとはまた違った境遇の彼女に、著者白野氏がいかに巡りあい、話をききだしていくか、どうぞお楽しみに。ご感想もぜひお寄せください。
by webmag-c | 2006-09-20 20:05 | アナリサ1 摘発の夜
ジョリビーのディナー
マカティの高級カラオケで働くローナの物語、最終回です。

         ☆    ☆


★幸運を祈る
 インタビューは終わった。時計の針は午後2時半をまわっている。彼女たちは今朝からまだ1食もしていないはずだ。早く食事に誘ってあげなければ。

「KENはグワーポ(男前)だけど本当に笑わない子供だね」
とローナに自分の感じたままを言った。
「そうなの。気難しい子でね。ミルクを飲んだり、おいしいものを食べるとよく笑うのよ」
ローナは答えた。「じゃ、みんなでジョリビーに行こうよ」と僕は2人を誘った。

 2人は着替えのために2階に上がった。僕も一緒に部屋を見せてもらった。テラスとベニヤ張りの3畳半くらいの部屋、そして階段の脇に3畳足らずの部屋が一部屋あった。狭い方の部屋に改めて目をやると、小さなたんすの脇に、ピンクのスーツケースがポツンと置かれている。ローナの日本への思いをたくさん詰め込んで『私を早く日本に連れてって』と訴えかけているようだ。
 出産後体調を壊し、7ヶ月間完全休養してからタレントとして現場復帰して1年。かつてない長いスタンバイ状態での日本にかけるローナの思いを目の当たりにして、僕の胸にもグッとこみ上げてくるものがあった。いたたまれなくなって振り返ると、テラス越しに希望をかき消すような灰色のマニラの空が見えた。

「ありがとう。インタビューは終わりだ。これ今日のお礼だよ」
僕は500ペソをさりげなく彼女に渡した。
「ありがとうクーヤ。これでKENのミルクが買えるわ」
彼女の瞳が潤んだかと思ったとたん、大粒の涙が一筋二筋と流れた。彼女はハンカチでさっと涙を拭い去ると、何もなかったかのように笑顔を取り戻して
「さあ、ジョリビーに行きましょう」と弾んだ声を出した。僕は500ペソというお金がこんなに価値のあるものなんだと改めて感じていた。

 SMに着いてジョリビー人形を見つけると、KENはローナの手をぐいぐい引っ張る。
「この子、本当にジョリビーが大好きなの」と笑みを浮かべるローナ。
 僕はブライドチキンとご飯のセット『チキンジョイ』、ローナとKENは『ミックスプレート』という、ビーフステーキ・ご飯・フルーツサラダのセットを注文した。
 席について、ミックスプレートのフタを開けると、ベビーチェアに座ったKENは満面の笑みを浮かべ、何度も小さくジャンプするように腰を浮かせた。
「あっ、KENが笑った」そんな言葉が思わず僕の口をついて出てきた。
 KENは、ビーフステーキ→ご飯→フルーツサラダと、次々に自分が食べたいものを指さしてローナに意思表示する。ローナはKENのリクエストに答えて彼の口に慌ただしく食べ物を運ぶ。KENは、おいしいと思う度に満面の笑みを浮かべては足をばたつかせる。一方、ローナはKENがパクパクやっているうちにさっさと自分の分を食べる。KENの笑顔にローナが週に一度の母親業を楽しむ姿、どちらもとてもほほえましかった。
 ローナと日本の無責任男との束の間の恋の結果生まれたKEN。しかし彼はマニラの片隅で貧しいながらも確かな母親の愛情を受けて幸せに生きている。そしてフィリピン社会の一員としての人生を確かに歩みだそうとしている。それが実感できて僕はうれしかった。ささやかなディナーの後、僕らはSMの入り口で別れた。

 愚直なまでに真っ正直、精一杯に生きているローナにこれ以上頑張れとは言えない。頭の中では『クーヤ、あなたのメイドにして』と言った彼女の言葉が何度も何度もこだましている。でも僕には何もできない。SMバレンズエラ店から一歩外に出ると、体を射抜くような真夏の日差し、灰色で焼けたゴムのような匂いのする空気、我が物顔にクラクションを鳴らしながら通り過ぎていくジープニー・バスなどの鼓膜が破れんばかりの騒音、どこから沸いて出てくるのかと思うほどたくさんの人の群れ……混沌と喧騒の街、マニラの夏の昼下がりがそこにはあった。
 この巨大都市には、ローナのように日々の生活をかけた戦いをしている人が一体どれだけいるのだろうか? 何ともやるせない思いと自分の無力感に押しつぶされそうになりながら、僕は心の中で「神様。この母子にどうか幸運を」とつぶやきながら、人込みをかき分け帰りのバスに乗り込んだのだった。

(次回から看護学校生・アナリサの物語です)
by webmag-c | 2006-09-19 19:03 | ローナ8 来日を待ちわびて