「ほっ」と。キャンペーン
「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者白野慎也が追う渾身のノンフィクション
フィリピン人エンターテイナーの入国が、厳しく抑えられるようになって1年余り。
全国のフィリピンパブが、どんどん消えつつある。
歌に、踊りに、ショーに、つかの間の癒しを与えてくれた天使たちは今どこで、何をしているのだろうか? 
「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者・白野慎也が、フィリピーナの“その後の人生”を追いかける、衝撃のレポート。
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気になる三角関係(リセル最終回)
★「候補者」の二人
 リセルは強い結婚願望を口にしていたが、現在の彼女の恋愛生活はどうなっているのか、きちんと聞いていなかった。素敵な出会いとその延長の結婚とトントン拍子にことが運べば、彼女も普通の主婦として再出発できる。
「そう言えば、君の現在の恋愛生活を聞いてなかったんだけど、誰かめぼしい恋人候補はいるの? タイプだったから身を任せた最初のお客のSさんとか……」
「Sさんも候補者の一人ね。Sさんは2ヶ月に一度はフィリピンに来てそのたびに私を連れ出してくれるわ。Sさんが私でもいいって言ってくれればうれしいわね。Sさんはね、さっき言った通り会社員なんだけど、スケジュールをやりくりして毎月二泊三日の日程で私に会いに来てくれるのよ」
 なるほど、Sさんもかなり本気でリセルに入れ込んでいるようだ。僕が大きくうなずきながら聞いていると彼女はさらに続けた。
「でもね、クーヤ、もう一人候補者がいるのよ。昔の日本でのお客さんでね。さっき話した建設会社の社長のNさん、覚えてる?」
 僕は少しびっくりした。なぜなら、このNさんを取り合って、結局古株のタレントに奪われてしまって終わっていたと思ったからだ。リセルはうれしそうにNさんのことを話し始めた。
「私が日本から帰って2ヶ月後にNさんから電話があったの。『君が俺のことを本当は大嫌いだとか、俺に付きまとわれたくないから君が3ヶ月でフィリピンに帰ることになったって店の女の子とたちに聞いてたから身を引いたんだけど、最後に一度だけ君の口から確かめたくて電話したんだ。しつこかったらごめんな』だって」
「それは事実と大違いだね。それで君はNさんにきちんと本当の事情を説明したんだね」
「ええ。焼きもちを焼いたキャシーにいじめられてお店を追い出されるように帰国したこと、Nさんが私のタイプなことも話したわ。そうしたらNさんはその数日後に初めてフィリピンに来てくれたの」
 Nさんの初来比の日、リセルは、英語もタガログ語もまったくできないNさんをマニラ国際空港まで迎えに行き、Nさんが日本で予約していたホテルに同行。今の暮らしや家族のことから何から何まですべてを包み隠さず話したのだという。
「Nさんは、『そんなこと気にするなよ。今の君が好きだ。結婚したい』って言われて、すぐに結ばれちゃったの」
「プロポーズされたんだ。それですぐにOKしちゃったの?」
「いいえ、私の気持ちもさっきクーヤが私に言ったのと同じ。クーヤがシャロンと私の二人を同時に好きになったように、私の心の中にはNさんとSさんの二人がいるの」
 なるほど。それで彼女はどう決断するのだろうか?
「NさんにもSさんにも、私はもう一人好きな人がいるって正直に言ったわ」
 僕はまた驚いた。そしてうれしかった。売春という絶対悪の世界まで堕ちたリセルだが、二人の日本人の好意を逆手にとって金づるにしようとしないあたり、彼女はまだ汚れていないと確信できたからだ。僕はまたここで、おせっかい癖が出てNさんとSさんが今現在独身なのかどうか確認をさせてもらった。
 Nさんは50歳の建設会社社長で結婚経験のない本当の独身、Sさんは世界的に有名な家電メーカーに勤務する55歳のサラリーマンで、10年前に奥さんと死別。二人の子供たちも独立していて、フィリピン人女性との再婚に何の拒否反応も示していないということだった。

★幸せを祈って
 実際に彼女の恋のお相手に会ったことがあるわけではないからわからないが、まずお相手は独身なのでその点だけは問題なさそうだ。あとはリセルがどちらを選ぶかというだけの問題にも見える。現在リセルはどちらとも決めかねているという。この三角関係の行く末が気にかかる。僕はただ旧友のリセルに最後に幸せをつかんでほしいだけだ。
 彼女がきちんとした形で結婚できれば、彼女がさっき口にしていたささやかな夢はすぐに実現できるだろう。
 しかし、彼女の結婚はそんなに生やさしいものではない。お父さんやその愛人たち・彼らの間にできた大勢の子供たちまで背負うとなると急に未来は暗くなる。どこまで面倒見るのか、つまり誰と誰を助けるかの線引きをはっきりさせなければならない。さもないと、彼らに経済的支援を求められて身動きが取れなくなってしまうことは目に見えている。その一方で彼女が笑顔で赤ん坊をあやす姿も脳裏をかすめる。リセルの将来のことを考えて僕は彼女を置き去りにして物思いにふけってしまった。
「どうしたの? クーヤ!!」
 と言われて僕はわれに返った。
「シャロンのことでも考えてたんじゃない?」
 リセルがぜんぜん見当違いのことを言った。シャロンか?! 懐かしい名前だ。彼女は今日本に暮らしながら、日本人の夫の支援を受けて故郷ダバオでレストランを始め、営業は家族に任せているらしい。『また、後手を踏んでしまったな』と僕は苦笑いをしながらもうれしさで一杯だった。それにしてもいつもいい人で終わってしまう自分が改めてふがいなかった。僕は、
「君の将来のことを考えていたんだよ」
 と言った。リセルは何とも言えない微妙な笑顔を浮かべた。

 また、僕の物思いで会話が途切れた。気がつくとリセルがついさっきまで腰掛けていたベッドで横になってすやすやと寝息を立てている。連日の仕事の疲れがたまっているのだろう。耳を澄ますと吐息が一定にリズムを刻んでいる。
 リセルのたどった道のりは決してほめられたものではない。でも僕は、根っからの悪人でもなければ、根っからの売春婦でもない旧友にある種の共感のような気持ちを感じていた。
 約束の1時間半をはるかにオーバーして3時間もインタビューにつき合わせてしまった。
 僕は用意していた封筒に、約束のインタビュー代の500ペソではなく、彼女の通常のショートタイム料金1500ペソを入れた。しかしそれだけでは足りない。彼女に僕の今の思いを伝えたかった。僕はいつも携帯していたノートを1ページ破り、そこに『今日はどうもありがとう。しばらくぶりに会えてうれしかったよ。自分を責めないで。自分を恥じないで。僕は君の生き方を支持するよ。本当に好きな人と結ばれるといいね。体を大切にね。君の幸せをいつも祈ってるよ』と書いて、封筒の中に入れ、その封筒を眠り込んだ彼女の手のひらにそっと握らせた。
 そして彼女を起こさないようにボタン式の部屋のドアをそっと閉め、鍵がかかっているか確認して部屋を後にした。その安宿を出て振り返ってみた。そのたたずまいは、彼女の仕事場の喧騒と混沌と比べてすべてが地味でひっそりと静かだった。リセルのこれからの人生も喧騒と混沌ではなく、ひっそりと波風の立たないものであるように祈りながら、すっかり日の落ちたエルミタの人込みの中に僕は吸い込まれていった。


(リセルの章終わり)

今年もこれで最後の更新です。いつもご愛読いただき、ありがとうございます。
次回は、著者白野氏より読者の皆様への新春メッセージを掲載いたします。
お楽しみに。
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by webmag-c | 2006-12-30 17:58 | リセル9 気になる三角関係
懺悔と将来設計(リセル第8回)
★良心の痛み
 普通の素朴なフィリピーナだった彼女がホステスにまでなり、どんな心の痛みを感じているのかも知りたかった。フィリピーナとしての伝統的な性のモラルを持っている彼女だけに、現実の仕事と良心の間で強烈な心の葛藤があるに違いない。
「仕事をしている時は、考えないようにしてるけど、自分がとんでもない罪を犯しているっていう意識はいつも心の片隅から離れないわ。やっぱり私の心が弱いからこんな仕事をしてるんだと思う。だってどんなに貧しくても絶対売春なんかしない女の子だってたくさんいるんだから。自分で自分をいつも責めてるわ。だから私もエステラも毎週日曜日の朝は必ずバクララン教会のミサに出て、その後は自分たちの罪を懺悔(ざんげ)してるわ。どんなに疲れていても週1回のミサの参加と懺悔は欠かしたことがないの。それから私の仕事についてはお母さんたちにはジャパニーズ・カラオケで働いてるってうそをついてるわ。お母さんは『日本人はみんな大金持ち』だと思ってるから私の言葉を信じきってるの。もしこの仕事がバレたら、お母さんは自殺しちゃうかもしれない」
 うなだれる彼女を見つめながら、僕は彼女たちも重い十字架を背負ってこの肉体労働をしているんだなあと改めて思った。顔を上げると、彼女の目は涙で潤んでいた。そして絞り出すような声で言った。
「本当に好きな人ができたら、この仕事絶対にやめるわ」
 僕はその言葉にうそはないと思った。

