「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者白野慎也が追う渾身のノンフィクション
フィリピン人エンターテイナーの入国が、厳しく抑えられるようになって1年余り。
全国のフィリピンパブが、どんどん消えつつある。
歌に、踊りに、ショーに、つかの間の癒しを与えてくれた天使たちは今どこで、何をしているのだろうか? 
「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者・白野慎也が、フィリピーナの“その後の人生”を追いかける、衝撃のレポート。
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彼女が行き着くのはどこ?(ジャネット第7回)
★日本はもう無理
「最後に君の今後の生き方についてなんだけど、これからどうやって生きていくつもりか話してくれる? このままこのカフェで仕事を続けるか、日本行きを目指すか、それとも他の道を探すか、ということなんだけど」
 彼女はちょっと天井を見上げて一瞬思案した後、答えた。
「ライブバンドが入って好きな音楽があふれていて、踊れて、ビリヤードができて……今の仕事、給料は高くないけど、本当に働いていて楽しいの。それで何とか家族3人の生活も成り立ってるから、このお店を続けられる限り続けてもいいと思ってるの。もちろんもっと条件のいい仕事があればそっちに移るけど。日本行きはできるなら行きたいけど、まともな方法でエンターテイナーとして行くのはもう無理だと思うし、偽装結婚するための頭金もないし、そのために借金するのもいやだし。日本行きはもう無理だと思うわ」
 なるほど、日本帰り組のある人生のモデルとは、踊って、ビリヤードの相手もする援交カフェのウェイトレスというわけか! 幸いジャネットの場合、仕事のすべてが自分の趣味と重なっている。この仕事でなくても、日本での生活で悪しき物質主義に染まっていない彼女は、フィリピンでのシンプルな生活に何の違和感もなく戻れている。彼女なら大丈夫だと僕は思った。あとは家族に事故や大病が降りかからないように、そして彼女が素敵な伴侶を見つけて女性として幸せな人生を送れるように祈るのみだ。僕は薄暗いカフェの中でささやかだが明るい未来を垣間見てすがすがしい気分だった。
「ジャネット、今日は本当にありがとう。これからも元気で頑張ってね。また来年フィリピンに来るけど、またこの店で会えるかな?」
「ええ、よほどことがない限りこの店にいるわ」
 さあ、彼女に謝礼の話はしていないのだがやはり他のインタビューに応じてくれた女性たち同様に500ペソを渡さなければと思い、ジャネットにさりげなく
「これインタビューのお礼だよ。ありがとう」
 と渡そうとしたが、彼女はかたくなに受け取ってくれない。彼女なりのこだわりやプライドがあるのだろうと思い、僕は不本意ながら500ペソ札を財布に戻した。
「じゃ、本当にありがとう。また来年、ここで会おうね。ただ、今度ビリヤードをやる時は一度くらい僕に勝たせてね」
「ありがとうクーヤ。楽しかったわ。でも来年あった時に私が負けるかどうかはわからないわ。だって私はゲームが始まると真剣になって人が変わっちゃうんだから」
 確かにそのとおりだ。いつもは柔和な彼女の表情がひとたびキューを握ると獲物を狙う野獣の形相に変身してしまうのだから。僕は苦笑いしながらカフェを出ようとした。
 
★最後のサプライズ
 出入り口の扉に手をかけたまさにその時、
「クーヤ、ちょっと待って。話さなきゃいけないことがあるの」
 と僕を呼び止める叫ぶような声がしてあわてて僕は振り返った。そこにはバツの悪そうな顔をしたジャネットが立っていた。
「話って何? 僕は何か君を傷つけるようなことを言ったかな?」
 僕は自分がかなりプライベートなことを聞いてしまったことへの引け目のようなものを急に感じて、彼女から何か叱責や怒りの言葉を浴びせられるのかもしれないと思い、そんな言葉も甘んじて受ける心の準備をしていた。しかし彼女は、照れくさそうな笑顔を浮かべている。戸惑っている僕にジャネットは言った。
「クーヤに秘密にしてたことがあるの。静かなさっきのテーブル席に戻って話しましょう」
「そうなのかい? ああ、喜んで君の秘密の話を聞かせてもらうよ」
 と言いながら、僕は安堵とともに彼女の秘密に対する興味が急速に頭の中に広がっていくのを感じていた。
 
★主婦へ
「クーヤ、これから言うこと絶対誰にも言わないって約束してくれる? 2ヶ月間だけでいいの。どう、約束してくれる? クーヤはいい人だと思うから約束してくれるなら話すわ」
「ああ、約束する。2ヶ月間だけ誰にも言わなければいいんだね? その後は原稿にしてもいいんだね?」
 彼女はうなずいた。
 彼女が口止めしてまで語ろうとしている秘密とはどんな秘密なんだろう? また、ジャネットがタバコを1本取り出してすばやくライターで火をつけ、ひとふかししてから話した。
「私、今妊娠3ヶ月なの」
「えっ、本当?」
 このカフェのウェイトレスたちはお腹がプクッとした女の子が多いのだが、ジャネットの場合はちょっと贅肉がついているだけかと思っていた。確かに少し驚いた。妊娠にも本人が望んだ結果の妊娠と不注意でそうなってしまった後悔を伴う妊娠の2種類がある。彼女の場合はどちらなのか? 僕はどう聞いたらよいか、考えていると、彼女が続きを話してくれた。
「私、去年の11月にこのお店で知り合った中国人のボーイフレンドがいて、先月妊娠していることに気がついたの。妊娠のことを彼に伝えたらすぐにお店に来てくれて、『結婚しよう』って言ってくれたの。私はすぐにうなずいたわ。それでおととい、彼の両親に紹介されたの。彼のお父さんは貿易会社を営んでいて、彼はその会社を手伝っているの。ビノンド(マニラ市のチャイナタウン)にある彼の家はものすごく立派な家だった。そこで居間みたいなところに通されて『あなたを私の息子の嫁として認めます。これからは私たちの娘として大切にします』って彼のお父さんが言ってくれたの。フィリピン人だからといって私をバカにすることもなく、すごく大事にされてる感じだったわ。彼の兄弟たちも笑顔で『こんにちは』ってタガログ語であいさつしてくれたの」
