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「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者白野慎也が追う渾身のノンフィクション
フィリピン人エンターテイナーの入国が、厳しく抑えられるようになって1年余り。
全国のフィリピンパブが、どんどん消えつつある。
歌に、踊りに、ショーに、つかの間の癒しを与えてくれた天使たちは今どこで、何をしているのだろうか? 
「旅の指さし会話帳フィリピン」の著者・白野慎也が、フィリピーナの“その後の人生”を追いかける、衝撃のレポート。
夢と携帯電話の行方(ジョイ最終回)
更新が遅れてしまい、ごめんなさい。
17歳の娼婦、ジョイの最終回をお届けします(管理人)

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 「私も今まで数え切れないほど嘘をついてきたけど、彼をだますようなことはしたくないわ。全部を洗いざらい話して彼に判断してもらうわ。クーヤどう思う」
 「僕もそう思ってたんだ」
 と答えながら、僕はジョイが心の底から汚れてはいないことがわかってとてもうれしかった。
 そんな彼女にとって、おそらくたった一度になるであろうエンターテイナーとしての日本行きとは何だったのだろう?
 「ひとつの過去ね。でも彼との出会いもあったし、もしかしたら新しい未来の始まりかもしれないわ。是非そうなってほしいわ」
 日本で本当の愛を見つけた彼女にとってたった一度の日本行きの評価はまだ定まっていないようだ。

★夢
 「本当はもう仕事に疲れちゃって、日本人の彼と結婚して自分の家族を持ちたいわ」
 彼女の夢を聞いた時の回答は意外だった。大家族を助けるため、住居を購入し、ファミリービジネスを立ち上げることだと答えると思っていたからだ。しかし、本音としては2年もこういう仕事をやっていて、いい加減うんざりして自分自身の幸せを追いかけたくなる気持ちもよくわかる。
 それでも、彼女は自分自身の夢は二の次で、どこまでも家族の幸せを優先する女性だった。
 「でもね。実際には家族が第一よ。私の気持ちのままに生きるわけにはいかないわ。だから家の購入資金を貯めて、ファミリービジネスのサリサリを立ち上げるまでは今の仕事を続けるしかないわね。それから自分自身の幸せを追いかけるわ」
 窓の外に目をやると、もうすっかり日が落ちている。時計を見るまでもなく午後6時を過ぎていることだけは間違いない。一年を通じてマニラの日没はほぼ午後6時だからだ。彼女を夢に近づけるために早く仕事場に行かせてあげなくてはならない。
 「今日はどうもありがとう。インタビューはもう終わりだよ。君の夢が早くかなうといいね」
 と言いながら、僕は彼女の拘束料1500ペソを彼女に差し出した。しかし彼女の反応は意外だった。
 「クーヤ、受け取れないわ。本当ならおととい私がちゃんと話しをしてれば終わりのはずだったんだから。ビリヤードにも付き合ってもらってありがとう。それにクーヤは友だちだから」
 と言って受け取りを固辞した。彼女は意外に義理堅く、律儀なんだなと僕は改めて彼女を見直した。
 「じゃ、クーヤ、ありがとう。私、仕事に行くわね」
 と言い残すと彼女はさっと立ち上がり、足早に安っぽいネオンが通りの左右に灯るエルミタの夜に吸い込まれた行った。ただ、今日は途中何度か立ち止まり、振り返って微笑みながら手を振ってきた。僕も笑顔で彼女に手を振って答えた。
 それ以来、取材旅行の最中にも、すべてが終わって帰国する際にも、何度となく一言お別れの言葉を言いたいと思って、彼女の携帯を鳴らしてみたが、もうその番号は使われていないようだった。LAカフェにも何度か足を運んでみたが彼女の姿を見つけることはできなかった。
 携帯電話泥棒の多いこの国のこと、多分携帯電話をなくしたか、盗まれたか、あるいは当面のお金に困って売ったか質入れしたか、そんなところだろう。あるいは病気にでもなってしまったのだろうか? その時、『携帯がなくなったら一巻の終わり』という彼女の言葉が頭を過ぎった。
 日本人のカレシとの関係を続けることも微妙な状況だ。彼氏はジョイの住所をしっかり把握しているだろうか? 先ほどのジョイの口ぶりからすると、多分ジョイは彼氏にフィリピンでの住所を教えていないだろう。だとすると、彼からジョイへの連絡手段は携帯電話だけだ。一方、アドレス帳など使っていないジョイは彼の電話番号を覚えているだろうか? こちらも非常に心もとない。ジョイは自分から彼氏に電話したことはほとんどないと言っていた。となると、すべての情報の入った携帯電話の紛失や盗難が二人の終わりになる可能性が非常に高い。もしかして彼女が携帯を買い換えて、番号も変えてそのことを彼にも伝えていれば全然問題ないのだが……いや、彼女の電話は真新しかった。買い替えというのは非常に考えにくい。やはり紛失か盗難ではないか? 
 しかし、二人にとっては余計なお世話かもしれないが、よくよく思えば、フィリピンのことなど何も知らない20歳の大学生と大家族を養っていくことなど多くの問題を抱えた彼女の恋にハッピーエンドを期待するのはむずかしい気もした。そう考えると、いつかは訪れる二人の愛の終わりが少々早めにやってきただけだと言えなくもない。
 ともかくジョイとカレシをつなぐ唯一の手段であるジョイの携帯電話がなくなったようだ。おそらくジョイはカレシの電話番号を覚えていないし、アドレス帳などにも控えていない。またしても電話が原因でひとつの国際恋愛が壊れてしまうかもしれないと思うと何とも切なかった。

 そう言えば17年前、僕とリリーの関係が終わったのも電話で連絡が取れなかったのが直接の原因だった。僕が当時、タガログ語はおろか英語すらできなくて彼女の家に電話しても彼女にたどり着けず、初めてのフィリピーナとの愛があっけなく終わったのと、ジョイとカレシの愛の顛末に僕は何か重なり合うものを感じるのだった。
 取材旅行も終わりに近づいたある日、僕は彼女の姿を求めて曇り空の中、LAカフェに足を運んだ。彼女の姿は見当たらなかったし、何の消息情報もつかめなかった。僕は、窓際の席で降り始めたスコールをガラス越しに見つめながら、彼女が愛する家族に家とスモールビジネスの機会を与えて1日も早くこの仕事から引退し、普通の女の子として幸せな人生を歩んでほしいとただ願うばかりだった。

(ジョイの回、終わり)


★★次回、連載読者の皆様に、大事なお知らせがあります★★

by webmag-c | 2007-02-13 23:35 | ジョイ8 夢と携帯電話の行方