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「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者白野慎也が追う渾身のノンフィクション
フィリピン人エンターテイナーの入国が、厳しく抑えられるようになって1年余り。
全国のフィリピンパブが、どんどん消えつつある。
歌に、踊りに、ショーに、つかの間の癒しを与えてくれた天使たちは今どこで、何をしているのだろうか? 
「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者・白野慎也が、フィリピーナの“その後の人生”を追いかける、衝撃のレポート。
日本でのタレント時代(リセル第4回)
★シャロンのその後
「クーヤはシャロンが好きだったでしょう? シャロンはね。2回目の来日で出会ったお客さんと恋に落ちて、結婚して今日本に住んでいるはずよ」
 インタビューを始めようと思った矢先、出鼻をくじかれてしまった。そう、僕は機会があれば、いや、そういう機会を作ってシャロンに求愛したいと思っていたので、シャロン結婚の事実を急に突きつけられたことは喜びでもあり、ちょっとショックでもあった。
「クーヤがいけないのよ。私に気を使って、シャロンにアタックしないから、こんなことになっちゃって。私たち初めて千葉の最初のお店で会った時からクーヤが好きで、シャロンもクーヤから求愛されるのを待ってたのよ」
 終わってしまったことをどうこう言っても仕方ないが、僕はリセルの話を聞きながらちょっと惜しいことをしたなあと思っていた。それにしてもリセルも僕に好意を持ってくれていたとはありがたいことだ。
 もし僕がリセルに求愛していたとすればあっさりカップル誕生で、今頃、彼女は自分の妻として僕の姓を名乗っているかもしれないと思うと、なんとも不思議な人生のめぐり合わせを感じずに入られなかった。しかし、実際には生まれついての優柔不断さから、僕はどちらにも求愛することもなく、結局二人と僕の間には何の恋愛物語も起こらなかった。
「クーヤ、ごめんね。私ばっかり話しちゃって。インタビュー始めてね」
 彼女に主導権をとられてヨレヨレのスタートになってしまったが、旧友へのインタビューの始まりにはこれくらいのイントロは必要だったのかもしれない。

★初めての体験
 僕がまず興味があったのは、うぶな彼女がなぜ売春婦に変貌して行ったかだ。
 タレント時代にも彼女の中に変化が起こっていたに違いない。僕は彼女の中の変化についてかなり直接的に聞いてみた。
「君と初めて会った時は、おどおどして男慣れしていないことはすぐわかったよ。でも今は世界に名の知れたLAカフェに出入りするホステスだ。その間には君の中で心境の変化とか、男性経験を積んだとかいろいろな変化があったと思うんだけど、タレント時代、僕たちが会わなくなってから君にどんな変化があったの?」
 ちょっとストレートすぎたかなあ、と思いつつ僕は少しおどおどしながら彼女の返事を待った。売春婦と言わず、ホステスと言う言葉を使ったが、フィリピンではホステスは単なる酔客の話し相手だけでなく、最後までお供するパートナー、つまり売春婦と実態はほとんど変わりないのだが、僕はどうしても彼女を売春婦とは呼びたくなかったのだ。
 僕の質問を頭の中で繰り返してからリセルは答えた。
「初めて日本に行った時は、男の人に接するだけで体がガタガタ震えるほど怖かったの。私もシャロンも生涯たった一人の彼氏もいたことがなくて……私たち二人ともクーヤに会った時はバージンだったのよ。でもある時『結婚を前提に付き合おう』って言うお客さんと初体験してから私は変わって行ったの。シャロンはそのまま初めての彼と結婚できたんだけど、私の初めての彼氏は遊び人で……後悔したけど仕方がないわね」