 普通フィリピンに在住する上流階級の中国人はフィリピン人の血を混ぜずに、中国人としての純血を守る一族が多い。しかし、両親が出てきてそこまで言ってくれたからにはジャネットを本気で嫁に迎えるつもりなんではないかと思った。と言うことは……
「そうなの。まだ結婚式の日取りは正式には決まっていないけど、私たち結婚するの。だから私のジャパユキ・ストーリーはもうおしまいなの。秘密って言うより、うそをついちゃったみたいでごめんなさい」
「いいんだよ。そんなこと。それより、話してくれてありがとう。でもなんで2ヶ月だけ秘密にしなきゃいけないの?」
 僕は彼女の幸せを自分の幸せのように感じながら尋ねた。
「それはね。私が妊娠してることがお店にばれたらすぐ首になっちゃうからよ。働ける間は、少しでも長く働いてお金をためたいの」
 本当に彼女は勤勉だなと思いながら、もうひとつ心に浮かんだ疑問をそのまま彼女にぶつけてみた。
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by webmag-c | 2006-10-31 23:42 | ジャネット7 主婦へ
つらい別れ(ジャネット第6回)
★愛の実験
「それで二人の愛の実験は?」
 ジャネットは恥ずかしそうにうつむきながら、
「クーヤ、話さなきゃダメ?」
 と言った。興味はあるが、彼女に苦痛を与えたくなかった。
「ごめんね。君たちの愛の実験にはとても興味があるけど、プライベートな話だし、興味本位で聞いちゃいけないことだったね。ごめんね。話さなくていいよ」
 しかしジャネットは思い直したように言った。
「クーヤが興味あるんだったら話すわ」
「本当にいいのかい? 人に無理強いするのは自分のモットーに反するんだけど……」
 僕は正直、何が何でも聞きたい気持ちを抑えて言った。彼女は再び自らの少し恥ずかしい過去を語り始めた。
「本当にいいのよ。昔の話だから。彼から『インポンテンツ』の告白を受けたその夜、私は何とかしてあげたいと思って、考えられる限りの方法で彼の男性自身をいろいろ刺激してあげたの。なんとかなりそうかなあって思うと萎えちゃって……恥ずかしい!! 結局、その日とそれからも日を変えて何度もトライしてみたけどやっぱりダメだったの。彼の男性自身は見たところは何も損傷がなかったんだけど」
「彼はお医者さんに見てもらっていないのかなあ」
 僕は素朴な疑問を彼女にぶつけた。
「お医者さんに診てもらったらしいわ。ストレスが原因なんだって。そのストレスの原因を取り除けば多分治るはずだって。それでね、『あなたストレスの原因を取り除けばいいじゃない』と言ったら、『そんな簡単な問題じゃないんだよ』ってけんかになっちゃって」
 それからもずっとセックスレスの深い付き合いは彼女の帰国まで続いた。ジャネットは本当にTさんを心底愛してしまい、セックスがなくても彼を一生愛せるとも思ったし、子供は養子をもらえばいいとも思い、彼に提案したが、帰国間近、Tさんからショックな別れ話を切り出される。
「ジャネット、今までありがとうな。お前が本当に好きだったよ。今まで出会った誰よりお前が好きだったよ。俺のために養子のことを考えてくれたり、いろいろ本気で俺たちの未来のことを考えてくれてありがとう。でもお前はやっぱりもう俺みたいな『男として機能していない男』じゃなくて、健康な男と結婚して幸せになってくれ。これ以上関係を続けても俺たちに明るい未来はないよ。もう別れよう」
 ジャネットは彼の言葉を聞きながら涙が止まらなかった。別れを切り出す彼も泣いていたと言う。僕はこんな別れもあるのかなあと神妙な気持ちで二人の別れの光景を思い浮かべていた。
「日本での思い出と言えば後にも先にも彼のことばかりね。彼と一緒に冬のディズニーランドに行った時は、今度来るときは彼の奥さんとして一緒に来たいなあと夢見たわ」
「そうか。彼のことは残念だったね」
 僕は他に彼女にかける言葉が見当たらなかった。
 ちょっとしんみりした雰囲気になってしまったので、僕は話題を変えた。錦糸町のローカルな話題を出してみた。妖怪みたいな様相の店主のいるサリサリストア(フィリピン雑貨店)が閉店してしまったこととか、どこそこのフィリピンレストランのフィリピン人ママはすごくケチだとか……
 彼女の過去をところどころほじくり返し、とりとめもない話しをしているうちに2時間近く過ぎている。約束の最大1時間半を大幅にオーバーしてしまった。もうインタビューを切り上げなければならない。自分の好きな仕事とはいえ、仕事が終わった後はジャネットもかなり疲れているはずだ。
「ジャネット、今日は仕事の終わった後、疲れているのに長時間話を聞かせてもらってありがとう。最後にもう2つだけ聞かせてもらっていいかなあ」
「もちろん、私もとっても楽しかったわ。聞きたいことがあったらなんでも聞いて。私全然疲れてないから」
 僕は彼女のありがたい申し出に甘えることにした。
「始めの質問は、売春についての君の考え方なんだけど」
「これは人それぞれの問題だと思うわ。私自身は愛情のないセックスなんて絶対にいや」
「じゃ店に出入りして売春している女のこのことをどう思う?」
 僕はもう一歩踏み込んでみた。いやむしろこっちの方が聞きたかったのだ。援交カフェにはいつも身近に売春婦たちが出入りしている。援交カフェのウェイトレスが出入りの売春婦たちをどう見ているのかにすごく興味があった。それで売春している女性としていない女性のメンタリティやモラルの違いを少しでもクリアにしたかった。
「女の子一人一人の問題だから、自分が決断することだと思うわ。でもお金のためなら何でもするっていう態度を非難したい気持ちもあるわ。彼女たちは体だけじゃなくて心も汚れていると思うこともあるわ。でもこのお店はそういう出会いのお店でもあるから売春している子たちとも仲良くやってるだけよ」
 やはり売春している女の子と絶対しない子の間には明らかにモラルのギャップがあると思っていたが、彼女の話しを聞いて自分の仮説が的外れでないことが確信できたような気がした。さあ、最後の質問だ。
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by webmag-c | 2006-10-31 00:15 | ジャネット6 つらい別れ
恋人との間の「壁」(ジャネット第5回)