★将来に向かって
 昔なじみ、しかもちょっと色っぽい関係になりかかった女性との再会ということもあって話はあっちこっちに脱線し、時計に目をやると、インタビューは約束の1時間半をとっくに過ぎ、3時間に迫ろうとしていた。彼女の将来への夢に関する質問をして早く仕事場に戻してあげなければならない。僕は最後の質問を彼女に投げかけた。
「今の境遇では考えにくいかもしれないけど、君の将来の夢を聞かせてくれないかい?」
 リセルは幸せの青い鳥を追うように一瞬遠くを見つめた後、おもむろに話し始めた。
「ともかく信頼できて心から愛せる男性と結婚して自分の家族を持ちたいわ。でもフィリピン人は絶対いや。私のお父さんの話でわかってもらえたと思うけど、フィリピン人の男はみんな浮気者で、一人の女じゃ満足しないのよ。それに怠け者でしょ。私は結婚するなら、信頼できてフィーリングが合って働き者の日本人男性が絶対いいわ」
 フィリピン人男性の肩を持つわけではないが、フィリピン人男性だって一途な人はたくさんいるし、日本人男性だってパロパロ男や怠け者は数え切れないほどいる。実際リセルだって日本でタレント時代にパロパロ日本人男の被害に何度もあっているはずなのだが……僕はあえて彼女の言葉の矛盾を指摘することもなく、黙って聞いていた。
 ただ、家族が崩壊せずにいつもひとつにまとまって衣食住が足りた生活を送れるためには生活基盤がしっかりしていなければならないし、そのための具体的なプランがなければならない。もしかしたら自分の妻になっていたかもしれない人だからこそ、友だちとして彼女の将来設計も聞いておきたいところだ。
「結婚してもちゃんとした経済的な基盤がなければ、家族は崩壊してしまうよね。君は家族がきちんと暮らしていけるようなビジネスプランとかはもうちゃんと持ってるの?」
「ええ、クーヤ。今、お母さんたちが住んでる家は仮の住まいだと思ってるわ。あの変態男が私に飽きたら、私の家族をみんな追い出すでしょうね。だから私はまず、本当の家族のための家がほしいわ。本当の家族ってお母さんと本当の妹二人のことよ。この予算が50万ペソ。それからまずそこで小さなサリサリを始めたいの。その予算が5万ペソ」
 リセルは僕の予想に反してある程度具体的なプランを持っていた。

 当面の貧しさからの逃避のため、仲間に誘われる形で、カラオケというまだまっとうな仕事の枠を踏み越えて売春の世界に足を踏み入れたほかの女の子たち同様、リセル本人が言っていたように、売春を絶対容認しない女の子たちに比べて彼女自身の性のモラルがゆるいという感は否めない。以前インタビューしたローナのようにどんなに生活が苦しくてもカラオケだけでがんばっている女の子だってたくさんいるのだ。そんな女の子たちから見れば一線を超えてしまったリセルの行動は非難されるべきものなのかもしれない。しかし、今の僕にはリセルを責めるような気持ちはまったく起こらない。
 今回の一連の取材を通じて売春はこの国にとって必要悪なのだと強く感じたからだ。きれいごとではすまない、生きるか死ぬかの瀬戸際の生活で、女であることを売り物にするしか生きる道がない女性がこの国にはたくさんいるのだ。
 その行為を非難するなら、命を投げ打つ覚悟で売春のないフィリピンの政治・社会変革活動に身を投じるか、売春せざるを得ない女性たちにまっとうな仕事の機会を作ってあげてからにするべきだろう。それができなければ、彼女たちを非難する資格はない。非難は単なる弱者いじめだ。
 僕自身は、日本国籍を捨て、フィリピンに帰化してフィリピンの政治の世界に深く踏み込んで命がけで社会の変革に取り組むまでの覚悟はまだできていないし、売春せざるを得ない女性たちに仕事の機会を提供するようなビジネスを手がける才能も財力もない。そう思うとなんとも歯がゆい思いで一杯になる。

(次回、リセルの最終回です)
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by webmag-c | 2006-12-28 18:15 | リセル8 懺悔と将来設計
困った客(リセル第7回)
★アブノーマルな日本人
 ノーマルな嗜好のホステスが、アブノーマルな客に悩まされるのはよくわかる。しかしリセルにつきまとう困った客とはどんな客なのだろう?
「困った客ってどんな人なの?」
 リセルは険しい表情のまま、イライラしたような口調で答えた。
「まだ、私がLAでの仕事を始めて間もない2番目のお客でHって言う人なの。60歳で日本の大企業を定年したばかりで、奥さんにはちょっと前に死に別れて今は独身らしいの。第一印象は温厚な初老の紳士でいい人だと思ったの。しかも1日15000ペソで3日間お願いしたいって言うの。始めはラッキーだと思ったの。でも実際には、セックスがすごく強くて最初の晩に5回もされたわ」
 すごいスタミナだ。EDに悩む男性たちがうらやむことだろう。僕はその驚きを素直に表現した。
「60歳で1晩5回って、そんな話聞いたことないな。それで君は疲れて困ったっていうこと?」
 と僕がリセルの困った理由を総括しようとしたら、彼女は首を横に振りながら言った。「それだけじゃないの。一晩に5回っていう異常なスタミナにもついていけなくて苦労したけど、もっと大変だったのはHがサディストだったことよ。初日は小さめのバイブレーターをちょっと使うだけで許してくれたからまだ我慢できたわ。でも2日目・3日目になると、エスカレートしてきて、最後の晩は、四つんばいの体制でベッドに手錠で両手をつながれて、体をロープで縛られて身動きできないようにして、体をむちでたたかれて、二つの穴は彼自身と、ものすごく太くて長いバイブレイターでふさがれて、痛いし、恥ずかしいし、最悪だったわ」
 60歳の絶倫サド男、僕も聞いているだけで気分が悪くなってきた。そんな気持ちの悪い男となぜ縁が切れないのだろうか?

★縁を切れない理由
「それでもその絶倫サド男とは縁を切れないんだよね」
「そうなのよ。3日間彼が滞在しているホテルに滞在したんだけど、3日目にいっしょにハリソンプラザ(マニラ市南部の大きなショッピングモール)に買い物に行ったの。通路で不動産屋さんが建売住宅の模型を置いて物件紹介をしてたの。Hが『僕らの家を買おう。どれがいい?』って聞くから、130万ペソの家を指さして『これがいいわ』って言ったら、『じゃ買ってあげるから引越しの準備しておいて』って言うのよ。『なに冗談言ってるの!!』って私は思わず笑っちゃったわ。
 地獄のような3日間が終わって、Hがレンタルしてた車で私の家まで送ってくれるって言うんで、彼に家の場所を知られるのはいやだったけど、私がLAで仕事をしていることは家族の誰にも言わないって約束させて、送ってもらったの。家に着くと、Hは片言の英語でお母さんやお父さんといろいろ話してたけど、私はもう疲れ果ててすぐに空いてたベッドで眠り込んじゃったわ。Hと過ごした3日間の後は体中痛いし、気持ちは悪いし、思い出すのも虫唾が走る、おぞましい経験で仕事をやめようかとも思ったの。
 そんな矢先にね、Hと別れてから1週間後くらいかしら、『お前がほしいって言ってた家を買ったぞ』って電話がかかってきたの。それでも半信半疑だったわ。彼とは二度と会いたくなかったんだけど、本当に買ったのかどうか確かめたくてLAで待ち合わせて、彼のレンタルしていたワゴン車に乗ったの。車に乗って1時間。模型で見たとおりの家が目の前に現れたわ。その時もしかしたら本当にこの人、本当にこの家を買ったのかしらと思い始めたけど、それでもまだ完全には信じていなかったの」
「じゃ、本当に買ったんだと信じたのはいつ?」
「Hといっしょにその家に入ったら何と私の家族が全員、その家に引っ越してたのよ」
「えーっ、ということは……」
「私がHに昔の家まで送ってもらった時に、両親はHに、私と彼が結婚を前提にして付き合ってて、愛の証として家を買ったからすぐに引越するんで引越しの準備をするように言われてたんだって。それでその時に『リセルを驚かせたいから、彼女は最後に家に連れてくる』って家族に説明してたらしいの。私を新しい家に連れて行く前に家族全員を先に引越しさせてたってわけ」
「でも、さっと130万ペソの家を買って、家族のことまでそんなに気を配ってるなんて、Hという人は相当君のことが好きみたいだね」
 僕は尋常ではないH氏の行動にリセルへの並々ならぬ入れ込みを感じた。
「そうね。でもどんなに気に入られても私はやっぱり変態男は嫌い。一生いっしょなんてごめんだわ。お金のために彼の変態的な性行為に3日間だけ耐えたけど、限界よ。両親も兄弟もこれだけ愛されてるんだから結婚してあげてもいいんじゃないってしつこく私を説得しようとしたわ。Hと私が結婚すれば一家の暮らしがよくなるのは目に見えてたから。でもやっぱり私は自分が愛する人と結婚したいの」
 なるほど、もっともだ。僕はリセルの言葉に『体は売っても心は売らない』という意地と、彼女の純粋さを感じた。
「それで今、その家はどうなってるの? 外国人は家の建物は買えても土地は買えないはずなんだけど、Hさんの買った土地の名義人は誰なの?」
 僕は素朴な疑問を彼女に投げかけた。
「家族はずっと住んでるけど、私は一度も帰っていないわ。いつもHが私の家族と一緒に暮らしているし、時々日本に帰ったかと思うとまたふらっとやってくるから顔を合わせたくないの。名義のことは興味がなくて聞いてないからわからないわ」
「そうか、なるほどねえ」
 虫唾が走るような変態男が待っていたんでは家族がそろっていても家に帰りたくはないだろう。またHが買った家など彼女にとっては、自分の家じゃないのだから誰のものであろうと興味がないのも無理もないことだ。

