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「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者白野慎也が追う渾身のノンフィクション
フィリピン人エンターテイナーの入国が、厳しく抑えられるようになって1年余り。
全国のフィリピンパブが、どんどん消えつつある。
歌に、踊りに、ショーに、つかの間の癒しを与えてくれた天使たちは今どこで、何をしているのだろうか? 
「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者・白野慎也が、フィリピーナの“その後の人生”を追いかける、衝撃のレポート。
つらい別れ(ジャネット第6回)
★愛の実験
「それで二人の愛の実験は?」
 ジャネットは恥ずかしそうにうつむきながら、
「クーヤ、話さなきゃダメ?」
 と言った。興味はあるが、彼女に苦痛を与えたくなかった。
「ごめんね。君たちの愛の実験にはとても興味があるけど、プライベートな話だし、興味本位で聞いちゃいけないことだったね。ごめんね。話さなくていいよ」
 しかしジャネットは思い直したように言った。
「クーヤが興味あるんだったら話すわ」
「本当にいいのかい? 人に無理強いするのは自分のモットーに反するんだけど……」
 僕は正直、何が何でも聞きたい気持ちを抑えて言った。彼女は再び自らの少し恥ずかしい過去を語り始めた。
「本当にいいのよ。昔の話だから。彼から『インポンテンツ』の告白を受けたその夜、私は何とかしてあげたいと思って、考えられる限りの方法で彼の男性自身をいろいろ刺激してあげたの。なんとかなりそうかなあって思うと萎えちゃって……恥ずかしい!! 結局、その日とそれからも日を変えて何度もトライしてみたけどやっぱりダメだったの。彼の男性自身は見たところは何も損傷がなかったんだけど」
「彼はお医者さんに見てもらっていないのかなあ」
 僕は素朴な疑問を彼女にぶつけた。
「お医者さんに診てもらったらしいわ。ストレスが原因なんだって。そのストレスの原因を取り除けば多分治るはずだって。それでね、『あなたストレスの原因を取り除けばいいじゃない』と言ったら、『そんな簡単な問題じゃないんだよ』ってけんかになっちゃって」
 それからもずっとセックスレスの深い付き合いは彼女の帰国まで続いた。ジャネットは本当にTさんを心底愛してしまい、セックスがなくても彼を一生愛せるとも思ったし、子供は養子をもらえばいいとも思い、彼に提案したが、帰国間近、Tさんからショックな別れ話を切り出される。
「ジャネット、今までありがとうな。お前が本当に好きだったよ。今まで出会った誰よりお前が好きだったよ。俺のために養子のことを考えてくれたり、いろいろ本気で俺たちの未来のことを考えてくれてありがとう。でもお前はやっぱりもう俺みたいな『男として機能していない男』じゃなくて、健康な男と結婚して幸せになってくれ。これ以上関係を続けても俺たちに明るい未来はないよ。もう別れよう」
 ジャネットは彼の言葉を聞きながら涙が止まらなかった。別れを切り出す彼も泣いていたと言う。僕はこんな別れもあるのかなあと神妙な気持ちで二人の別れの光景を思い浮かべていた。
「日本での思い出と言えば後にも先にも彼のことばかりね。彼と一緒に冬のディズニーランドに行った時は、今度来るときは彼の奥さんとして一緒に来たいなあと夢見たわ」
「そうか。彼のことは残念だったね」
 僕は他に彼女にかける言葉が見当たらなかった。
 ちょっとしんみりした雰囲気になってしまったので、僕は話題を変えた。錦糸町のローカルな話題を出してみた。妖怪みたいな様相の店主のいるサリサリストア(フィリピン雑貨店)が閉店してしまったこととか、どこそこのフィリピンレストランのフィリピン人ママはすごくケチだとか……
 彼女の過去をところどころほじくり返し、とりとめもない話しをしているうちに2時間近く過ぎている。約束の最大1時間半を大幅にオーバーしてしまった。もうインタビューを切り上げなければならない。自分の好きな仕事とはいえ、仕事が終わった後はジャネットもかなり疲れているはずだ。
「ジャネット、今日は仕事の終わった後、疲れているのに長時間話を聞かせてもらってありがとう。最後にもう2つだけ聞かせてもらっていいかなあ」
「もちろん、私もとっても楽しかったわ。聞きたいことがあったらなんでも聞いて。私全然疲れてないから」
 僕は彼女のありがたい申し出に甘えることにした。
「始めの質問は、売春についての君の考え方なんだけど」
「これは人それぞれの問題だと思うわ。私自身は愛情のないセックスなんて絶対にいや」
「じゃ店に出入りして売春している女のこのことをどう思う?」
 僕はもう一歩踏み込んでみた。いやむしろこっちの方が聞きたかったのだ。援交カフェにはいつも身近に売春婦たちが出入りしている。援交カフェのウェイトレスが出入りの売春婦たちをどう見ているのかにすごく興味があった。それで売春している女性としていない女性のメンタリティやモラルの違いを少しでもクリアにしたかった。
「女の子一人一人の問題だから、自分が決断することだと思うわ。でもお金のためなら何でもするっていう態度を非難したい気持ちもあるわ。彼女たちは体だけじゃなくて心も汚れていると思うこともあるわ。でもこのお店はそういう出会いのお店でもあるから売春している子たちとも仲良くやってるだけよ」
 やはり売春している女の子と絶対しない子の間には明らかにモラルのギャップがあると思っていたが、彼女の話しを聞いて自分の仮説が的外れでないことが確信できたような気がした。さあ、最後の質問だ。
by webmag-c | 2006-10-31 00:15 | ジャネット6 つらい別れ