★日本人の彼氏の秘密
「でも君が日本で働いていた時期は、法律がきびしくなる直前だから同伴がなかったり、お店の外でお客さんと会ってはいけないとかすごくきびしいルールがたくさんあったんじゃない?」
 錦糸町がエンターテイナーの取り締まり重点地区として狙い撃ちにされていたことはよく聞いていただけに、彼女の日本でのきびしい労働環境を察して聞いてみた。しかし、彼女の答えは意外なものだった。
「それがね。私のお店は同伴もあったし、お店のスタッフがする寮への抜き打ちチェックも全然きびしくなくて、私たちはかなり自由だったの。来日してすぐTと出会って、Tは毎日のように私を同伴してくれたの。私は日本語がほとんどできなかったけど、彼がタガログ語と英語が片言だけどできたおかげでお互いかなりよく分かり合えた。やさしくて楽しい人で私はすぐTが好きになっちゃって、知り合って1ヶ月もしないうちに午前3時過ぎに仕事が終わると、すぐ彼のマンションに直行するようになったの。彼のおかげでホームシックに悩まされることもなかったわ」
 彼女の方から転がり込んできてくれるとは何ともうらやましい話だと思った。
「それで彼とは」
 僕が言いかけると、ジャネットは古きよき時代を振り返るようににこやかに遠くを見つめながら語った。
「一緒に行くところと言えばパチンコ。彼はプロフェッショナルよ。行くたびにいつも勝つの。最高10万円稼いだのを見たわ。私もちょっとやらせてもらったけど全然ダメ。でも彼の隣で見てるだけでも楽しかった。日本ではパチンコで生計を立てている人がいるって彼が言ってたけどよく納得できたわ。食事と言えば吉野家の牛丼屋か焼肉屋さん。私が彼の家でフィリピン料理を作ることもよくあったわ」
「彼とは相当深い関係だったんだね。結婚話とかは出なかったの?」
 話の流れで彼女に聞いてみた。
「彼とは気持ちは深く結ばれていたと思うわ。でも彼、体に問題があって……」
 彼女が突然口ごもった。てっきりTさんが身体障害者なのかと思い、僕は先走って言った。
「そうか身体に障害があったんだね。でもそれが愛の障害になっちゃうのか。残念だね」
「クーヤ違うのよ。身体に障害があるんじゃなくて……身体に障害があるんじゃなくて……」
 彼女はまた口ごもってしまった。と思ったら今度は恥ずかしそうにクスクス笑い出した。僕はわけがわからなかった。
「どうしちゃったの? 大丈夫かい、ジャネット?」
「大丈夫、大丈夫」といいながら彼女の笑いはなかなか収まらない。しばらくして笑いが収まると、彼女は顔を真っ赤にして気を取り直していった。
「実はTはインポンテンツだったの」
 あー、そうだったのか? 身体の障害ではないが、これは男性、いや愛し合うカップルにとっては深刻な問題だ。でも人前で口にするには大分勇気がいる。まして女性ならなおさらだろう。話しづらいことを話して、ひとつの壁を越えたジャネットは彼との愛について再び饒舌に語ってくれた。
「Tと知り合って2ヶ月くらい。毎日仕事帰りには彼のマンションに一人で行って一緒に眠るの。抱きしめ合ってキスをして、体中を愛撫されて……でも彼は最後の一歩手前まで行くとすっと矛を収めるの。『それじゃ寝ようか』って言って背中を向けて寝ちゃうの。私は、ちょっと変わった人だけどこの人なら結婚してもいいかなあとか考えてたから、いつ深い関係になってもいいと思ってたのよ。じゃなきゃ一人暮らしの彼のマンションに一人で行ったりなんか絶対しないわ。だから彼が途中でやめてしまうのは理解できなかったし、中途半端で欲求不満が高じて行ったわ」
 それだけ心構えのできたフィリピーナにとって、Tさんの行動は真実を知らなければやはり奇妙だと思わずにはいられないだろう。ジャネットは物怖じしないタイプに見えた。このあと彼女がとった行動が僕には予想がついた。果たして僕の予想通りの言葉をジャネットの口から聞くことになる。
「それでね。ある日、我慢できなくなって彼に言ったの。『あなたなんで途中でやめちゃうの? 私はあなたが好きよ。あなたも私を愛してると思ってた。私の体に魅力がないから? それともあなたオカマなの?』ってね。今思うと本当にひどいこと言っちゃったと思うわ」
 僕はTさんの反応にすごく興味があった。
「彼はね。ベッドの上できちんと座りなおして。『ごめん。俺は男としてはだめなんだ。俺のモノは固くならなんだ。インポンテンツってわかるかい?』って。私はそういう病気は話には聞いたことがあったけど、現実に自分の愛する人がそんな病気を患っているなんてにわかに信じられなかったの」
 心やさしいジャネットなら多分Tを気遣って本当にダメなのかどうか文字通り身を挺して試してみたに違いない。
「それでTさんとジャネットは本当に彼がダメなのか試してみたんだね」
 ジャネットは大きな目をさらに大きく見開いてびっくりしたような顔で言った。
「クーヤなんでわかるの? クーヤはもしかして占いもできるんじゃない?」
「いや残念ながらそんな才能はないよ。だって君とTさんは愛し合っていたんだから、君が何とかしてあげたいと思い、彼も何とかしたいと思うのはごくごく自然なことだろう」
「ああ、そうね」
 ジャネットは納得顔でうなずいた。僕はその2人の実験に興味が沸いてきていた。
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by webmag-c | 2006-10-29 18:37 | ジャネット5 彼氏との日々
両親を支える一人娘(ジャネット第4回)
★今の暮らし
「日本にいる頃から、もう今度は日本に戻ってこられないんじゃないかって仕事仲間とよく話してたの。クーヤも知ってると思うけど、私の働いている時も錦糸町ではしょっちゅう警察の手入れがあって、その度にどんどん閉店する店が増えて、私たちエンターテイナーの状況がどんどんきびしくなっていくのを肌で感じてたから。今の仕事も好きだけど、稼ぎのことを考えるとやっぱり日本でまた仕事したいわ。今すぐにでもよ。でも現実はきびしいわ。アロヨも私たちのことなんかなんとも思っていないみたいだし」
 彼女の今後のライフプランや再来日への見込みについて尋ねた時、彼女はこう答えた。
 自国のエンターテイナーを切り捨てたしょせん良家のお嬢様でしかないアロヨ大統領に対するジャパユキたちの憎しみは相当強いものがあると改めて感じた。
 