 変態男H氏の大判振る舞いでリセルの家族は当面、家賃の負担をしなくてすむ。食費や光熱費などの負担もない。リセルの家族の面倒を見るのは自分の責任ということで、Hが彼女の家族の生活費すべてを自分のふところから出しているというのだ。
 しかし、Hがリセルをあきらめた時、Hはリセルの家族を家からたたき出し、家族はまた貧乏暮らしに逆戻りすることをリセルは知っている。だから家族の生活費をHが出している時も、彼が日本にいて生活費までは出してくれない時も、毎月毎月せっせと母親宛てに仕送りしているのだ。
 父親と完全に家庭内離婚状態の母親は、リセルと自分の二人の娘という自分にとっての本当の家族のため、仕送りをしっかり貯金しているという。
 現在、リセルの最大の願いは、精力絶倫の変態男H氏がさっさといなくなってくれることだ。
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by webmag-c | 2006-12-25 22:25 | リセル7 困った客
父の公然の浮気(リセル第6回)
★出費も大きい今の暮らし
「稼ぎも大きいけど出費も多くて何とか食べてるっていう感じ」
 僕がリセルの今の暮らしぶりに話を向けたときの第一声だ。
「1ヶ月、ほとんど毎日LAに出入りしてお客さんが取れるのは月7日か8日くらい。近くのホテルについていって話をするだけっていうお客さんから、オールナイトでフルサービスのお客さんまでいろいろよ」
 彼女は肝心なことを中々言ってくれない。僕は彼女の話をさえぎって聞いた。
「それで1ヶ月平均で、どれくらいの稼ぎになるの?」
 彼女はかばんから小さなノートを取り出して計算を始めた。チラッとのぞき込むとそこには日付と金額が書いてある。彼女の売上帳と言ったところか? 先月は8人のお客さんで25300ペソねえ。他の月も大体それくらいだと思うわ」
 こともなげに彼女は言ったがこれは相当すごい額だ。円換算で約58,000円。最後の来日時の給料550米ドルとほぼ同額だ。これだけ稼いでいるのに日々の暮らしに苦労していると言うのが不思議だった。
 そこには彼女の複雑な家庭事情があった。

 リセルは1979年、ダバオで3人姉妹の長女として生まれた。6歳の時に父親の仕事のため、マニラの南西部に隣接するカビテ州に移り住んだ。父親は腕のいい電気工事師でリセルの幼少時には貧しいながら家族仲良く、食にも困らない暮らしを送っていた。そんな暮らしが狂い始めたのは母親が3番目の子供を出産してから体調を崩して家で寝込みがちになってからだった。
 父親は自分の性生活の相手はもちろん、家事すらも満足にこなせなくなったお母さんをあっさり見限り、潜在的に持っていた浮気癖を一挙に開花させた。母親を子供部屋に追いやり、夜な夜な違う女性を家に連れ帰り、床をともにするようになった。父親の公然の浮気は当然副産物をもたらした。父親の愛人たちは次々と妊娠・出産。狭い家は子供であふれかえった。家はいつも、争いと混乱にあふれ、リセルにとっては決して安らぎの場所ではなくなった。

 父親は家にろくに家にお金も入れなくなり、リセルたち母子の暮らしは急に逼迫しだしたのだった。リセルが小学校を卒業する頃からは食事も1日1~2回になり、何とか高校に進学しても、父親は勉強に必要な文房具代や通学ための交通費すらも出してくれなくなって、彼女は2年生半ばで高校を中退することになった。近所の雑貨店の店番をしながらお母さんを手伝って家事をするだけの日々が何年も続いた。まともな就職をしたくても高校中退ではまったくチャンスがなかった。
 そんな生活に転機が訪れたのは、近所で日本に出稼ぎに行った娘が帰国して、御殿のような素晴らしい家を建て、急に彼らの暮らしぶりがよくなったことだった。リセルはすぐにそのジャパユキにプロモーションを紹介してもらった。22歳の時、2001年のことだった。
 紹介してもらったプロモーションのオーディションを受け、すぐにプロモーションの所属のダンサーになった。そしてマカティ市内のローカルなカラオケなどでの実地訓練とプロモーション事務所でのダンサーとしての訓練など、3年間の時を経て彼女のジャパン・ドリームは、ようやく序章の幕開けとなったのだった。

「私、兄弟が何人いるかわからないのよ。本当の兄弟は3人だけど、お父さんが外で作った兄弟は数え切れないわ。今、『家には14人が暮らしてる』って一番下の妹がこの前あった時に言ってたわ。でもともかくこの家族を助けるために私が何とかしなきゃいけないと思って行動を起こしたの」
 彼女は運命とあきらめているのか淡々と語った。しかし、そこには長女としての責任感がしっかりと感じられた。それでも実際、そんなに大勢の家族(?)を彼女一人できちんと養っていかれているのだろうか? 僕は疑問をストレートに彼女にぶつけた。
「君一人で、彼らを養えてるの?」
「うーん、できるだけのことはしてるわ。でも養えてるのかどうか、わからない。私たちが住んでいるホテル代1ヶ月 15000ペソのうち、私の払い分5000ペソ、それから洋服代とか、化粧品代、食費、性病検査とか性器洗浄とかの病院代を残してあとは全部、月に15000ペソくらいはお母さんに送ってるわ。でもそれでも足りてないみたいね」
 彼女は、必ずしも助ける必要のないかもしれない擬似家族まで抱え込んで文字通り体を張った必死の努力をしているのがよくわかった。この国では売春は絶対悪だ。しかしここまで聞いてしまっては、僕は彼女を心の中で支援しないわけには行かなかった。

★リセルの仕事・ホステスの愛
 僕はここで彼女の一日の流れを聞いた。仕事はハードでも時間の流れは平坦なものだった。
 前日にお客がつかなかった時は午後2時頃に起きてまずシャワーを浴びる。それからルームメイトといっしょに午後3時ごろ近くの簡易食堂で昼食。そして部屋に戻ってテレビを見たり、ルームメイトと話をしたりして午後6時頃まで時間をつぶす。そして午後6時頃、また近くの簡易食堂で夕食。それから部屋に戻って入れ替わり立ち代りシャワーを浴びるのが7時頃、ゆっくりと着替え、念入りにメイクアップして午後8時ごろにLAに入店する。それから翌朝6時くらいまでお客を求めて店で待機する、といった具合だ。
 お客がついた時は、ケース・バイ・ケースだ。

