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「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者白野慎也が追う渾身のノンフィクション
フィリピン人エンターテイナーの入国が、厳しく抑えられるようになって1年余り。
全国のフィリピンパブが、どんどん消えつつある。
歌に、踊りに、ショーに、つかの間の癒しを与えてくれた天使たちは今どこで、何をしているのだろうか? 
「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者・白野慎也が、フィリピーナの“その後の人生”を追いかける、衝撃のレポート。
日本での「楽な仕事」(ジョイ第7回)
★来日
 そんな彼女にとって日本での仕事はどんな意味を持っていたのだろう。彼女は入管法の実施規定が厳しくなった2005年3月15日のわずか2ヶ月前の2005年1月から同年7月まで、たった一度だけながら6ヶ月間勤め上げている。
 「おととし2004年、私が出産を終えて、確かその年の6月だったわ。16歳の時、バクララン教会の礼拝からの帰りに、日本に女の子を送り込んでいるプロモーションのマネージャーから『日本で働いてみないかい?』ってスカウトされたの」
 僕は、ジャパユキのスカウトを街頭でやっているという話は何度か聞いたことはあったが、実例にめぐり会ったのは初めてだった。
 「以前パサイ市内のクラブで働いている時のお客さんにも日本人は多かったし、日本に行ってみたかったし、すぐに彼の事務所についていって話を聞いたわ。『売春しないで、お客さんの話し相手をするだけでそんないい給料がもらえるの?』って思ったわ。それでその日のうちに何が書いてあるのかよくわからない英文の書類にたくさんサインしてプロモーションに入ったの。私は英語もよくわからないのよ」
 彼女もやはり17歳のカトリックの女の子、いやプロモーションにスカウトされた当時は16歳。いくらかなりの実戦経験があるとは言え、売春という仕事は彼女の心の大きな負担になっていたのだと僕はこの時改めて感じた。彼女は日本行きの経過についてさらに説明してくれた。
 「それから先はトントン拍子よ。昼間はプロモーションでダンスの訓練を受け、夜は自分のペースでクラブOに働きに出るかたわら、私の日本行きの偽書類はどんどん整っていって翌年1月にはあっさり日本に行けることになったの」
 フィリピンでバリバリのホステスだった彼女の目に日本でのエンターテイナーの仕事はどんな風に映ったのだろうか。
 「日本での仕事は、はっきり言ってきれいで楽な仕事だったわ。本当にお酒やカラオケの相手をするだけなんだもん。酔ったお客さんにちょっと体を触られたり、抱きしめられたりするくらいのことは、私にはぜんぜん苦にならなかったわ。それにお客さんにホテルに誘われることがあっても、それを強制されることもなかったからイヤって言えばそれですんだし」
 フィリピン社会のいわば底辺の一角で過酷な仕事に慣れていたジョイには強制売春のない普通のフィリピン人エンターテイナーの仕事などそれは楽なものに違いなかった。
 「それに同伴とか、指名も、私のことを気に入ってくれるお客さんがいたから全然問題なかったわ」
 そりゃ、彼女くらいのルックスとセクシーなボディの持ち主なら、すぐに何人かのお客がつくのは当然だ。そんな意味で彼女もまた自分のお客たちに、束の間の癒しの時間を与えてきたはずだ。彼女に日本人のカレシがいるのは先ほどの話からわかっている。来日中のロマンスなのか? それともマニラの職場で知り合ったのだろうか?
 「日本人のカレシとは来日中に知り合ったの? それともマニラで?」
 「来日中にお店で知り合ったのよ。実は昨日も彼から電話がかかってきたばかりなのよ」
 質問に対する彼女のリアクションはすごく早かった。彼の話をしたくて仕方がないようだった。
 「どんな人?」
 「20歳の学生よ。ほとんど毎日お店に来てくれたわ」
 20歳の学生で、毎日のようにフィリピンパブに通えるなんてお金持ちの息子かなと始めは思った。しかし事実は僕の予想とはだいぶ違っていた。
 「日本に行ったばっかりの時に知り合ったんだけど、彼はアルバイトの先輩に連れられて初めてフィリピン人のお店に入ったらしいのよ。その時私が彼の隣に座ったの。ハンサムなんだけど、とってもシャイで、あんまりにも話をしないんで私のことが嫌いなのかなと思ったくらい。でも次の日、電話がかかってきていきなり『マハル・キタ(愛してる)』って言われてびっくりしたけどうれしかったわ。それからは毎日のようにお店に来てくれて言葉はなくても愛はどんどん深まっていく感じだったわ」
 来日中の束の間のロマンスについて語るジョイはとても幸せそうだった。彼女はバッグからカードケースを取り出すとその中から彼の写真を取り出して見せてくれた。ハンサムというのはいささか首を傾げるものの、ガテン系でさわやかな笑顔のいかにも人のよさそうな若者だった。彼女は僕の彼氏に対する評価のコメントを待っている。
 「やさしくて信頼できそうな人に見えるね」
 と僕が言うと彼女は最高の笑顔を浮かべて
 「そうなのよ。本当にやさしいの」
 と言った。でも彼らはどれくらい心を通い合わせていたのだろうか? 