「今の日給は180ペソでチップを含めて稼ぎは全部で1日平均240ペソくらい。ここのお客さんは気前のいい人が多いからチップが大きいのよね。月収は大体6000ペソくらい。決して多くはないけど、人とおしゃべりするウェイトレスという仕事にダンスにビリヤード。私の好きなことばかりだから全然苦にならないわ。小さいけど自分たちの家もあるし、家のまわりで自給用に鶏を買ったり、野菜を作ったりして家族がつましく暮らしていくにはほとんど問題のない生活を何とか送れてるわ。
 ただお母さんの病気の時にトライシクルを売っちゃったから、ドライバーだったお父さんは、自給用の養鶏と野菜作りじゃ飽き足らないみたいで、『また運転したいなあって』寂しそうに口癖のように言ってるの。何とか貯金してまた買ってあげたい。お母さんにもあまり体の負担にならないサリサリ(雑貨店)をプレゼントしてあげたいんだけど……それにお母さんはもともとからだが弱いし、お父さんも最近高血圧で誰かが病院に入るようなことになったら今の平和の生活はあっと言う間に終わりになっちゃうわ。だからお父さんとお母さんにビジネスの機会を作ってあげたいのと、いざという時のために貯金もしておきたいからぜひまた日本に行きたいの」
 お父さんにはトライシクルをお母さんにはサリサリストアを、と家族を思う孝行娘の話に僕は共感を感じながら、大きくうなずきながら聞き入っていた。

★家族を養うために
 ジャネットが家族にとりわけ強い愛を感じているのは、その生い立ちによるとことが大きいかもしれない。彼女は工場労働者の父と専業主婦の母のもとで1982年マニラ首都圏の北隣のブラカン州に生まれた。フィリピンでは非常に珍しい一人っ子だった。お母さんは体が弱く、お医者さんから2人目以降の出産しようとするなら命の保証はできないと言われたらしい。そして両親は2人目以降の子供をあきらめ、熱い愛情をジャネット一人に注いできたのだ。それだけにジャネットの両親に対する感謝の念も愛情もいっそう強いものになったのだろう。
 父親は1997年、20年来勤めていた工場から突然解雇通告を受け、貯金と退職金を合わせて60000ペソでトライシクルの新車を購入。地元でトライシクルのトライバーとして第2の人生をスタートさせた。トライシクルドライバーの家庭の暮らしは大変つましいが、特に一家に事故でもない限り、1日3食できる特に不自由のない暮らしだった。
 しかし2000年、一家に最初の転機が訪れた。お母さんが最初の乳がんになり、手術費の捻出のためにお父さんはトライシクルを売却。それでも足りずに親戚中から借金して何とか手術費用を調達。お母さんは左乳房を摘出したものの、健康を取り戻した。お母さんが大病する前年に高校を卒業していたジャネットは大学に進学していく友人をうらやましく思いながら、一時グレて不良仲間に入ってブラブラしていた。背中に刺青を入れたり、タバコをすい始めたのもこの頃だ。しかしお母さんの病気を契機に心機一転、家族を養っていくために、そして親戚への借金を返すために、お母さんの手術の直後に友人から紹介されてプロモーションに入り、エンターテイナーとして日本行きを目指すことになる。歌手としてのトレーニングをかねてマカティのKTV(カラオケレストラン)で7ヶ月間働いたものの、すぐには来日のチャンスは訪れなかった。彼女は少しでも日給のよい仕事を追って、マグノリアのアイスクリームの新製品やチョコレート・アルコール類などのキャンペーンガールの仕事、コンピューター部品工場の仕事などいくつもの仕事を転々とした。時には1日に2つ以上の仕事を抱えて頑張った。そしてようやく最初の日本行きのチャンスが訪れたのは2004年の9月だった。プロモーションに所属してからすでに4年の歳月が流れていた。
 
★楽しかった日本
「日本での仕事は楽しかったわ。それも来日してすぐに出会ったTのおかげよ。最後まで謎だったんだけど、彼は多分プロモーターだったと思うわ。片言のタガログ語と英語が話せたし、普通の会社勤めの人には見えなかったから。それに私たちの契約関係のこととか派遣のシステムとかやたらと詳しかったの」
 日本での仕事についての僕の質問に対してジャネットのこんな答えが返ってきた。開口一番に日本での仕事が楽しかったと言い切るタレントはまずいないので、彼女の言葉は非常に新鮮に耳に響いたのだ。
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by webmag-c | 2006-10-27 23:58 | ジャネット4 なぜ日本へ?
日本からの帰国と就職(ジャネット第3回)
★キンシチョウ デ シゴト シテマシタ
 さあ、ジャネットのブレイクショットでゲーム開始。三角形にきれいに並んだ15個の玉に彼女の美しく力強いフォームから突き出された白い玉が当り、パンという歯切れのよい音とともに文字通り見事にブレイク。15個の玉はきれいにビリヤード台全体に散らばったかと思うと早速3個の玉がポケットに吸い込まれていった。彼女は自分のサイドの玉を次々とポケットに落とし、オープニングゲームはあっさり敗北。このゲームでは僕は2回しかつくことができなかった。それから客が急にひいていったので僕らは延々とゲームを続けた。彼女はゲーム中ほとんど無駄口をたたかず、勝負は真剣そのもので、初心者の僕相手にまったく手加減してくれなかった。1ゲーム25ペソ。30ゲームほどやっただろうか。ついに1ゲームも勝てないまま夜が明けた。他のウェイトレスにあとから聞いた話では、ジャネットはウェイトレス経験1年に過ぎないのだが、店では誰もが認めるNo.1プレイヤーだと言う。
「悪い相手に当っちゃったな。初心者なんだから手加減してくれてもいいのになあ」
 と僕はつぶやいていた。負けに負けた。初心者と言えども悔しかった。
 勝負を終えてジャネットが言った。
「クーヤ、元エンターテイナーの今の暮らしに興味があるって本当?」
「うん、うん、うん」
 僕がちょっと上ずった声で答えると彼女はきれいな日本語で話した。
「ワタシ キョネンマデ トウキョウ ノ キンシチョウ デ シゴト シテマシタ」
 僕は少なからず興奮していた。彼女がかつてフィリピンパブの聖地とも言われた東京の錦糸町で働いていたとは! 