 ここでリセルの仕事振りやセックス・ワーカーといわれる女性たちの具体的な仕事ぶりについて少し掘り下げて聞いてみた。
「もうかれこれ9ヶ月も仕事してるわけだけと、君のスペシャルサービスは?」
「クーヤったら。恥ずかしいわ」
 彼女は一瞬はにかんだあと、言葉を続けた。
「特別なサービスなんてないけど、私のお客さんは日本人だけだから、日本人が喜んでくれるサービスを心がけてるわ」
「日本人が喜ぶサービスって」
「恋人みたいな雰囲気を作ることね。言葉とかしぐさとか」
 なるほど、日本人はセックスに関してはロマンティスト、欧米人は野獣的とよく聞くが彼女のサービスの基本も的を得ているようだ。リセルは自分のサービスについてさらに続けた。
「あと、アブノーマルなことは除いてお客さんが望むことは何でもするわ」
「何でもってたとえば?」
 彼女はうつむいて恥ずかしそうに顔を真っ赤にして話し始めた。
「いろいろなポジションとか、フェラチオとか、それからコスチュームプレイとか。日本の高校生の制服を着せられたりしたけど、私がお客さんのリクエスト通りにするとみんなすごく喜んでくれた。それくらいはもう慣れたわ。ただ、ものすごく太くて長いバイブレイターとか、ロープとかろうそくとか、ムチとか、そういうのはもう勘弁してほしいわ」
 彼女は昨日の悪夢を思い出すように顔をゆがめて話した。
「やっぱり、そういう趣味のお客もいるんだね」
「いるのよ。でもたった一人だけだったけどね。ほとんどがノーマルな問題のないお客さんよ。その変態趣味のお客さんには今も付きまとわれて困ってるわ」
 彼女の眉間のしわがどんどん深くなっていった。
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by webmag-c | 2006-12-23 22:15 | リセル6 父の公然の浮気
帰国、そしてLAへ(リセル第5回)
★観光ガイドの仕事
 最後の来日から帰国すると、リセルの持ち帰ったお金はほんの2、3日でなくなってしまった。家族が生活費のためにしていた借金の返済を済ませたらもう一文無し。家族で仕事を持っているのは彼女だけだから、家族を養っていくためには、帰国直後の出稼ぎ疲れを取り除くために休むまもなく、すぐに就職しなければならない。そして最後の来日で知り合った親友エステラが勤めているジャパニーズ・カラオケにすぐに就職した。
『もうカラオケはごめんだわ』なんてわがままは言ってはいられない。働き始めて3日目に付いたお客に気に入られ、『夜の付き合いはなし』という条件でマニラの旅行ガイドの話を持ちかけられ、1日2000ペソで請け負い、それがリセルにとっての大きな転機となった。旅行ガイドは意外とおいしい仕事かもしれない。日給250ペソのジャパニーズカラオケで耐え忍んで働くよりも、ガイドで大きく稼いだ方がいいではないかと思ったのである。そんな話をエステラにしたところ、『夜の付き合いの方が旅行ガイドよりもお客を探すのも簡単だし、お金になるわよ』と言われた。確かにエステラのいう通りかもしれない。しかしリセルはまだそこまでふん切れなかった。
 いずれにせよ、ジャパニーズ・カラオケは日本に行きたくても行かれない元ジャパユキと、田舎から出てきたばかりのジャパユキ志願の若いフィリピーナであふれ帰り、お客を獲得すること自体が熾烈だった。それに指名や同伴がなければ給料はどんどん減っていく。勤めて2週間、もう二人にはカラオケにとどまって日銭を稼ぐ理由はなかった。リセルはエステラを追うように、カラオケをやめ、LAデビューを果たした。もともとゴーゴーバーが集合しているエドサ・コンプレックスでダンサーをしていたエステラにしてみればLAで肉体営業することなど古巣に戻るようなものでたいしたことではなかったが、売春経験のないリセルは、はじめはホステス(最後までお相手する女性の呼び名)ではなく、あくまでガイドとして最後までのお付き合いまではしない方針で仕事を始めた。
 実際、LAデビューした初日からエステラはオールナイトで5000ペソの客を釣り上げた。しかし、ガイドが限度とこだわるリセルには中々客がつかなかった。初めてリセルに客が着いたのは、LAに通い始めて1週間後。ドライバーつきでレンタカーを借り切った日本人観光客にマニラの名所を案内することになったのだ。しかし、イントラムロス、ルネタ公園、マニラ湾クルーズ、マニラ動物園、シュー・マートでのショッピングなどお決まりの観光を終えると、温厚な初老紳士のSさんは、
「今日はありがとう。楽しかったよ」
 と言って約束の2000ペソに500ペソ上乗せして2500ペソくれた。しかし、喜んだのもつかの間、リセルはSさんから恐れていた申し出を受けることになる。
「君がすっかり好きになった。観光は終わったけど、今晩このまま朝まで付き合ってくれないか。さらに5000ペソ払うよ」
 リセルは一瞬考えてすぐにSさんの誘いに乗った。
「Sさんがタイプだったこともあるわ。でも結局5000ペソの誘惑に負けたの。それが私の本当の意味でのLAデビューよ。それから1週間に二人くらいの頻度でお客さんが取れるようになったわ。ショートタイム(3時間以内)が1500ペソ、オーバーナイト(6時間~9時間)で3000~5000ペソが私の相場よ。お客さんは日本人だけって決めてるの。気持ちもよく分かり合えるし、アブノーマルな人も少ないし、気前はいいしね」
 そんな話をしていると、ルームメイトのエステラが帰ってきた。

★大金を稼げる仕事
「こんにちは。クーヤ。私のこと覚えてる?」
「あー、覚えてるよ。LAカフェの入り口で立ってるのを何度か見たことがあるよ」
 170㎝を超える長身。スペイン系の血の混じった鼻筋の通った少し野性的で精悍な顔立ち。紺のタイトなストレート・ジーンズに包まれた長い足。黒くつややかな黒髪。けだるそうにタバコをくゆらせたかと思うと、さりげなく足元に投げ捨て、ブーツのヒールで踏み消すプロの娼婦の風格を感じさせる彼女がLAカフェの入り口にたたずむ姿は、ひときわ印象的な光景として瞳の奥に焼き付いていた。文句のつけようのないいい女だった。
「君がエステラだね。よくLAの入り口で見かけたよ。本当かっこいい女性だなと思っていつも見てたよ」
 お世辞のつもりではなく、彼女の印象をそのまま本人に伝えただけだった。
「ありがとう。ボラボラ(ゴマすり)上手ね。クーヤは覚えていないかもしれないかもしれないけど、埼玉のお店でも私たち会ってるのよ。私は覚えているのに、クーヤは冷たいわね」
 と言いながらもエステラはうれしそうに微笑んでいた。そして、
「ごめんなさいね。今インタビュー中なのよね。じゃあ、私は先に仕事行くから。さよなら」
 僕は日本帰りのホステスの出勤を、彼女たちの寝ぐらである薄汚いホテルの一室から見送った。
 エステラは、年齢こそ23歳とリセルより3つ若いが来日前からエドサ・コンプレックスでゴーゴーダンサーとしてバリバリ肉体営業していただけあってさすがに風格があるなと思った。

 エステラの突然の帰宅で話がちょっと中断してしまったが、僕はなぜ普通の女の子リセルが売春婦になってしまったのか、自分なりに総括しておきたかった。ここで彼女にはちょっと酷な質問をした。
「リセル。結局君は何でホステス(売春婦)になってしまったんだと思う?」
 この質問を聞いた瞬間彼女の瞳はひときわ大きく開き、ほほが紅潮して痙攣しているのがわかった。『やはりここまで聞いてはいけなかったのだろうか?』と思い始めた時、彼女は気を取り直したように穏やかな表情に戻って淡々と話し始めた。
「私の心が弱かったの。それにほんのわずかの給料のためにせっせと地道に働くより、簡単に大金が稼げる仕事を選んでしまったのよ。私の大きな罪よ」
 より簡単に大金を手にする方法という分析は十分に説得力のあるものに思えた。
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by webmag-c | 2006-12-20 22:24 | リセル5 帰国、そしてLAへ
日本でのタレント時代(リセル第4回)
★シャロンのその後
「クーヤはシャロンが好きだったでしょう? シャロンはね。2回目の来日で出会ったお客さんと恋に落ちて、結婚して今日本に住んでいるはずよ」
 インタビューを始めようと思った矢先、出鼻をくじかれてしまった。そう、僕は機会があれば、いや、そういう機会を作ってシャロンに求愛したいと思っていたので、シャロン結婚の事実を急に突きつけられたことは喜びでもあり、ちょっとショックでもあった。
「クーヤがいけないのよ。私に気を使って、シャロンにアタックしないから、こんなことになっちゃって。私たち初めて千葉の最初のお店で会った時からクーヤが好きで、シャロンもクーヤから求愛されるのを待ってたのよ」
 終わってしまったことをどうこう言っても仕方ないが、僕はリセルの話を聞きながらちょっと惜しいことをしたなあと思っていた。それにしてもリセルも僕に好意を持ってくれていたとはありがたいことだ。
 もし僕がリセルに求愛していたとすればあっさりカップル誕生で、今頃、彼女は自分の妻として僕の姓を名乗っているかもしれないと思うと、なんとも不思議な人生のめぐり合わせを感じずに入られなかった。しかし、実際には生まれついての優柔不断さから、僕はどちらにも求愛することもなく、結局二人と僕の間には何の恋愛物語も起こらなかった。
「クーヤ、ごめんね。私ばっかり話しちゃって。インタビュー始めてね」
 彼女に主導権をとられてヨレヨレのスタートになってしまったが、旧友へのインタビューの始まりにはこれくらいのイントロは必要だったのかもしれない。