 二人が恋愛には奥手で、男性経験はほとんどないとは思っていたが、二人ともバージンだったとはちょっと驚きだった。と言うのは僕らが出会った当時、シャロンもリセルもともに見かけは若々しかったが、24歳とそこそこいい年齢だったからだ。でもさすがダバオ出身の女性は違うなとも思った。カトリックの教えに基づく伝統的な性規範『処女性というものは将来の夫にささげる最高の贈り物』を二人とも守っていたからだ。もちろん現代のフィリピンでは、こうした性意識は、マニラなどの大都市部を中心に急速に崩れてきており、「セックスは恋愛の一部」とか「セックスはゲーム」と考える若いフィリピーナも急速に増えてきている。しかしその一方で、地方部には伝統的な「セックスは神聖なもの」という性意識を固持している『フィリピン撫子』とでも言うような若いフィリピーナがたくさんいる。
 シャロンは結局2回目の来日時にお店で知り合った初恋の人である日本人の建設労働者とめでたく結婚。
 僕がフィリピーナの性に対する意識に思いをはせている時、リセルは過去の傷心の恋愛を振り返っていたようだ。古傷を掘り起こすようで申し訳なかったがあえて聞いた。
「それで初めての愛につまづいてから君の恋愛関係はどうなっていったの?」
「シャロンに先を越されたから私も早く本当の恋人を見つけて結婚しようとあせっちゃったの。この人だと思う人に出会うと、すぐにのめり込んじゃって、すべてを捧げては相手にほかの女性がいることがわかって終わり、っていうことの繰り返しだった。性に対する考え方も変わったわ。愛して合っていればそうなるのが当たり前って思うようになったの」
「恋多き女に変身したって言うことかな? そしてその時から仕事のためにセックスもするようになったの」
 僕はちょっと意地悪な質問をした。
「恋多き女になったのは間違いないわ。でもクーヤ信じて。私、LAで仕事を始めるまで一度だってお金のためにそんなことをしたことはないわ。ただ好きな人と性的な体験を重ねるうちにだんだんそういうことに抵抗がなくなってきたのは間違いないわ」
 彼女の目は必死でかつ真実の輝きに満ちていた。
「君を信じるよ。君は決して悪いうそをつく人じゃない」
「ありがとう。クーヤ」

★3ヶ月で終わった2度目の来日
 いきなりプライベートでかなり重すぎる質問。僕はちょっと雰囲気を変えようとしてみた。
「タレント時代全体を振り返ってどう思う?」
 リセルはまた少し考えてから答えた。頭の中では2度の来日のいろいろなシーンが光のように駆け巡っているに違いない。
「いつも指名や同伴のプレッシャーが大きくてすごく苦労してたわ。ただ常連のお客さんができて、その人と恋人同士になってうまく行ってる時は楽しかったわ。でもね……」
 彼女が眉間にしわを寄せ、急に険しい表情になった。僕はしばらく彼女を見守っていた。リセルが重たい口を開いた。
「最後の来日でお客さんを取り合うトラブルがあったの。地元の建設会社の社長Nさんが私を気に入って毎日指名してくれて、いつも1万円のチップを置いてってくれたの。そのお客さんはもともとお店一番の古株キャシーのお客さんで、キャシーがものすごく焼きもちを焼いて『あんた私のお客を取ったわね。お店にいられないようにしてやるからね』って言われて……それからがひどかったのよ。キャシーはタレントのリーダーで店長の愛人だったから誰も口答えできなかった。ドレスにタバコの火で穴をあけられたり、持ち物を隠されたり、店長と共謀して同伴や指名のポイントを減らされたり、ともかくいろいろな嫌がらせを受けて……」
 リセルは急に口をつぐみ、唇を強くかみ締めたかと思うと、屈辱の日々をリアルに思い出したのかすすり泣き始めた。僕は大きく震える肩をそっと抱いて
「つらいことを思い出させて悪かったね。僕は君の味方だよ」
 となだめた。雰囲気を変えるはずの質問が彼女の別の古傷をさらに掘り返す結果になってしまった。
 客の少ないクラブでの羽振りのいい客の争奪戦。女同士の骨肉の戦い。その詳細に非常に興味があったが、これ以上は聞けなかった。ただ、人のいいリセルが折れて身を引いたことは容易に想像がついた。
「それで結局、お店にいづらくなって帰国を早めたの。2度目の来日は3ヵ月で帰ってきちゃった。サヨナラパーティで『サヨナラの向こう側』を歌っている時、これで私のジャパユキ人生を完全に終わりにしようと決心したの。うれしさと寂しさがこみ上げてきて涙が止まらなかったわ」
 改めてリセルにとってタレント時代って何だったんだろうと僕は思った。一言で言えば過去だ。まかり間違えばその時代に僕とリセルは結ばれていたかのしれなかった。シャロンともリセルとも恋のターゲットを決めかねていた僕は、結局二人ともいい友だちで終わってしまったのだけれども。
 いまさら何を言ってもしかたないのだが、僕はリセルにその当時の思いを告白しておきたい衝動に駆られた。告白の内容は、千葉のクラブで初対面の日、僕はリセルとシャロンの二人に同時に恋したことだった。僕はリセルの反応が見たかったのだ。
「私の人生が狂っちゃったのはクーヤのせいだわ。はっきり好きだといってくれれば私はすぐOKだったのに。シャロンに告白しても同じ結果だったわ。私たち二人は、初めて会ったときから、やさしくて思いやりがあって、話のわかるクーヤが大好きだったんだから」
 リセルの答えは予想通り。僕は満足と後悔の入り混じった気持ちで彼女の言葉を聞いていた。
by webmag-c | 2006-12-18 19:03 | リセル4 日本でのタレント時代