 元ジャパユキの身の振り方には援交カフェのウェイトレスという生き方もあったんだな、と僕は思い出した。そして彼女への興味はますます高まった。LAカフェのウェイトレスにも元ジャパユキがいることは知っていた。でも僕を避けているかのように彼女たちに巡り会うことはできなかった。
 なかなかはかどらない人探しの最中に『援交カフェウェイトレス』の肩書きを持つ元ジャパユキに思いもかけず巡り会ったのだ。僕は事情を説明し、すぐに彼女に快諾をもらい、初対面の翌日、彼女の勤務終了直後にインタビューとなったわけだ。思いもよらぬ収穫に僕はかなり興奮していた。
 
★帰国してから~切羽詰ってすぐ就職
「考えてる間なんてなかったの」
 ジャネットは話し始めるとすぐにポーチからタバコを取り出し、手馴れた様子で火をつけプカプカふかしながら話し始めた。
「去年の4月に日本から帰った時は、給料が残っているなんてもんじゃなくて、帰るとさっそく借金が待ってたの。ファーストタイマーだったから日本での給料は月々550米ドルと安かったし、衣装代を始め、フィリピンを出発する前にもうプロモーションに借金があったの。さらに悪いことに来日中にお母さんが乳がんの手術を受けることになって1500米ドル借金したの。もうこれで私の1回目の給料はなくなるどころかマイナスになっちゃってプロモーションに借金が残ったわ。でも日本で仕事できたおかげでお母さんの手術代が払えたんだから本当によかったと思ってるわ」
 2004年の10月から2005年の4月まで、初めての日本でのエンターテイナーとしての仕事を終えて、なぜ就職場所として援交カフェのウェイトレスを選んだのか尋ねた時、ジャネットは開口一番で一気にこう答えた。
「多くのジャパユキ経験者が、次の来日までの待機中にジャパニーズ・カラオケに就職するのに、何でこのお店を選んだの? こういう店で働いていると安っぽい女だと思われるんじゃない?」
 僕は彼女の機嫌をそこねるのではないかと恐れながらも率直に聞いてみた。
「家に帰ると、もうその日の食事をするお金すらなかったのよ。それで帰国した翌日、昔のプロモーションの友だちに誘われるままにいっしょについて行ったの。そのまま面接を受けてこのお店に入ったの。本当なら日本から帰ったら少しは休みたいところだったけど、面接に行ったその日からさっそくここで仕事を始めて1年ちょっと経ったところなの」
 豊かな生活を求めて日本から帰ったものの、家族の大病で帰国するとその日から食費もなく、借金も待っていて切羽詰ってすぐそこにある仕事に飛びついたということらしい。
「それからね。私日本では一応シンガーだったんだけど踊りが大好き、それにビリヤードも大好きだったから、この仕事がすぐ気に入ったのよ。ジャパニーズカラオケよりよっぽど自分に向いていると思うのよ」
 なるほど、彼女の仕事ぶりからもこれは納得だった。確かに踊り好き、ビリヤード大好きの女の子にはこの異色のカフェでの仕事は楽しめるものかもしれない。
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by webmag-c | 2006-10-26 15:51 | ジャネット3 帰国と就職
初めての対戦(ジャネット第2回)
★エイトボール? ナインボール?
 マニラでは例年5月から10月、年によっては11月くらいまで長い雨季が続く。この時期はほとんど毎日のようにスコールが降る。空のどこかが必ずといっていいほど曇っていて、晴れていてもにわかに空がかき曇り、突然雨が降り出すのだ。だから雨季の外出時には傘が必携品。その上、度重なる台風もある。こうなるともうお手上げだ。水はけの悪い地域、海抜の低い土地に住む人々にとってはいつも洪水の恐怖と隣り合わせの不安な日々の連続でもある。また急ながけや山間部では地すべりの被害も頻発し、そのつど大きな被害が出ている。ある日、僕は傘を持って出るのを忘れた。夜11時過ぎLAカフェでの取材を終えて一歩外に出ると、大雨だった。そこからAまで100mランナーのようにダッシュ、駆け込むようにAの扉を開けると、すぐにジョアンナとメアリーが近づいてきた。軽くハイとあいさつをすると、
「クーヤ、この店で働いている日本帰りのウェイトレスが今出勤しているから紹介するわ」と言ってくれた。僕はにわかに胸が躍った。2階の僕の指定席に座ってそのウェイトレスを待った。ただぬか喜びは禁物。確かに日本帰りはLAカフェを始めあちこちの援交カフェにたくさんいる。でも、最後の来日が5年も6年も前という今回の取材の主旨から外れた、いわば賞味期限切れの人物である場合が多かったからだ。
 期待と不安が交錯する。そして運命のご対面。ジョアンナがユニフォーム姿の一人のウェイトレスを連れてきた。
「去年日本から帰ったばかりのジャネットよ」
 去年日本から? ピッタシ! ストライクゾーンだ。やった! 僕は小躍りして喜んだ。
 振り返ると、中肉中背でこれといって特別な華のない、ごく普通の女性がそこにいた。地味だが実直で意志の強さを感じさせる風貌だった。
「オハヨウ ボクワ ハクノデス」
 僕は心持ゆっくりしたテンポのはっきりした発音の日本語でジャネットにあいさつした。
 時刻は午前12時を少し回ったばかり、フィリピンでは12時過ぎればあいさつはオハヨウなのだ。
「オハヨウ クーヤ マズ ビリヤード シマセンカ?」
 とジャネットはすぐ日本語でビリヤードに誘ってきた。彼女はよっぽどビリヤード好きのようだ。
「シュアー(もちろん喜んで)」
 今すぐにもインタビューを始めたいところだが、僕もビリヤードを始めたばかりでプレイしたくてうずうずしている状態。それにまずはジャネットと親交を深めておこうと思い、彼女の誘いを快く受けたというわけだ。
 店の中でまた、ダンサブルな音楽が流れ始めた。ジョアンナとメアリーは
「じゃクーヤ、私たちは踊ってくるから」と言って、ステージに足早に消えた。
「ジョアンナ、メアリー、ありがとう」という言葉とともに僕は二人を見送った。