★初めての体験
 僕がまず興味があったのは、うぶな彼女がなぜ売春婦に変貌して行ったかだ。
 タレント時代にも彼女の中に変化が起こっていたに違いない。僕は彼女の中の変化についてかなり直接的に聞いてみた。
「君と初めて会った時は、おどおどして男慣れしていないことはすぐわかったよ。でも今は世界に名の知れたLAカフェに出入りするホステスだ。その間には君の中で心境の変化とか、男性経験を積んだとかいろいろな変化があったと思うんだけど、タレント時代、僕たちが会わなくなってから君にどんな変化があったの?」
 ちょっとストレートすぎたかなあ、と思いつつ僕は少しおどおどしながら彼女の返事を待った。売春婦と言わず、ホステスと言う言葉を使ったが、フィリピンではホステスは単なる酔客の話し相手だけでなく、最後までお供するパートナー、つまり売春婦と実態はほとんど変わりないのだが、僕はどうしても彼女を売春婦とは呼びたくなかったのだ。
 僕の質問を頭の中で繰り返してからリセルは答えた。
「初めて日本に行った時は、男の人に接するだけで体がガタガタ震えるほど怖かったの。私もシャロンも生涯たった一人の彼氏もいたことがなくて……私たち二人ともクーヤに会った時はバージンだったのよ。でもある時『結婚を前提に付き合おう』って言うお客さんと初体験してから私は変わって行ったの。シャロンはそのまま初めての彼と結婚できたんだけど、私の初めての彼氏は遊び人で……後悔したけど仕方がないわね」

 二人が恋愛には奥手で、男性経験はほとんどないとは思っていたが、二人ともバージンだったとはちょっと驚きだった。と言うのは僕らが出会った当時、シャロンもリセルもともに見かけは若々しかったが、24歳とそこそこいい年齢だったからだ。でもさすがダバオ出身の女性は違うなとも思った。カトリックの教えに基づく伝統的な性規範『処女性というものは将来の夫にささげる最高の贈り物』を二人とも守っていたからだ。もちろん現代のフィリピンでは、こうした性意識は、マニラなどの大都市部を中心に急速に崩れてきており、「セックスは恋愛の一部」とか「セックスはゲーム」と考える若いフィリピーナも急速に増えてきている。しかしその一方で、地方部には伝統的な「セックスは神聖なもの」という性意識を固持している『フィリピン撫子』とでも言うような若いフィリピーナがたくさんいる。
 シャロンは結局2回目の来日時にお店で知り合った初恋の人である日本人の建設労働者とめでたく結婚。
 僕がフィリピーナの性に対する意識に思いをはせている時、リセルは過去の傷心の恋愛を振り返っていたようだ。古傷を掘り起こすようで申し訳なかったがあえて聞いた。
「それで初めての愛につまづいてから君の恋愛関係はどうなっていったの?」
「シャロンに先を越されたから私も早く本当の恋人を見つけて結婚しようとあせっちゃったの。この人だと思う人に出会うと、すぐにのめり込んじゃって、すべてを捧げては相手にほかの女性がいることがわかって終わり、っていうことの繰り返しだった。性に対する考え方も変わったわ。愛して合っていればそうなるのが当たり前って思うようになったの」
「恋多き女に変身したって言うことかな? そしてその時から仕事のためにセックスもするようになったの」
 僕はちょっと意地悪な質問をした。
「恋多き女になったのは間違いないわ。でもクーヤ信じて。私、LAで仕事を始めるまで一度だってお金のためにそんなことをしたことはないわ。ただ好きな人と性的な体験を重ねるうちにだんだんそういうことに抵抗がなくなってきたのは間違いないわ」
 彼女の目は必死でかつ真実の輝きに満ちていた。
「君を信じるよ。君は決して悪いうそをつく人じゃない」
「ありがとう。クーヤ」

★3ヶ月で終わった2度目の来日
 いきなりプライベートでかなり重すぎる質問。僕はちょっと雰囲気を変えようとしてみた。
「タレント時代全体を振り返ってどう思う?」
 リセルはまた少し考えてから答えた。頭の中では2度の来日のいろいろなシーンが光のように駆け巡っているに違いない。
「いつも指名や同伴のプレッシャーが大きくてすごく苦労してたわ。ただ常連のお客さんができて、その人と恋人同士になってうまく行ってる時は楽しかったわ。でもね……」
 彼女が眉間にしわを寄せ、急に険しい表情になった。僕はしばらく彼女を見守っていた。リセルが重たい口を開いた。
「最後の来日でお客さんを取り合うトラブルがあったの。地元の建設会社の社長Nさんが私を気に入って毎日指名してくれて、いつも1万円のチップを置いてってくれたの。そのお客さんはもともとお店一番の古株キャシーのお客さんで、キャシーがものすごく焼きもちを焼いて『あんた私のお客を取ったわね。お店にいられないようにしてやるからね』って言われて……それからがひどかったのよ。キャシーはタレントのリーダーで店長の愛人だったから誰も口答えできなかった。ドレスにタバコの火で穴をあけられたり、持ち物を隠されたり、店長と共謀して同伴や指名のポイントを減らされたり、ともかくいろいろな嫌がらせを受けて……」
 リセルは急に口をつぐみ、唇を強くかみ締めたかと思うと、屈辱の日々をリアルに思い出したのかすすり泣き始めた。僕は大きく震える肩をそっと抱いて
「つらいことを思い出させて悪かったね。僕は君の味方だよ」
 となだめた。雰囲気を変えるはずの質問が彼女の別の古傷をさらに掘り返す結果になってしまった。
 客の少ないクラブでの羽振りのいい客の争奪戦。女同士の骨肉の戦い。その詳細に非常に興味があったが、これ以上は聞けなかった。ただ、人のいいリセルが折れて身を引いたことは容易に想像がついた。
「それで結局、お店にいづらくなって帰国を早めたの。2度目の来日は3ヵ月で帰ってきちゃった。サヨナラパーティで『サヨナラの向こう側』を歌っている時、これで私のジャパユキ人生を完全に終わりにしようと決心したの。うれしさと寂しさがこみ上げてきて涙が止まらなかったわ」
 改めてリセルにとってタレント時代って何だったんだろうと僕は思った。一言で言えば過去だ。まかり間違えばその時代に僕とリセルは結ばれていたかのしれなかった。シャロンともリセルとも恋のターゲットを決めかねていた僕は、結局二人ともいい友だちで終わってしまったのだけれども。
 いまさら何を言ってもしかたないのだが、僕はリセルにその当時の思いを告白しておきたい衝動に駆られた。告白の内容は、千葉のクラブで初対面の日、僕はリセルとシャロンの二人に同時に恋したことだった。僕はリセルの反応が見たかったのだ。
「私の人生が狂っちゃったのはクーヤのせいだわ。はっきり好きだといってくれれば私はすぐOKだったのに。シャロンに告白しても同じ結果だったわ。私たち二人は、初めて会ったときから、やさしくて思いやりがあって、話のわかるクーヤが大好きだったんだから」
 リセルの答えは予想通り。僕は満足と後悔の入り混じった気持ちで彼女の言葉を聞いていた。
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by webmag-c | 2006-12-18 19:03 | リセル4 日本でのタレント時代
「成長」していく妹たち(リセル第3回)
★二人を見守った日々
「クーヤ、キノウ アリガトネ マタキテネ マッテルヨ」
 店を訪ねた翌朝、二人から別々に電話があった。まともに付き合っていたらお金も時間も続かない。僕はかわいい妹たちのために週に1回だけ様子を見に店に通うことにした。毎週1回、電車を乗り継いでいそいそと片道2時間30分かけて彼女たちの店に足を運んだ。店に行く度に彼女たちは、少しずつだが日本語がうまくなり、タレントとして必要な気配りや仕事ができるようになっていった。それは僕にとってうれしくもある一方、彼女たちがだんだん日本に染まっていくようで悲しくもあり複雑な心境だった。
 自分としてはシャロンの方がよりタイプだったのだが、ルックスで見劣りして中々客がつかないリセルをメインで指名するようにシャロンに頼まれることも多く、そんな時はシャロンをヘルプで指名した。結局二人を交互にメイン指名・ヘルプ指名するのが常になっていた。駅から遠いこの店はいつもほとんど客がいなかった。初対面からほぼ1ヶ月が経過したある日、リセルから電話があった。
「オミセ クローズスルヨ ワタシト シャロン サイタマノ オミセ イクヨ……」
 やっぱり!! いつもあの客の入りではやっていかれないだろうとは思っていた。彼女たちは、今度は埼玉県内有数のフィリピン・パブの密集地帯で遊びなれたお客たちに鍛えられることになるのだなと思った。来日中の店の移動。明らかなフライング・ブッキングだ。
 フライング・ブッキングとは、タレントが足りない店と余っている店で、女の子を融通し合う一般的な手法だ。フィリピンパブなどは店の面積やテーブル数などによって勤務できるタレントや従業員の数が決められている。現状の人数で女の子が足りない店は、余っている店からその枠を買って雇い入れるわけである。この枠のやり取りは2004年当時、タレント一人1ヶ月につき5000円が相場だと聞いた。もちろん違法行為だが、実際には業界では常識のように頻繁に行われていた。
 埼玉県中部のフィリピンパブ密集地に店が移っても、僕は週1回のペースで彼女たちの仕事ぶりを見に彼女たちの新しい職場に足を運んだ。あっという間に二人との出会いから2ヶ月が過ぎた。彼女たちがタレントとしてひとり立ちしてきたなあ、と思い始めた頃だった。僕も仕事が猛烈に忙しくなり、また彼女たちも常連客ができたのか、電話がかかってくる回数も減って、いつしかお互いの連絡も途絶えた。便りのないのはよい知らせ。僕は、彼女たちがタレントとして成長していく過程であると前向きにうれしく思っていた。しかし、その一方で僕にとってはシャロンもリセルも機会を作ってきちんと求愛したい恋愛の対象であることに変わりはなかった。
『去るもの日々に疎(うと)し』ではないが、彼女たちの記憶がやや薄らいできた時、シャロンが怒ったような口調で電話をかけてきた。以前、二人が帰国する前にディズニーランドに行くと約束していてそれっきりになっていたのだった。
 2004年11月、シャロンとリセルと僕の3人はディズニーランドに行った。アトラクションを楽しめるように入場者の少ない平日の午前中を選んだ。埼玉県中部の彼女たちの寮まで迎えに行き、電車を乗り継ぎ、JR京葉線の舞浜駅へ。ディズニーランドに着くと、ほとんど一睡もしていない彼女たちは、眠気もどこへやら。憧れのミッキーマウスとの記念撮影や、今となっては刺激に乏しい、スペース・マウンテンやスプラッシュ・マウンテンなどの強いて言えば絶叫系のアトラクションなどにキャーキャー悲鳴を上げながら思いっきり楽しんでくれているようだった。シンデレラ城の前では3人で記念撮影もした。その反動で、帰りの電車の中ではミッキーマウスのぬいぐるみを二人仲良く抱きかかえて爆睡していた。その寝顔は何の汚れもない少女そのものだった。しかし、それが僕と彼女たちが日本でともに過ごした最後の時間となった。