 「君は日本は初めてだったから、日本語はほとんどできなかったと思うんだけど、彼は英語かタガログ語はできたの?」
 「いいえ、全然できないのよ。彼の知ってるタガログは後にも先にもマハル・キタだけ、あと英語はアイ・ラヴ・ユーとアイ・ドント・ノウだけ。それでお店に来ると必ずマハル・キタを歌ってくれるの」
 彼女はこみ上げてくる笑いをこらえながら話した。『I Love youから始めよう』なんていうタイトルの歌があったが二人もまさにそんな感じなんだろうなと思った。言葉はなくてもフィーリングで分かり合える、それが『言葉はなくても愛が深まっていく』ということなのだろう。それで、彼はやはりお金持ちの子息だったのだろうか?
 「日本のお店の料金はとっても高かっただろう? だから毎日お店に来られる彼は、お金持ちの息子じゃなかったの?」
 「私もそうかと思ったんだけど、お店に来るために毎日必死でアルバイトしてたんだって」
 なるほど、そうだったのか?! 
 「それじゃ今、彼からお金の仕送りとかは?」
 「まったくもらってないわ」
 どうやら彼女にとっての彼は、スポンサーとしての彼ではなく、本当のカレシのようだ。
 「昨日も彼から電話がかかってきたって言ったけど、まだ関係はちゃんと続いてるんだよね」
 「えー、そうよ。私たち愛し合ってると思うわ」
 僕はそれが彼女だけの思い込みでないことを祈りつつ、二人の愛がどれだけ本物か、あたりをつけてみた。
 「何で君は、彼が本気で君を愛してると思うの? だって言葉だけならマハル・キタ(愛してる)なんていくらでも言えるよね」
 「言葉だけじゃないの。昨日の電話は彼が来月学校を休んでフィリピンに来るって言う電話だったの。彼、初めての海外旅行だからってすごく興奮してたわ。私もすごくうれしかったけど」
 彼女の帰国後もほぼ10ヶ月間連絡を取り合って、わざわざ初めての海外旅行で彼女を追ってフィリピンに来るとなると彼の本気度も高いかもしれないが、この事実だけで二人の未来を楽観視することはできない。
 「彼だったら結婚してもいいなあ」
 彼女は遠く日本の彼氏を瞳の奥で見つめるように話した。この時、僕は彼女が結婚願望を持っていることに気がついた。女であることを売る仕事の中で、そんな気持ちはとっくにどこかになくなってしまっていると勝手に決め付けてしまっていたのだ。僕は彼女が普通の女性として当たり前の幸せを目指す気持ちを失っていないことがうれしかった。と突然、立場が一転、彼女から相談を受けた。
 「クーヤ、私はまだ彼には私の本当の姿、過去について何も話してないのよ。彼には今、私はジャパニーズ・カラオケで働いているってうそをついてるし、子供がいることも言ってないし、家族に会わせて私たちのひどい貧乏暮らしを見たらすぐに彼の熱も冷めちゃうんじゃないかと思うと怖いわ。クーヤ、どうしたらいいか教えて」
 ジョイも彼氏も一番すっきりする解決は、ジョイが本当のことを洗いざらいぶちまけて彼氏がそれを受け入れてくれることだ。または、子供のことも仕事のことも、一生隠し通すという選択肢も頭をよぎった。でも、彼女の兄弟として彼に紹介することになる実の子供も気の毒だし、現実問題として彼女は、家族を養い、新居購入資金調達のためにLAで働き続けなければならない。真実を隠し通すことなんてほとんど不可能だし、できたとしても本人の精神的負担の大きさは計り知れない。『自分ならすべてをぶちまけて彼氏の判断を仰ぐだろうなあ。それで彼が受け入れてくれなければしかたない』という、ごく当たり前の結論に達した。そうこう僕が思い悩んでいる間に、彼女は自ら結論を出した。


(管理人webmag-cより)
 いつも読んでくださっている皆さん、更新が遅れてしまってごめんなさい。
 ジョイの章は次が最終回です。
# by webmag-c | 2007-01-25 16:31 | ジョイ7 日本での「楽な仕事」