 このカフェのウェイトレスはいくつかのチームに分かれており、時間帯によってどのチームが踊るか決まっていることがすぐわかった。
 さあ、楽しくビリヤードといきたいところだが、今日はいつものお遊びビリヤードとは勝手が違う。客の多い1階のビリヤード台でのゲーム。まわりにはかなりの腕前のアメリカ人・オーストラリア人・アラブ人・韓国人・中国人の見物人がたくさんいる。
「これだけの見物人の中で経験1ヶ月の初心者がプレイするなんて!」
 僕は恥ずかしさを押さえ込むのに懸命だった。本来、シャイな性格で、自信のないことを人前で披露するなんて絶対いやな性分だ。しかし内気な性格は取材活動の大きな敵。上級者たちの前だろうがもうどうにでもなれ、と腹をくくった。そんな僕の心の葛藤にお構いなく、
「エイトボール? それともナインボール?」
 ジャネットは代表的なビリヤード種目のどちらがいいか尋ねてきた。
「ナインボールで頼むよ」
 僕はもう冷や汗をかいていた。どちらがいいかと聞かれてもナインボールしかやったことがないのだから。
 ビリヤードのボールには、白い手玉と言われる玉のほかに15個の玉がある。エイトボールは、白い玉と15番までの番号のついた玉のすべてを使い、ブレイクショットと呼ばれる最初のショットに始まり、最初に自分がポケットに落とした番号の玉のグループが自分のサイドの玉となり、これらをまず落とすことになる。1~7番はソリッド、9~15番はストライプと呼ばれる。自分の落とすサイドの玉をすべて落とし、最後に8番をポケットすれば勝ちだ。最後に8番を落とすことを除くと、自分のサイドの玉を落とす順番はどうでもかまわない。
 一方ナインボールは1~9番の9つの玉を使い、ブレークショットに始まり、1番から順にポケットに落としていき、最後の9番を落としたプレイヤーの勝ちとなる。いずれにしろビリヤードは、正確なキューの突き出し、白い玉と当てて落とす玉の角度、さらに相手に打ちづらくさせる作戦などが重要な頭脳のスポーツでもある。
 フィリピンは世界有数のビリヤード大国であり、オリンピックやアジア大会、世界選手権などで数々のチャンピオンを輩出してきた。エフレン・レイエスやブスタマンテなど超一流プレイヤーの名前を知らないフィリピン人はまずいない。スラムのど真ん中からとんでもない田舎の山奥までフィリピン全国にビリヤード台がある。ビリヤードはまさにフィリピンの国民的スポーツのひとつなのである。フィリピン人と親交を深めたいと思っている人はぜひ嗜んでおいて損のないスポーツだ。
 こんなお国柄だからこそ、ビリヤードなどまったく無縁に見える普通の地味な女子大生やOLにもすごい実力者がたくさんいる。
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by webmag-c | 2006-10-25 14:36 | ジャネット2 初めての対戦
援交カフェとビリヤード
連載登場の4人目は、マニラ・エルミタ地区の援交カフェで働くジャネット(23歳/来日経験1回、歌手)です。

    ★   ★

★出会い
「クーヤ(お兄さん)お待たせ」
 スタッフ用の着替え室から出てきたジャネットを見て一瞬目を疑った。
 ほんの数分前まで、へそ出しの白いセクシーなセーラー服を見にまとってダンサブルな曲に合わせて扇情的に腰をくねらせて踊り、時には世界各国から集まった男性客の求めに応じてビリヤードの相手をし、華麗なキューさばきで次々と対戦相手をねじ伏せてきた彼女が、こざっぱりした私服姿で僕の前に登場した。
 真っ白いTシャツと、ボーイッシュなサイドボケットの着いたベージュのチノパン、瞳の奥に焼きついているセクシーなセーラー服姿のハスラーのイメージとのギャップにちょっと戸惑ったのだ。

 彼女との出会いは偶然だった。
 援交カフェとして世界的に有名なLAカフェに出入りする元ジャパユキの姿を追って毎日通いつめ、なかなかターゲットに遭遇できなかった時、すぐ近くに似たような援交カフェA を見つけ、たまたま足を踏み入れた。
 アマゾンのジャングルイメージした薄暗いAの店内では、ディスコミュージックにあわせて、カウンター席の中のお立ち台で、ステージで、通路で、はたまた2回に通じる階段でもウェイトレスたちが踊りまくっている。そのかたわらでは男性客の求めに応じてビリヤードに興じるウェイトレスもいる。僕は女の子たちを連れ出すことのできるゴーゴーバーに迷い込んでしまったのかと思った。
「タノンコ ラン。プウェーデ バ カヨン イテイクアウト?(ちょっと聞きたいんだけど、君たちを連れ出すことはできるの)?」
 僕は近くの踊っていないウェイトレスに確認のため聞いてみた。
「ヒンディ ポ プウェーデ、サー(お客様、それはできなんです)」
 と彼女は淡々と答えた。きっと連れ出しできるゴーゴーバーと勘違いする客が多いのだろう。彼女はさらに説明してくれた。
「私たちウェイトレスはダンサーでもあり、ビリヤードのお相手もします。でも私たちを連れ出すことはできない決まりになっています。一夜のパートナーをお望みのお客様にはその手の女性も自由に出入りしていますからご紹介しますよ」
「はー、そうなんだ。ありがとう」と答えながら、
「不思議な場所だ。面白い店を見つけたぞ」
 と僕は思った。
 ここにも援交のパートナーを捜し求める女の子たちはいたが、LAカフェに比べれば格段に数が少なかった。インタビューのターゲット探しで疲れ果てていた僕は、ここではひたすらくつろぎたかった。
「いっしょに楽しみましょ」
 などと言い寄ってくる援交志願の女の子たちには
「君といっしょに楽しみたいけど、そんなことしたら彼女に殺されちゃうよ。彼女はすごい焼きもちだから。まだ死にたくないんだ。だから勘弁してよ」
 などと適当にいなしながら、僕はウェイトレスたちとの取りとめのないおしゃべりと、踊り、当時覚えたてだったビリヤードを楽しみながらサンミゲール・ライトをラッパ飲みして安らいだ雰囲気に浸っていた。
 