★安宿の寝床で
「クーヤ ドシタノ?」
 リセルの一言が、また僕のタイムトラベルにピリオドを打った。さあ、インタビューを始めなくては。僕らの連絡が途絶えてから彼女たちに何があったのか、今日に至る道のりを是非聞きたい。

 それにしてもこのLAカフェという場所は特殊な空間だ。明るい入り口を抜けると、まずカウンターが目に飛び込んでくる。カウンター周りには小さなテーブルと小椅子が多数並べられ、カウンターの向こう側にはビリヤード台がある。カウンターを左手に見て奥に進むと、そこはエクステンション(延長)と呼ばれるスペースがある。1回のメインスペースとエクステンションの間に2回に通じる階段があり、階段を上って2回の左側はライブバンド・スペース、右側がテーブル席とビリヤード・スペースの言わばエクステンションと言うべきスペースの大きく4つのスペースに分かれている。
 この2階建て、4つの空間の中で、一晩のパートナーを求める男性客と一晩の、あるいはほんの一時の客を探す売春婦たちの濃厚な駆け引きが24時間、日々繰り広げられているのだ。パートナーを探す男性客のプロフィールもさまざま。韓国人・アメリカ人・日本人・ドイツ人・オーストラリア人・アラブ人・インド人・中国人など、国籍もさまざまなら、一夜妻を探す視線もギトギトして脂ぎったものから、スーパーや市場で果物を選ぶような真剣さの中にもクールでゆとりのある視線まで、人それぞれだ。男性も女性も選ぶ権利もあれば拒否する権利もある、とは言えしょせんここは人肉市場。あの気弱なリセルがここでどんな風に客を捕まえるのだろうかと思いは走る。
 いずれにせよ、この脂ぎった空気と、しのぎを削る人肉取引の喧騒の現場でのインタビューは無理だ。
「リセル。近くの静かな場所で話を聞かせてくれないかい?」
 僕が外に誘うと、
「じゃ、クーヤ、私たちが暮らしてるホテルに行きましょうよ」
 とリセルが言った。僕はリセルがまさかホテルに住んでいるなんて思ってもいなかったのでかなり驚いた。
「ホテルに住んでるなんて、お金持ちなんだね」
「そんなことないのよ。仕事場の近くでいいアパートが見つからないから、しかたなく見つかるまで仲間と3人で住んでるの」
 リセルがホテル住まいの理由を説明してくれた。

 ゆっくりとした彼女の足取りにあわせて歩くこと6分ほどでそのホテルに着いた。僕も以前、日本人の友人を訪ねて行ったことのある旅行者向けの安宿だった。
「うす汚れた部屋には二つのベッドがあり、ベッドの上には、脱ぎ散らかした服・下着、口紅がべっとりと付いたタバコの吸殻が山盛りになった灰皿や飲みかけのウィスキーのビンや化粧品などが散乱しており、夜の女性たちの生々しい生活の香りがあふれていた。
「これが私たちの今の家よ。散らかっててごめんね」
 リセルが改めて我が家を紹介してくれた。
「いやいや、いいんだよ。生活感が漂ってるね」
 こうとしか答えようがなかった。
 目の前には2年前、初めてあった時と全然変わりないリセルがいる。僕らは二つのベッドのへりに向かい合って腰掛け、ディズニーランドでの休日や彼女たちを同伴した時に必ず立ち寄った100円ショップの話でしばし盛り上がった。
 しかし、今の彼女はショートタイム3時間拘束で最低1500ペソ、オールナイトで最低3000ペソを稼ぐ売春婦なのだ。彼女にとっても時は金なり。無駄話をして彼女の貴重な時間をつぶすわけにはいかない。さあ、インタビューの時だ。
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by webmag-c | 2006-12-13 15:27 | リセル3 「成長」していく妹たち
うぶなマーメイド(リセル第2回)
★出会い~初来日のリセルとシャロン
 忘れもしない2004年の7月の初めだった。僕はフィリピン関係の催しの帰り、千葉県内有数のフィリピンパブ密集地を冷やかして歩いていた。行けども行けどもフィリピンパブ。一体この連なりはどこまで続くのだろうと好奇心に駆られ、密集地帯の果てを見届けようと、最寄のJR駅の反対方向へどんどん歩みを進めた。30分近く歩いただろうか。だんだんと店がまばらになり、最後にぽつんと1軒だけフィリピン国旗を掲げてさびしくたたずむ店にたどり着いた。呼び込みはいない。店の外には浴衣姿の若いフィリピーナたちの写真と料金システムが掲げられていた。僕は吸い込まれるように店の扉を開いた。
「エラシャイマセー」
 発音もイントネーションもちょっとおかしな若いフィリピーナたちの元気な日本語が小さな空間に響き渡った。
 店内は浴衣祭りのイベント中で、浴衣姿の女の子たちのポスターや七夕飾りなど、デコレーションはにぎやかだが、肝心のお客が僕一人とさびしい限りだ。ウェイティング・スペースの長イスに座る浴衣姿の女の子たちも手持ち無沙汰そうで、どんな客が来たのか、誰が指名されるのか、そんなひそひそ話が聞こえてくる。ダブルのスーツを着て恰幅のいい店のマネージャーに、
「初めてなんですが」
 と話すと、彼は店のシステムをていねいに説明した後、
「では特に指名はおありではないですね。何か女の子のタイプはありますか?」
 と聞いてきた。中々気配りが行き届いている。僕は遠慮なく、
「初来日で日本語ができない子をお願いします」
 と答えた。
「かしこまりました」
 とマネージャーがうやうやしく答えてからまもなく、とてもフレッシュな二人のフィリピーナを連れてきて、紹介した。
「シャロンさんと、リセルさんです」
 二人は型どおり、一人ずつひざまずいて僕と握手をしてから、僕をはさむ形で座った。水割り作り、おしぼり渡し、すべてが不慣れでおどおどしていてそれが僕にとってはベテラン・タレントよりかえって心地よかった。
「ワタシ ニホンキタ オトトイデス ニホンゴ スコシダーケ ヨロシク オネガイシマース」
 シャロンが口を開いた。
「ワタシモ オトトイダケ ニホンキタデス スコシダーケ イイデスカ?」
 リセルが続いた。