 マニラ市のエルミタ地区にあるLAカフェは、プロの売春婦はもとより、セミプロやアルバイト感覚のまだ初々しい女の子に至るまで幅広いバリエーションの売春婦たちが数多く出入りする援交カフェとして、世界中のスケベ男たちにその名が知れ渡っている。
 それだけに丸いカウンターのある入り口付近のスペースと1階の奥のスペース、2回のライブスペース、2回奥のスペース、大きく4つに分かれる出会いのカフェは、1夜だけのパートナー、あるいは1夜の客を求める男とたちと女たちの駆け引きの場そのもので、脂っこくてギラギラしたむせ返るような熱気が立ち込め、僕には決して心地よい場所ではなかった。
 
 だからこそ、LAカフェに取材に行ったあとは、インタビュー相手探しにつながる収穫のあった日もなかった日も、気分をリフレッシュすることが必要だった。それでウェイトレスが踊ってビリヤードのお相手もしてくれるもうひとつの援交カフェAに通うのが日課のようになっていた。ここのウェイトレスは、みなフレンドリーで楽しい話し相手だった。みんなそこそこビリヤードのたしなみもある。
 この援交カフェAで最初に親しくなったのは、新人ウェイトレスのジョアンナとメアリーだった。二人ともミンダナオ島北東部の田舎町の出身で、素朴な田舎のフィリピーナの魅力にあふれた女の子たちだった。ビリヤードの腕も僕といい勝負。LA帰りの僕は、この店に入るとまずこの2人を探した。
 見つけるとたわいもない会話を交わしながら、客の少ない2階のビリヤード台でギャーギャー騒ぎながら、ついてもついても入らないお遊びビリヤードを楽しんで、夜11時から翌朝7時までの彼女たちの勤務時間に丸々付き合って徹夜してしまうことも珍しくなかった。
 それだけこの援交カフェでの時間は僕の取材活動にひとときの憩いとやすらぎを与えてくれていた。ジョアンナとメアリーには「再来日できなくなった元ジャパユキたちの現在の生き様を取材している」という今回のフィリピン滞在の目的は話してはいたが、まさかそういう人物を紹介してくれるとは思ってもいなかった。
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by webmag-c | 2006-10-24 01:38 | ジャネット1 LAカフェのすぐ近く
次のステップ(シエラ第8回/最終回)
★挑戦し続ける姉妹の夢
 結局、姉妹が7年もかかって稼いだお金はほとんどゼロになってしまった。しかし、シエラはめげない。
「めげてる暇なんてないわ。またはじめからやり直せばいいんだから」
 と笑顔で語る彼女の前向きな気持ちは買える。ただ彼女の頭の中には失敗に学んで同じ過ちを繰り返さないようにしようという意識が根本的に欠けている。余計なお世話なのだが、その点をちょっと指摘した。彼女はもっともだとうなずいていたが、僕の言葉がどこまで届いたのかはわからない。しかしそれ以上に、成否は関係なく、挑戦し続けることがこの姉妹にとっての幸せなのかもしれない。
 お金を使い果たして、夢をかけた挑戦が終わっても、彼女たちには生きる術が残されている。日本行きの道が立たれても、シエラには介護士として外国に出稼ぎに行く道があるし、ミルナはあと2年頑張って看護学校を終えて国家試験を通れば、アメリカなど海外でドカンと稼ぐ道が開けてくる。
 二人は人生の次なるステップに向けて着実に歩み始めている。すっかり打ち解けた僕らは再会を誓ってアリストクラット前で別れた。僕はすぐに振り返って彼らを見た。シエラは早速右手にタバコ、左手に彼氏の手をしっかり握りしめ、頭を彼の肩に預けるようにしてゆっくりと歩いていた。その後ろを遠慮がちに見るミルナがついていく様子はどこかこっけいだが幸福感が漂っていた。彼らは人生がどう転んでもハッピーなのだろう。僕はトコトン前向きに人生を楽しむ術を生まれつき身につけているシエラがうらやましかった。と同時に彼女たちから幸せのエッセンスを分けてもらったような気がした。
 マニラ湾沿いをかける風が心地よい午後10時過ぎ。ロハス大通り沿いは色とりどりにライトアップされ、ベイ・ウォークと新たな名前をもらって素敵な散歩道に変貌している。僕は海風に背中を感じながらベイ・ウォークを通って家路へに向かって歩いてみようと思い立った。北へ10キロほどの道のり。2~3時間もすればたどり着くだろう。疲れたら途中でジープニーにでもタクシーにでも乗ればいい。こんな気持ちになったのも、気持ちよい夜風とマニラの危険な夜までも快適な散歩道のように思わせてしまう新名所ベイ・ウォークの魔力かもしれない。
(シエラの章終わり。次回から援交カフェウェイトレス、ジャネットの登場です。ご期待ください)
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by webmag-c | 2006-10-17 10:33 | シエラ8 次のステップ
しとやかな妹(シエラ第7回)
★またしても妻子持ち
 シエラと同じレストランで働く6人兄弟の4番目の妹ミルナは今年25歳だが、年齢よりずっと若く見える。10代でも十分通る。いつでもお姉さんの言いなりで、シエラとは似ても似つかないシャイな性格。言葉遣いもていねいだ。2000年、看護学校の2年コースを終わった後、シエラの強い誘いでプロモーション入りして2002年と2005年の2度エンターテイナーとして来日している。
「お父さんとお姉さんを手伝いたいです。でも私はシンプルな生活で十分。お金持ちになりたいとは思いません。今付き合っている日本人の彼氏と結婚したいです。彼は私の人生で初めての恋人です。私には彼だけで十分です」
 と照れるようにうつむきながら語った。
「日本にもう行かれなくなったら?」
 という質問には
「今は彼が毎月3万円、送ってくれてるから、生活の心配はまったくありません。でもいつまでも彼に頼っているわけにも行かないから早くきちんとした仕事を始めたいです。もう何ヶ月か待って望みがなさそうなら、日本行きはあきらめて看護学校を終えて看護婦になることに専念します。近いうちに看護士として日本で仕事できるかもしれないですから。日本がダメでもアメリカなら看護士や介護士を斡旋している親戚がいるから確実です」