「イイデスカ?」って新人のどこが悪いんですか? もちろん、いいに決まってるじゃない!! おととい来日とは本当にホヤホヤだ。今日、僕は彼女たちみたいなフレッシュなフィリピーナに会いに来たんだから。僕がタガログ語で話し始めると二人は始めびっくりしたように顔を見合わせて
「クーヤ オクサン フィリピンジン? オミセタクサン イクスル?」
 などとお決まりの質問をしてきたが、僕が独身で、独学でタガログ語をある程度身につけたこと、4年にわたるマニラの滞在中の話をすると、二人の僕に向ける目が、ただの遊び人を見る視線から、一種の尊敬のまなざしに変わっていった。

★二人の妹
 僕自身、その年はフィリピンに行っておらず、フィリピンが恋しくて仕方がない、言わば『逆ホームシック』のような状態になっていて、日本にいる普通のフィリピーナ、すなわち日本向けに色づけられたりしておらず、すれてないフィリピーナと、ほんの束の間でも接して癒されたかったのだ。だからこの二人との時間がいっそう楽しく感じられた。

 ベテランタレントのような気配りやサービスはできない。でも、この二人といっしょにいると、フィリピンに滞在していて、町の食堂の女性店員と話をしているような気分になる。自然で取りとめもない会話がとても楽しいのだ。
 店の暗さに慣れると、二人ともそれなりに自分の好みであることに気がついた。二人ともフィリピーナ特有のつやのある長い黒髪の持ち主だ。シャロンはスペイン系の血の混じった彫りの深い美人。フィリピン人らしくない高い鼻、白い肌、優しさと野生の輝きをともに宿したエキゾチックな瞳、薄くて形のいい唇、視線を腰元に下げると流れるようなヒップラインが浴衣姿の上からも見て取れる。そして時々テーブルを立つ時に、はだけた裾からのぞくカモシカのようなすらっとした脚線美、そして少しだけハスキーで甘い声。どちらかというと都会派のフィリピーナに見えた。ルックスは都会派っぽいのだが、のんびりゆったりとした甘ったるい口調にはとても癒される。
 また、リセルは、フィリピン人に多いぺちゃんこな鼻、黒くてまん丸な大きな瞳、いかにも人のよさそうなたれた目尻、情熱的な厚い唇。ちょっとした冗談にもケタケタ笑い、特に話がなくてもいつもニコニコしている。フィリピンの田舎に行けばどこにでもいるような素朴ないわゆるプロビンシャーナ(田舎の娘)タイプ。彼女もやはり僕の好みの天然癒し系だった。
 僕はテーブルについて5分もしないうちに、恥ずかしながらタイプの違う二人のフィリピーナに同時に一目惚れしてしまっていた。
 好みのタイプのフィリピーナ二人に囲まれて、すっかり興がのった僕は、彼女たちのリクエストに応え、かなり気持ちを入れてフィリピン・ポップスやアメリカン・ポップスを歌いまくった。僕は決して歌はうまくはないが、本当に気分の乗った時だけ、特定の人の心を打つ歌が歌えるようだ。ほかの客がいないこともあったが、僕のコンサートは二時間近く続いた。一曲歌ってはテーブルに戻って水割りでのどを潤すと、次の曲が入っていて、また歌い終わると、のどを潤しにテーブルの戻ってという具合だった。福沢諭吉をデザインしたおなじみのカラオケチケット4つづり(20枚)をあっという間に使い切ってしまった。ステージから戻ると、
「マガリン タラガ クーヤ(お兄さん、本当に上手ね)」
 と言ったシャロンと、笑顔で拍手し続けるリセルの瞳が涙で潤んでいるのがわかった。
 彼女たちは僕の大してうまくもない歌に酔ったわけではない。母国ではやった歌を聞いてホームシックになってしまったようだ。
「クーヤの歌を聞いてフィリピンが恋しくなっちゃった。早く帰りたいなあ」
 とリセル。すかさず
「私もホームシックになっちゃった。お母さんに会いたいなあ」
 とシャロンが続いた。潤んだ瞳からは大粒の涙が溢れ出している。
 この二人、本当に仲がよさそうだ。聞けば二人ともダバオ出身でプロモーションもいっしょ、マニラで来日を待っている時から同室でお互いに大親友らしい。
 仲がいいのは結構だが、この二人、この先6ヶ月、タレントとして仕事が勤まるのだろうかと僕は不安になった。二人とも本当に普通の素朴なフィリピーナで感受性も強い。無粋な酔っ払い相手の仕事がそんなに長期間勤まるようには思えなかったのだ。楽しい時間はあっと言う間に過ぎ、僕は常磐線の上りの最終に間に合うように後ろ髪を引かれる思いで店を後にした。浴衣姿で見送るシャロンとリセルの心細そうな顔を見て、ヨチヨチ歩きのうぶなマーメイドたちがこれからどうなってしまうのか、当面6ヶ月のお勤めが勤まるのか気がかりでしょうがなかった。この夜、僕には放っておけない二人の妹ができた。
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by webmag-c | 2006-12-11 17:12 | リセル2 うぶなマーメイド
切ない再会(リセル第1回)
 今回から、マニラの援助交際カフェ、LAカフェで働くリセル(26歳)の物語です。

★夢
「リリー!!」
 リリー、それは僕がはじめて本気で愛したフィリピーナ。そしておそらく初めて本当の愛を教えてくれた女性。その彼女が、17年ぶりに純白のウェディングドレスに身を包んでフワーッと目の前に現れ、ニコッと微笑んだかと思った途端、あっという間に消えてしまったのだ。大声で叫びながら彼女を追いかけた僕は、大きく寝返りを打ったためか、ベッドから転げ落ちてその痛みですぐ目を覚ました。
 LAカフェに通いつめていたある日の夜、僕は浅い眠りの中で、いつ完治するともわからないフィリピン熱中症のきっかけになったリリーの夢を見たのだった。
 僕はよく夢を見る。そして僕が昔懐かしい人の夢を見ると、その翌日には、夢で見かけた本人や、その家族など、本人にとても近しい人に出会う。そんなことが何度かあった。

 今から17年前、リリーとの別れの直後、彼女の仕事場の同僚が「リリーはエルミタのゴーゴーバーのダンサーだったのよ」と言った言葉が頭をよぎる。僕は今回の取材とは別に自分の原点、リリーとの運命の再会に期待を膨らませていた。
 当時17歳だった彼女も現在34歳。現役で何とかがんばっているか、一線を退いてバーやカラオケのママさんかポンビキなどに納まって、この狭くて広いエルミタのどこかにいる可能性はある。
 突然、携帯が鳴った。胸の鼓動がにわかに高まった。
「あんたの探してた娘が見つかったよ。今LAで引き止めてるから早く来てよ」
 人探しを依頼していたジョシーからの電話だった。最低限の用件だけ言うとブチッと携帯は切れた。僕はあわててアパートを飛び出した。思いがけない再会への予感をも抱いてLAカフェ方面に向かう僕の足取りはいつもより軽かった。

★なつかしのあの娘
「クーヤ、シバラク ゲンキ ココデ ナニシテルノ?」
 ポンビキのジョシーに紹介された日本帰りの女の子は、なんと古い顔見知りだった。しかも僕がひそかに思いを寄せていたあの娘だった。
 ここは援助交際カフェとして、マニラ・ランデブーと並んで世界にその名をはせるLAカフェ店内の一角。そんなまさか!! あの娘がこんなところで働いているわけがない。僕は一瞬、信じられず、ぽかんと口を開けたままボーっとしてしまった。
「これがあんたの探してた去年日本から帰ったばかりの娘だよ。もうかれこれ半年以上ここに出入りしてるよ」
 とポンビキのジョシーが言った。それでも僕はまだ信じられない。ぺちゃんこの鼻、人のよさそうなたれた目尻、大きくて黒くまん丸な瞳、間違いなく僕の旧友のあの娘に間違いない。しかし名前が出てこない。ちょっと考えてようやく思い出した。
「あっ、そーだ君はリセルだね」
「ええ、そうよ」
 リセルはうつむき加減で照れくさそうに答えた。
「本当にこのお店に出入りしてお客を取ってるの?」
「ええ」
 リセルは消え入りそうな声で答えた。
 僕らの間に沈黙が流れた。今回の取材では初めての顔見知りとの再会。昨晩の夢はこの再会劇の前触れだったのだろうか? しかしこんなところで会いたくはなかった。僕の知っているリセルは、うぶなファースト・タイマーだ。それが今一人のホステス(売春婦)として僕の前に立っている。彼女との日本での出会い、いっしょに過ごした時間、いろいろな光景などが、かすかな感傷と心の痛みとともに、一瞬のうちに脳裏を駆け巡り、僕は混乱の中で言葉を失っていた。
「ジャ トモダチ モンダイナイネ」
 僕の気持ちなどお構いなしで、ジョシーはさっさと紹介料を受け取ろうと僕の目の前にしわっぽい手を差し出してきた。
「ありがとう。これがお礼だ」
 僕は約束の紹介料500ペソを目立たぬようにジョシーの手のひらにねじ込むように渡すと、彼女は、
「ありがとね。またなんか用が会ったら遠慮なく声かけてね」
 というが早いか、すぐに次のターゲットを求めて仕事に戻っていった。

★一筋縄ではいかない人探し
 そう、ジョシーはここLAカフェを主な仕事場にするポンビキだ。しわっぽい顔に厚化粧。5年前までは現役のホステスだったと言うが今はその美貌の見る影すらない。ポンビキと言っても自分が直接スカウトして手がけ、紹介できる女の子を抱えているわけではない。一夜の女の子を探す外国人男性と、客を探すフリーの女の子たちのつなぎ役として、何かにかこつけて会話に割り込んで、即席カップルを誕生させ、男性客から1率300ペソの手数料をせしめるというのが彼女の仕事だ。たくさんカップリングさせればさせるほど、比例的に身入りはよくなるというわけだ。

 世界的に名の通った援交カフェLAにも、元ジャパユキが再就職先しているかもしれない。そこで僕は、毎日のようにここに通いつめ、女の子たちやポンビキたちに片っ端から声をかけた。ポンビキたちは、若い売春婦たちを集めては、
「あんたたちの中で、日本に行ったことのあるコはいない?」
 と全員に声をかける。何人かが名乗り出る。
「私仕事したことあるわ」
 そして僕が確認の質問をする。
「最後に日本から帰ってきたのはいつ?」
「1999年よ」
「私は2003年よ」
 今回の取材に趣旨から言うと、少々昔すぎると言わざるを得ない人たちだ。フーッ、残念!! 思わずため息が出る。底引き網のように女の子たちには片っ端から声をかけ、そこそこターゲットに近づくが、「これだ」という人にはたどり着けない日々が続く。躍起になって元ジャパユキを探す僕の姿を見て、「去年日本から帰ってきたばかりの友達がいる」という確信情報をくれる女の子もいたが、あいにくその子はすでに仕事をやめて田舎に帰った、というように2005年3月の法律改正で再来日の道を断たれ、現在LAカフェで働く元ジャパユキ本人にはなかなかたどり着けなかった。
 女の子たちの話から僕の求めるターゲットが間違いなくいることはすぐわかった。しかし彼女たちがいつ通って来るかわからない。おびただしい数の援交ギャルの中から目指すターゲットにたどり着くのは容易ではなさそうだ。僕は、取材1日目にして自分ひとりで探す方針を変更し、カフェに出入りするポンビキも頼りにすることにした。自分自身で毎日通い詰める一方、取材に協力的なポンビキのジョシーに謝礼500ペソという条件で元ジャパユキのホステスを紹介してくれるように頼み、彼女にも望みを託した。
 取材中4月の上旬、ちょうどキリスト教の復活祭にさしかかると、女の子たちは大挙して一時田舎に帰ってしまい、若い女性の香りでむせ返るほどだったLA店内は女の子もまばらになり、閑散としている。そんな中、ジョシーから「ダバオ出身の去年帰国したばかりの元ジャパユキが店に出てるよ」と言う電話連絡を受け、僕はあわててアパートを飛び出し、LAカフェに向かった。
 探し始めてから2週間、日本から帰国ホヤホヤの元ジャパユキの女の子にたどり着けた。そして、そのジャパユキは、ファーストタイマー時代からのなつかしい知人。僕の気持ちを束の間、癒してくれた女性との思いもよらない、ちょっと切ない再会劇となったのだった。

「クーヤ ドシタノ?」
 リセルの言葉で僕はまた現実の世界に引き戻された。
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by webmag-c | 2006-12-07 22:58 | リセル1 切ない再会
重すぎる現実(レイチェル最終回)
★「絶対いけない」仕事
「売春は絶対いけないことだと今でも思うわ。でも一度自分の良心に目をそむければできないこともないと思う。さっきクーヤに『絶対売春はしない』なんてえらそうなこと言っちゃったんだけど、売春するしかないのかなあと思ったことはあるのよ」
「君は売春したことはある?」
 僕は思い切って聞いてしまった。
「ないわ」
 一瞬間をおいてレイチェルは力なく答えた。彼女の瞳をのぞき込むとおどおどとして落ち着きがない。うそをついている目だ。『彼女は常習的に売春しているか、少なくとも売春したことがある』と確信した。ただ僕はこの点についてはもうこれ以上突っ込まなかった。
 崩壊家庭でのギクシャクした生活、白血病の妹の医療費負担、文字通り命を削るような体にこたえる仕事でレイチェルはまったく先の見えず、かすかな希望すら持ちづらい状況の中で兄弟たちのために文字通り体を張って頑張っている。だからこれ以上頑張れなどとは言えない。
「今日はありがとう。これは今日のお礼だよ」
 インタビューを終えて約束どおり謝礼の500ペソを渡すと、
「ありがとう、これで妹の薬が買えるわ」
 と言いながらレイチェルは大事そうに受け取ったばかりの紙幣を折りたたんで財布にしまいこんだ。命をつなぐ500ペソの重みを僕はひしひしと感じながら、重い荷物を自ら進んで抱え込んだ彼女の華奢な体を見つめていた。

★ハンバーガーの行方
 崩壊家庭の中で、病人と3人のまだ学生の兄弟を抱えて長女の責任を必死に果たそうとするレイチェルに心の中でエールを送るばかりだった。気がつくと彼女はハンバーガーにまったく手をつけていない。
「ハンバーガー食べなかったね。食欲ないの?」
 と僕は聞くと彼女は
「そうなの。なんだか胃が痛くて。でもあとでビール飲むから大丈夫。それよりこれをろくな食事をしてない義理の弟へのおみやげにしてもいい?」
 と聞き返してきた。
「もちろんだよ。君も大変だけど、妹さんの旦那さんも大変だねえ」
 と僕は心底、レイチェルの義理の弟さんにも同情しながら、レイチェルのやさしさやフィリピン人らしい分かち合いの心を感じていた。
「じゃ私行かなくちゃ。妹の家にお金を届けてから仕事に行くわ。クーヤ、本当にありがとう」
 といって彼女は席を立った。
「こちらこそありがとう。体に気をつけてね。君が病気になったら一大事だからね」
 彼女を激励するにはこれ以外の言葉は見つからなかった。マクドナルドの1階に降りて出口を足早に出て行く彼女の後姿を見送りながら、僕はしばらく席を立てなかった。
 彼女の救いようのない人生の重さを自分の問題のように感じて押しつぶされそうな気持ちになっていたのだ。長女の責任感を背負って気持ちの張りを保っていたのを、うわべだけを見て生意気だと短絡的に判断した自分を責めたり、彼女の強さと自分の弱さを同時に見せ付けられて、表現しようのない自己嫌悪に陥ったり、僕はかなり混乱していた。ある人間の人生の重い現実を突きつけられて軽い放心状態だったと言ってもよい。彼女は本当にお金に困った時、大きな罪悪感を抱きながらも、売春常習者になっていくのかもしれない。この国では売春は必要悪なのか……? 僕の思いは出口のない闇の空間の中でもがいていた。いや、でも彼女は強い人だからどうなってもそれなりに生きていける。大丈夫だ。僕はただそう自分に言い聞かせた。
 傍らでは幸せそうな親子の笑顔と子供たちの笑い声が聞こえてくる。この同じ瞬間にいろいろな人生を生きている人がいるんだと今さらのように感じていた。窓の外にはたそがれ迫るエドサ通りはいつもどおりの大渋滞だ。しかし今日はなぜかゆっくりした車の流れをガラス窓越しに見つめていると心が安らいでくる。不思議な気分だった。「レイチェル一家に幸あれ」「レイチェルが一人の女性としての幸せを手に入れることができますように」と僕は心の中で祈りながら、重い腰を上げて帰宅の途についた。


(レイチェルの章終わり。次回からLAカフェで働く26歳リセルの物語です)
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by webmag-c | 2006-12-05 15:49 | レイチェル8 命を削る