 と語ってくれた。ミルナはお姉さんと違って絵に描いた餅を追いかけてはいない。現実的なプランを持っている。彼女の将来は大丈夫だと僕は思った。ただ、お姉さんたちのビジネスごっこに巻き込まるとあぶない。堅実でシンプルな彼女がお姉さんたちのゲームに巻き込まれないとことを祈るばかりだが、怖いお姉さんを目の前にしてそんなことは言えなかった。
 ミルナが日本人の彼氏に送金させているのは案の定、姉のシエラの入れ知恵だった。生活が苦しいからと言って彼氏に仕送りをさせるよう仕向けていたのだった。僕はミルナの彼氏について気になることをはっきりさせておきたかった。
「君の彼氏は独身? 奥さんや子供はいるの?」
「ええ、年齢は55歳で奥さんも子供もいるけど、いつか別れて私と結婚してくれるって」
 またしても妻子持ち! しかしミルナは彼の言葉をうのみにしてしまっている。
 同邦への裏切りかもしれないと思いながらもいつものおせっかい焼きの癖が出て僕はつい言ってしまった。
「ミルナ、彼の言葉は信じない方がいいと思うよ。僕もフィリピンパブで遊ぶ日本人男性をたくさん見てきた。奥さんのいる日本人男性でフィリピン人のタレントと結婚するために『奥さんと別れるから』と言う人は星の数ほどいたよ。でも実際に日本人の奥さんと別れてフィリピン人のタレントと結婚した人は数えるほどしか知らないんだ。彼のことは本当に慎重に考えた方がいいと思うよ」
「やっぱりそうなのかもしれないわね。お姉さんのこともあるし。でも何で日本人てみんなうそつきなんだろう」
 ミルナはうつむいた。
「いやそれは違うよ。日本人がみんなうそつきなんていうことは断じてないよ。フィリピンにも日本にもいい人もいれば悪い人もいる。正直な人もいればうそつきもいる。それはフィリピンも日本も同じだと思うよ」
 日本人はみんなうそつきと言われては黙っていられず、ちょっときつい口調で言ってしまった。
「ごめんなさい、クーヤ。気を悪くしないで」
 ミルナは僕の突然の反論にびっくりとおどおどした様子だった。
「いやいやそんなに気にしなくていいんだよ」
 僕はミルナが萎縮しないようにとりなそうとしている時、シエラが乱暴なことを言った。
「あなた、男なんてたくさんいるんだから、そんな日本人忘れちゃえばいいのよ。スポンサーとしてだけキープしておけばいいのよ」
 確かに心にもない結婚話を餌にミルナのようなまだ純粋なフィリピーナをだますのは悪い。しかし、スポンサーに仕立てるようにけしかけるシエラにはやはり怒りを禁じえなかった。対照的な性格の姉妹とシエラのボーイフレンドとの間に挟まって僕はなんとも奇妙な気分だった。
(次回、シエラの最終回です)
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by webmag-c | 2006-10-13 09:04 | シエラ7 妹の彼氏
スポンサーと恋人(シエラ第6回)
 それにしても彼女の微妙なさじ加減には恐れ入る。しかし、『うそにはうそ』ということで、彼女は日本人の恋人を演じ、彼の望む通り日本レストランで働き、言うことを聞いているような顔をして毎月の援助を引き出し、その一方でフィリピン人の彼氏を作り、そのことは日本人の彼氏には内緒にしている。彼女もなかなかしたたか者だ。自分を傷つけた彼はスポンサーに降格という論法も妙に僕は納得してしまった。
 それにしてもまたしても日本人スポンサーか? いったい何千人、いや何万人の日本人がフィリピン人女性に個人的ODAを実施しているのだろうか? やはりスポンサーのいる元エンターテイナーはゆとりが違う。シエラにしても、本人がまともに働いて稼いでいる月給の4倍もの大金を毎月送ってきてくれるのだから。シエラの余裕も結局、日本人の彼(いや降格されてスポンサーと言うべきか)からの仕送りに支えられたものだったのだ。
 日本人の彼も、よくもまあシエラのために大金をつぎ込んでいるものだと思う。彼女の来日中のパブへの支払い。月5万円、7年間という直接経済支援。積立預金でもしていたらちょっとした額になる。利子を考えなくても日本円で420万円。マニラなら豪華マンション1世帯分が購入でき、地方なら家が2~3軒は建ってしまう金額だ。それに加えて1年に3回は渡比して、その時は普通の恋人のように濃密に愛し合うと言う。当然その時はおこづかいをおいていくことも忘れない。
「彼は7年間も私をだましていたんだから、私が彼に内緒でフィリピン人の恋人を作って彼をスポンサーに格下げするくらい当たり前でしょう。クーヤはどう思う?」
「いや、まったく君の言うとおりだよ」
 僕は急なシエラの問いに、心にもないことを言って同調してしまった。本当はどっちもどっちだな、思っていたのだが、インタビューをスムーズに進めるには彼女の機嫌を損ねない方が得策だと思ったからだ。
 気の毒なのは、だしに使われているとしか思えないフィリピン人の彼だ。シエラに恋人として認められてから1ヶ月だという彼は、まだ日本人の彼とは面識はない。日本人の彼が今度来比した時には、シエラのいとことか弟とでも紹介され、行動を共にさせられるのだろうか?
「クーヤ、よくわかってるじゃない。そうするつもりよ」
 僕が冗談でシエラに鎌をかけてみたらこともなげに彼女は言い放った。これもシエラなりの復讐の一部に違いなかった。いとこ、兄弟として紹介された人物が実は恋人だったり、旦那だったりというのはフィリピンではよくある話。僕は改めて怖いなと思った。
 シエラはフィリピン人の彼氏にはどこかで埋め合わせするのだろうが、いつどうやってするのか、興味はあったが本人を隣にしてそこまで聞くことはできなかった。
(つづきは次回に)
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by webmag-c | 2006-10-10 15:49 | シエラ6 スポンサーと恋人